見るからに、その内部は呼吸に不便であり、そしてその重量感から、濁流の中へ
飛び込もうものなら、そのまま沈んで二度と浮上出来ないのではないか。
イーサンは、クレメンス邸三階の格納庫で説明を受けたドレイクドールに関して、
まずそのような感想を持った。
そして漆黒の巨漢が、フェンとカッツェのみならず、イーサンにも、この金属製の
巨大人形の中に入り込んで搭乗する事を期待している事も理解している。
一体どういう意図があっての事かは分からないが、一つだけ間違い無く言えるのは、
イーサン個人は、ドレイクドールへの搭乗に、あまり乗り気ではない事であった。
(絶対、やばそうだなぁ)
内心そんな不安を抱えながらも、積極的に搭乗しようという姿勢を見せている
カッツェに、半ば引き摺られるような格好で、結局イーサンもドレイクドールへの
搭乗を引き受けてしまう結果となった。
実際、こんな金属の巨人内部に潜り込んで、濁流の中へ飛び込むのは、イーサンに
とって恐ろしく勇気の要る事であった。
顔がすっかり青ざめているが、寒さと冷えの為だと、ぎこちない笑いで何とか
ごまかすのが精一杯の戦士であった。
「しかしこの豪雨・・・ただの自然現象とは思えないんですがのぉ」
一番端のドレイクドール前にしゃがみ込み、何かの作業中であるアンダーテイカーに、
フェンがそれとなく聞いてみたのだが、返ってくるのは沈黙ばかり。
まともに応じてくれるかどうか、最初から危ぶんでいただけに、聞いたフェンと
しては、殊更気にする事もなかったのだが。
ややあって、立ち上がったアンダーテイカーが、三人の冒険者に振り向いた。
「人為的な異常気象である事は間違い無い。仕掛け人に関しては、まだ情報が
 定かではない故、この場での発言は控える」

フェンは、ほう、と心の中で感心の溜息を漏らした。
その対象はアンダーテイカーではなく、魔術師ギルドにおいて、フェンに対して
この異常気象が何者かの仕業かも知れないと説いていたエレーネに対してである。
彼女は早くから、今回の陸の津波と集中豪雨について、人為的な意図を感じていた。
フェンですら、そんな馬鹿なと鼻で笑ったその予測だが、ここに至って、実は
エレーネの言葉が正しかったであろうという事を、このアンダーテイカーの口から
聞かされる事になろうとは、思っても見なかったのだ。
それはともかく、ドレイクドール搭乗と操作についての説明が始まった。
とは言っても、アンダーテイカーからの説明は実に素っ気無いもので、乗れば
分かる、という実に乱暴なものであった。
では試しに、という事で、カッツェがドレイクドールの一体の背後に回りこみ、
金属製の足場を登り、巨大な総金属製人形の内部を、開け放たれている背中部の
上から覗き込んでみた。
どうやら立ったまま乗り込む形式らしく、サドルに股間を乗せてから、肩、脇、
腰、太股を自動固定装置のようなものでしっかりと固定するようになっている。
アンダーテイカーに促されるままに、カッツェはドレイクドールの搭乗口から
内部へ、その小柄な体躯を滑り込ませた。
股間をサドルに乗せると、その他の自動固定装置が次々とカッツェの体を捉え、
どちらかと言えば宙吊りになるような感覚で体が固定された。
不意に、カッツェの意識の中に、凄まじい量の情報が、ほとんど一瞬にして一斉に
流れ込んできた。
混乱を来たしそうになったカッツェであったが、理路整然とした情報流入の為か、
数秒後には落ち着きを取り戻し、ドレイクドールの機能や操作方法に関する知識を
完全に習得し終えていた。

「うわぁ、凄いなぁ」
思わず感嘆の声を漏らした程に、カッツェが得たドレイクドールの機能は想像を
遥かに越えていた。
既にカッツェの脳波は、体が自動固定装置によって固定された直後から、操作用の
電子波動とリンクしており、思考するだけで、ドレイクドールの全機能を簡単に
実現する事が出来るようになっている。
まずは、ドレイクドールの起動を念じてみた。
するとどうであろう。
開け放たれていたドレイクドール背面の搭乗口が、開閉ハッチの複雑な構造を
一瞬に閉じてしまい、更に頭上にせり上がっていたバックパックがスライドして、
背中部にドッキングされた。
通常、手足の筋肉を動かしたり、手足の感覚を得たりするのは、神経を通じて
電気信号が脳と交信する事で実現されるのだが、ドレイクドールに搭乗した者は、
脳内で送受信される全身との神経上電気信号がすり替えられ、ドレイクドールの
機能操作信号と直結する。
つまり、搭乗者は自らの手足を動かす感覚で、ドレイクドールの手足を自在に
動かす事が出来るようになるのだ。
更に五感もドレイクドールとリンクし、痛覚以外の触覚もまた実現する。
内部の温度調整や、排便などの生理現象も、ドレイクドール内部の基本機能として
既に搭載されている為、長時間行動も全く苦にならない。
カッツェは、自らの視覚神経に投入されるドレイクドールからの映像信号を、
真新しいものを見る思いで、しばらく眺めていた。
赤外線映像や暗視映像に切り替えたり、標準、広角、望遠視覚に切り替えたり
しているうちに、今度は手足を動かしてみたいという衝動に駆られた。

『動かして良いですかぁ?』 カッツェ本人は口と舌の筋肉を動かしたつもりだが、実際は脳から出た発言の 意思がドレイクドールのスピーカー機能に処理を伝達し、カッツェの声として 外部に音声を流したのだ。 意外な程の音量に、フェンとイーサンは多少驚きの念を禁じえない。 しかしそれ以上に驚いたのは、搭乗してから一分と経たないうちに、カッツェが 早々とドレイクドールを自在に動かし始めている事であった。 アンダーテイカーが黙って頷くと、カッツェの搭乗したドレイクドールの巨躯は、 静かな駆動音を立てながら、その巨体に見合った重量感溢れる歩行音を鳴らして、 数歩前進してみた。 『うわぁ、全く違和感無いや。まるで自分の体を動かすみたいですぅ』 「そう設計されているのだからな。当然だ」 無愛想に答えたアンダーテイカーが、顎をしゃくってテラスの外を示す。 濁流に飛び込んでみろ、という事であろう。 カッツェは言われるままに格納庫を横切ってテラスに出ると、そのままの勢いで 凄まじい豪雨が降り注ぐ濁流へと、ドレイクドールの巨躯を躍らせた。 フェンとイーサンが、真剣な表情でその浮沈に注目していると、高々と飛沫を 上げて水中に消えたドレイクドールの頭部が、程なくして水面上に浮上してきた。 『水の中も、全然問題ないですよ〜。普通に息出来るし、全然寒くも冷たくも  ないですし〜。粒子除去映像に切り替えたら、綺麗な水の中を見通すように、  この濁流の中でも普通に視界が利きますよ〜』 あまりにも、カッツェが嬉々として感想を述べる為、結局フェンとイーサンも、 複雑な面持ちでドレイクドールに搭乗する事となった。 更にこの後、二人乗りタイプのドレイクドールAH327には、ミーニャを 連れたエイメカが一緒に搭乗する事になるという。 カッツェに続いてドレイクドールに搭乗し、同じくテラスから濁流の中へと 飛び込んでいったフェンとイーサンの両名であったが、不意にフェンが、何かの 不安を抱いたらしく、潜水したまま、水没した街の様子を眺めているイーサンを 尻目に再度浮上し、テラスから雨ざらしの位置に佇んでいるアンダーテイカーに 率直な疑問を投げかけた。 『あのですなぁ。このドレイクドールを手足のように操る事が出来るのはまぁ  エエんですが・・・もし戦闘に入ったりしたら、どうすりゃエエんですかい?』 フェンは、魔術師である。 ドレイクドールの強大な戦闘能力を自在に発揮しようとしても、接近戦音痴の 彼には、荷が重いというものであろう。 しかし彼の不安は杞憂に終わった。 というのも、ドレイクドールの手首付近には魔法の発動体が埋め込まれており、 しかも魔力増幅装置も搭載している為、いつもの調子で古代語魔法や精霊法術を 駆使する事が可能であるという。 また接近戦用の武装として腰部装甲内側にプラズマブレードが、そして更には、 中長距離戦における武装として、パルス機関砲が装備されている。 未使用時は背面バックパックの側面部に取り付けられており、使用時にはこれを 手にして、クロスボウの要領で狙いを定めて、引き金を引くだけで良い。 自動レーザー照準機能が内蔵されている為、命中精度はかなり高い。 レンジャーとして飛び道具の扱いに慣れているフェンにとっては、パルス機関砲の 存在はありがたかった。 プラズマブレードは、刃渡り2メートル程の高熱量刃をグリップから発生させる 接近戦用武器で、100ミリ厚のDシルバー板を切断する事が出来る。 またパルス機関砲は最大射程24キロメートル、装弾数1500の射撃武装で、 装填式カートリッジはバックパック内部に、予備として10本が搭載されている。 ちなみにAH323の水中推進速度は、最大30ノット、時速にして、およそ 55kmという事になる。 フェン、カッツェ、イーサンの三人が、ドレイクドールという極めて強大な 戦闘力を獲得していた頃。 生身のミレーンは、ほとんど絶望的と言って良い苦境の中で、それでも尚、 決して諦める事なく、懸命に救助活動を続けていた。 火による暖が望めない以上、人肌でお互いを暖め合うしか方法が無い。 ミレーンは救出した市民達に、なるべく肌面積が多く密着するような方法で、 お互いの体を寄せ合うよう指示を出しながらも、自身は体力の激しい消耗を 覚悟の上で、更に屋根から屋根の上を伝い渡りつつ、濁流に流されている市民の 救助活動を続けていた。 そんなさなか、ミレーンは茶色く土砂の色に濁った大量の水の中に、何かの 気配を感じたような気がした。 (・・・何かが居る?) それは、濁流の激しく波打つ水面の下を、静かに音も無く移動していったような、 実に不気味な気配を残して去っていったような気がした。 こんな絶望的な状況の中で、更に何か別の脅威が迫っているのだろうか。 内心激しい不安にさいなまれながらも、ミレーンは少し離れた屋根に、必死に しがみついて濁流に逆らおうとしている幼い子供の姿を発見した。 「待っていてください!すぐに助けに・・・!」 そこまでミレーンが叫んだ瞬間の出来事であった。 突然、濁流の下から、信じられないようなものが姿を現したのである。 まず現れたのが、縦に長い三角形の黒く薄い物体。 それが水面上を走ったかと思うと、凄まじい速度で、ミレーンがこれから救出に 向かおうとしている子供を目指して、水面下を急速接近していくのだ。 恐ろしく巨大な影が、屋根にしがみつくのに必死になっている子供の手前で 急浮上し、鋭い牙が並ぶ絶望的な大きさの口を開けて、一飲みで飲み込んだ。 それはミレーンの知識を総動員してみても、鮫以外には思えない代物だった。

サイラス、アシュレイの両名と別れた後、ギャリティ邸に向かったエルクは、 途中何人かの市民を救助しながらも、何とか目的の邸宅の屋根に到着した。 屋根裏部屋に入る窓が、屋根の一角に突き出ている。 施錠されていない様子だったので、少し硬かったのを強引に開いてみると、 そこに見慣れた顔があった。 ギャリティ夫妻と、使用人や執事といった家人達であった。 「良かった・・・心配してたんですよ」 エルクは雨にずぶ濡れになった体躯を屋根裏部屋の内側に滑り込ませた。 「他の皆さんは、どうなったのですか?」 大き目のタオルを手渡しながらオルバス・ギャリティが聞いてきた。 しかしこの時点になって、エルクはようやく、自分の仲間達の安否を、未だに 確認していない事を思い出したらしく、ばつの悪そうな表情で頭を掻いた。 エルクが心配するまでもなく、ギャリティ邸の屋根裏部屋には暖が確保され、 とりあえず外の極寒地獄から逃れる事が出来たのは、不幸中の幸いだった。 すっかり体が冷え切ったエルクも、ここで少し体を温めさせてもらう事に なったのだが、これでは助けにきたつもりが、逆に助けられた格好であろう。 「何とか、この窮状を脱出出来れば良いんですけど・・・」 「私達の事よりも、エリセオの方が心配です。ミードは無事なのでしょうか?」 オルバスのこの問いには、ミードの情報が皆無であるエルクには答えられない。 言われてみれば、確かにミード方面の状況がさっぱり分からない。 オランのこの地域だけが異常気象に見舞われているのか。 或いは、オラン全域にわたって、この陸の津波が押し寄せているのか。


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