視界


エレミアは職人の王国というだけあって、実に数多くの有能な職人達がその腕を振るう
仕事場を持っている。
そしてそれら職人達が丹念に造り上げた製品を、これまた決して少なくない商人達が
販売ルートに乗せ、市場を形成している。
つまりエレミア国内においては、職人達が最大の市民権を獲得し、その職人達に半ば
寄生するような格好で、彼らの製品を扱う商人達が職人に次ぐ市民権を持っている。
但し職人と一言で言っても、実に種々雑多な種類が氾濫しており、各製品の職能を
分類するだけでも、数百を超えるといわれている。
例えば、チャ・ザの女高司祭レイニー・ファニックの実家が扱っているインテリア用品や
雑貨なども、それらを製造する職能ギルドが細分化されており、ファニック商会としても、
それらの職能ギルドと緊密な付き合いを保つよう腐心している。
中には家族単位で親交のある職人も居た。
インテリア用品の金具部分や金属製家具などの製造を請け負う職能ギルドの重鎮であり、
鍛冶職人としても有名なジャド・ベバリンとその一家などは、ファニック商会と非常に
親しい職能一家の一つである。
ジャドの一人娘であるアネッサなどは、ファニック商会の五人兄弟達とは、それこそ
本当に兄弟の一員であるかのような扱いを受ける程に仲が良く、当然レイニーにとって
アネッサは妹のような存在であり、同じ女として一緒によく遊んだ仲でもある。
そのアネッサが、近いうちに結婚を意識しているという噂が、実家の手伝いで汗を
流していたレイニーの耳に飛び込んできた。
いよいよ彼女も結婚か、などと感慨にふけっていたレイニーであったが、アネッサが
結婚相手に選んだ男性のプロフィールを又聞きに聞くにつけ、本当に彼女が幸せな
新婚生活を送れるのだろうかという疑問を抱くようになった。

アネッサが結婚相手に選んだという美貌の青年ルーベンス・ヴィンケルホックは、
20代前半のすらりと背の高い若者で、多少嫌味な味をうかがわせる笑顔が特徴的な
人物であった。
外観的には申し分ないと言って良いのだが、問題はその人間としての資質であった。 まずこのルーベンスは、放浪の吟遊詩人出身という事で、歌唱や伝承知識については 実に有能である。が、職人ジャドの婿として迎えるにはあまりに非力であり、何よりも 後継者を望むジャドにとっては、ルーベンスのような青臭い美青年など全く論外だった。 職能技術を何一つ持たない吟遊詩人あがりの優男など不要だと怒鳴りつけるジャドに対し、 アネッサはルーベンス以外の男性との結婚は有り得ないとして、壮絶な親子喧嘩を激しく 展開する段にまで至っているという。 (人の恋路を邪魔するつもりはないんだけど・・・) と思いつつも、レイニーはアネッサとルーベンスのカップルに、多少眉をひそめていた。 あれほど父親想いだった一人娘が、美貌の吟遊詩人にこれほど熱を上げているという 姿を見るのは、何とも言えない違和感を覚えてしまうのだ。 尤も、強硬に後継者候補との結婚を強要するジャドの方針にも問題はある。 しかしよりによって、一番ジャドが嫌うタイプの男性を結婚相手に選ぶなど、日頃の アネッサからはいささか考え難い選択だったと言えるだろう。 冒険者の店『紅い砂塵亭』に寝泊りしている冒険仲間が、ファニック商会の店先にまで 足を運び、レイニーを訪ねて遊びに来た時なども、彼女はやや溜息交じりで、今回の 結婚騒動に愚痴を漏らしていた。 「まぁ何て言うか・・・本人が決めた事だから、どうしようも無いと言ってしまえば、  身も蓋も無いね」 戦士イーサン・モデインは、街中での普段着であるゆったりとした長衣の下で腕を 組みながら、その穏やかな表情に僅かな苦笑を浮かべている。 傍らでインテリア用品を眺めていた幼馴染の魔術師レーフェン・ハーヴィに至っては、 他人の色恋沙汰などに興味は無いと言わんばかりに、この手の話を全てイーサンに 任せっきりにしている様子だった。 但し、ルーベンスと同じく吟遊詩人として平時の生計を立てているハーフエルフの エルクファント・レガシーだけは、異なる反応を見せていた。 同じ吟遊詩人仲間ではあるが、そのルーベンスなる美青年に対して、はっきりとは 言えないのだが、嫉妬というか、微かな対抗心が彼の中に芽生えつつあった。 吟遊詩人にとって最大の武器はと言えば、歌唱能力と伝承知識である。 が、その職業柄、外観の優劣も重要な要素として位置づけられている。 ルーベンスは美貌の優男という話だが、一方のエルクは貧相な外観のハーフエルフで、 容貌だけを見ればルーベンスに軍配があがる。 そのルーベンスが、吟遊詩人としての道を放棄して、有名職人の入り婿になろうと しているというだけでも、エルクの癪に障っていた。 イーサンとフェンは、文字通り他人事としてレイニーの愚痴を聞いていたのであるが、 エルクだけは、自分とルーベンスを比較するうちに、段々他人事に思えなくなって きてしまっていた。 「一度、そのルーベンスさんの歌を聞いてみたいですね」 「やめとけエルク。しょーもない対抗心出すな」 やや堅い表情を見せ始めたハーフエルフの心情を、高位魔術師としての実力を備えた 年若い青年が機敏に見抜き、諌めるような一言を口にした。 さすがにフェンの実力には一目置いているエルクは、それ以上何も言おうとはせず、 ただ黙ってむっつりとした表情を作っていたが、他人事ではおさまらないレイニーは、 相変わらず店頭でイーサンに愚痴をこぼし続けていた。 「アネッサもアネッサよねぇ。なーんでまた、親父さんに喧嘩売ってまで、あんな  どこの馬の骨とも知れないような優男を選んだんだろー?」 「おいおいレイニー。それじゃまるで、君が恋の経験が豊富だって言ってるような  ものじゃないか」 イーサンに突っ込まれ、レイニーは思わず黙り込んでしまった。 若い戦士に指摘されるまでもなく、レイニーは自分でもその事をよく自覚していた からである。

当然ながら、エレミアほどの規模の街にもなれば、盗賊ギルドが存在する。 しかしその組織体系は、ロマールやオランほどに整備されているとは言い難く、 どちらかと言えばやや雑然としている方であった。 それでも規律と上下関係だけはきっちりと確立されているらしく、他国のギルドに 所属する盗賊であろうとも、エレミアに滞在する以上は、エレミア盗賊ギルドの 世話になる訳であり、上納金の支払い命令や、ギルド上層部からの任務指示には
従わねばならない。 これはクレット・アーリーとカツェール・デュレクも例外ではない。 二人はその日の朝からエレミアの街の裏通りにある盗賊ギルドの秘密の入り口から その内部へと招かれ、世話役の老人から、一つの仕事をもちかけられていた。 「最近は、もぐりの盗賊として表立った盗みを働く輩はそうは居ないんだが」 と前置きしてから、その老齢の世話役は、皺の深い無表情な面に、僅かな渋面を 作りながら、狭い小部屋で木椅子に腰掛けている二人の若く有能な盗賊に語り続ける。 「ギルドが直接関与しない知的犯罪を仕掛ける輩が増えつつある」 「知的犯罪って、具体的にはどんなのですかぁ?」 やや幼い少年のような口ぶりで、聞き返すカッツェに、老世話役は一つ溜息を漏らし、 「要するに、詐欺じゃよ。密売品の流通や、盗賊としての技術を駆使した犯罪とは  全く異なる分野じゃから、ギルドとしても強硬に取り締まる訳にはいかんのじゃ」 しかもこの時代、嘘を看破する事が出来る程の魔術師は、ほとんど世俗や市井の 民とは縁が無い為、こういった知的犯罪を立証するのは不可能に近いという。 (フェンなら問題無く見抜けるんだけどなぁ) などと内心で思いつつも、クレットは老世話役の話に黙って耳を傾けている。 「まぁそんな訳で、ギルドとしては表立って刺客を差し向ける訳にはいかんのだが、  しかしわしらの懐に入る筈の銭が、そういった連中に持っていかれるのも、これは  これで困った話なんじゃよ」 「つまり盗賊ギルドとしては、盗賊としての私達にではなく、冒険者としての私達に  何かを依頼したいって事ね?」 クレットが老世話役の言わんとする事を機敏に察して、その考えを要約すると、 この世話役は満足げな笑みを浮かべて、静かに頷いた。

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