河
ディバース邸の面々は、大きく分けて二つのルートにそれぞれの進路を取った。 まず、ドレイクドールを駆るフェンだが、カッツェの後を追ってクレメンス邸に 一旦戻る事にした。 そしてそのまま、イーサンとカッツェの後を追う形でエイトサークル城に移動する 予定を考えていたのだが、これについては後ほど詳述する。 さて、魔法の絨毯を得たディバース邸の家人達と、ミレーン、クレット、エルクら 冒険者達は、全員で魔法の絨毯に乗り込み、直接王城へ向かう事になった。 上位古代語が必要である事から、必然的にクレットが魔法の絨毯の操作担当者、 という事になる。 オリビエから手渡されたメモを読むと、ディバース候本人の自筆によるものと 思われる起動用の命令語が記されており、それらを盗賊特有の記憶術を用いて、 クレットはほぼ一瞬で全てを暗記した。 降りしきる豪雨の中を飛んでいく訳だから、それなりの防寒対策と雨具を用意して 行かなければならない。 オリビエは家人達に命じて、人数分の防寒具と雨具を用意させた。 「そっちの方はどう?」 エルクに精神力賦与の法力を実施していたミレーンに、クレットが声をかける。 広々とした寝室中央のベッドに腰掛けているエルクに対し、幾らかの精神力を 分け与え終えたミレーンが、振り向きざまに小さく頷いた。 「終わりました。私はエルクさんに肩を貸して行きますので、皆さんはお先に、 テラスの方へ行っててください」 「いやぁ、ほんと何から何まですみませんねぇ」 ミレーンの後に続いたエルクの細い声は、しかし、薄暗い廊下へ出て行く面々の 耳には、結局届いていない様子だった。 その頃、クレメンス邸の三階ドレイクドール格納場に、テラスから乗り込んだ フェンは、無機質な色合いを見せる大理石製の壁に、汚らしい共通語でほとんど 殴り書きのように記されている伝言を、呆れるような思いで眺めていた。 (もうちょい綺麗な字で書けんかったんかい・・・) 右足と左腕を失っている為、陸上では極めてバランスが悪くなっている。 やむなく格納場到着後はドレイクドールを降りていたフェンであったが、しかし、 そんな不便さも忘れてしまう程に、その文字は汚かった。 カッツェが残していった巨大な伝言は、ドレイクドールの掌に泥を塗りたくり、 振り回すような勢いで良い加減に書かれていた。 そこには、イーサンとミシェルに協力する為に、ハザード河下流の新造堰に 向かう旨が記されている。 どうやら、例の新造堰がいよいよ怪しいという事で、国防大臣もようやく判断を 下したらしい。 ならば、同じくドレイクドールを駆るフェンとしても、急いで現場へ急行し、 支援する事も必要であろう。 しかし、ここで一瞬長身の若き魔術師はためらうように小首を傾げた。 背後を振り向き、尻餅をつくような格好で待機させているドレイクドールに 視線を巡らせる。 この機体では、接近戦はまず無理であろう。 片腕なので、パルス機関砲の照準も定まらない可能性が高い。 残る戦術と言えば、ドレイクドールの魔力増強機能を利用した、遠隔からの 古代語魔法による支援が考えられる。 しかし、ディバース邸内での対鮫戦でも、それなりに精神力を消耗している彼に、 どこまで魔法による支援が可能になるだろうか。 イーサンは依然として、新造堰を望む事の出来るハザード河沿いの岩場の影に、 AHXの巨躯を静かに潜ませ、ミシェルとカッツェの到着を待っている。 既にミシェルから、彼女だけではなく、少年盗賊の駆るドレイクドールも援護に 駆けつける旨の連絡が入っていた。 程なくして、ミシェルのドレイクドールがAHXの控える岩陰の後方に現れた。 『あの堰から向こう側は、雨も洪水もまるで無しね』 擬似聴覚に、ドレイクドールの遠隔通信機能を用いたミシェルの声が届いてきた。 イーサンは心の中で頷く。 『あのでかいの、何だか分かりますか?』 『やだ、何よあれ・・・ライカンディロス製の学習体じゃない』 ミシェルはイーサンの問いに答えたというよりも、一人で勝手に戦慄を感じて 不安げに呟いた。 学習体については、オーファンからの客員上級導師エレーネ・アグバヤニが 製作したものと一戦交えた事がある為、イーサンも知識として知っている。 が、ライカンディロスという言葉の響きを耳にするのは、今回が初めてであった。 『何ですか?そのライカンディロスってのは?』 『えーっと、説明すると長くなるから省くけど、要は青葉党側の悪い化け物、 ってところね』 いまいち要領を得ないミシェルの言葉に、イーサンが再度小首を捻っていると、 カッツェの駆るドレイクドールが追いついてきた。 『お待たせしましたぁ』 声に、どこか緊張の色が聞き取れる。 先程のミシェルの呟きに、何か良からぬ予感を感じているせいだった。 |