河
人々は、何が起きたのか、その一瞬理解出来なかった。 アレクラスト大陸最大の都市国家オランには、未明に降り出した季節外れの豪雨が、 夜明けを迎えて降り止むどころか、更にその雨量を増していった。 凍てつくような寒気の中、茶褐色の濁流と化したハザード河の水面は、危険水域を いつしか突破し、オラン市中に警戒警報が発令された。 それから、ものの数十分後の事である。 突如北方から、地鳴りのような轟音が鳴り響き、オランの街全体を大きく鳴動させた。 激しい豪雨の中、誰かがハザード河上流に当たる北街門に指差して、まるで悲鳴に 近い驚愕の叫びを上げた。 数メートルに達しようかという濁流の壁が、ハザード河上流から一気に押し寄せて きたのである。 大都市オランは、街全体が混乱の渦中に陥った。 ハザード河本流を中心にして、幅数キロにもわたる、帯のような地上の津波が一斉に 巨大都市を襲った。 街壁は、破壊力に満ちた豪速の波に洗われ、あえなく突破された。 次々と崩壊していく石積みの頑丈な街壁の無残な姿に、市井の民はパニックに陥る。 対応に追われていたオラン騎士団でさえ、対処する事も出来ず、その凄まじい光景に ただただ呆然とするばかりであった。 降り止まぬ豪雨と、天を覆い尽くす暗黒の曇天は、人々に希望の光を一条ですら 拝ませる事を許さない。 ハザード河上流から次々と押し寄せる地上の津波は、とどまるところを知らない。 街壁の次は、倉庫。倉庫の次は、家屋。 石畳の街路はことごとく水没してしまい、人家という人家は、大半が押し流され、 元の位置に留まっているものはほとんど皆無と言って良い。 それでも尚、豪雨と濁流の波状攻撃は、手を休めようとはしなかった。 太陽丘に広がる王城エイトサークルを中心とする王城区画もまた、その猛威に晒され、 無力なほどにその敷地を侵食されていくばかりである。 オラン建国以来、ただの一度とて牙を剥いた事の無かったハザード河は、今や完全に、 人々の日々の営みを破壊する大自然の脅威と化した。 |