視界
直接スジャルタとの交渉に臨んでいるフェンを除く三人は、いずれも片手でラクダの 手綱を握り、残る片手にはそれぞれの愛用の得物を携えている。 相手の正体がまだ確定していない以上、いざという時の為に備えておく事は、別に 冒険者に限った事でもなく、ごく基本中の基本であろう。 その事をウグルツ部民側のスジャルタも理解しているのか、フェンの背後で軽い緊張を 伴って身構えている三人の冒険者達の姿勢を、特に批判したりはしなかった。 ここでフェンは、全ての事情を明かすという大胆な策に出た。 クレットなどはフェンのこの判断に若干の薄ら寒さすら感じたのだが、しかし交渉役を フェンに一任している以上、下手な口を挟むような真似はしない。 ただひたすら、緊急事態発生に対して身構えているだけであった。 フェンからの事情説明を一通り聞き終えたスジャルタは、小麦色の肌に焼けた精悍な 美貌に、どこか呆れたような色合いの表情を見せた。 「やれやれだな。モントーヤに向かいたいと言う輩がこれで三組目だと思っていたら、 お前達は先行している連中の関係者だったという訳だな」 「っちゅう事は、既にルーベンスとヤニックとは・・・」 フェンの窺うような視線に、スジャルタは軽く頷き、 「半日程前に、我らも遭遇しているよ。お前達と同じように、一度ディッキンベ部民の 縄張りから追い返し、そこで改めて用件を聞いた」 そしてルーベンスとヤニックはいずれも別ルートに足を踏み入れて、モントーヤ遺跡に 向かったのだという。 「カーン砂漠の地下には、そこらじゅうに遺跡や地下通路が点在している事は、お前達 冒険者もよく知っている事だろう」 さも当然のようにスジャルタが口にした台詞であったが、実はフェンを除く三人は、 あまりよく知らなかったらしく、フェンの背後で密かに顔を見合わせていた。 スジャルタの説明によれば、ルーベンスとヤニックは、モントーヤ遺跡近くに出る 地下通路の一つを潜っていったらしい。 その際、道案内にウグルツ部民の若者が同伴していったという。 地上を通らないとは言え、その地下通路の一角はディッキンベ部民の縄張りを、僅かに かすめるような格好で砂の海の中を突っ切っているらしい。 そこで念の為に、ウグルツ部民の若い戦士が、水先案内人として発ったのだという。 「まともに砂漠を進んでいけば、ラクダの足でもまず三日はかかるところだが、その 地下通路を使えば、一日程度でモントーヤ遺跡近くに出る事が可能だ。お前達も、 どうしてもモントーヤ遺跡に向かいたいのなら、この地下通路を使うが良い」 「あのぉー、出来れば道案内もお願いしたいんじゃが・・・」 図々しいとは思ったが、ものはついでである。 駄目元でフェンが拝んでみると、スジャルタは意外にも、呆れた表情ながらフェンの 言葉を聞き入れてくれた。 「私が案内しよう。モントーヤ遺跡は、今のところどの部民の管理下にもないから、 誰が近づこうが問題はない」 スジャルタの言葉に、それまで緊張を伴ってこの交渉を見守っていたイーサン達 三人の冒険者は、やっと表情がほぐれ、それぞれが手にしていた武器を鞘に収めた。 「ありがとう、本当に助かります」 イーサンがこの時になって、初めて笑みを浮かべて軽く頭を下げると、スジャルタの シャープな美貌には、悪戯っぽい笑みがこぼれた。 「いやぁ、実を言うとな。我々もエドゥーには手を焼いていたんだ」 この一言で、イーサンの笑顔が凍りついた。 スジャルタのこの台詞はつまり、イーサン達に打倒エドゥーを期待しているという 事を如実にあらわしているのである。 「あのぉ、ところで、エルクお兄ちゃんとレイニーお姉ちゃんは、ここで待たなくて 良いんでしょおかぁ?」 おもむろに、カッツェが思い出したような調子で、エレミアの街に残してきた二人の 冒険仲間について発言した。 星明りの下で、スジャルタがきょとんとした表情のまま頭を掻いている。 「なんだ、後続が居るのか?」 「ええ、実は・・・」 スジャルタと同じく、太股や二の腕が剥き出しになっている女盗賊のクレットが、 いささか苦い表情で小さく頷いた。 厄介者のアネッサがついてこなければ良いが、という懸念があるのだろう。 いくらウグルツ部民が地下通路を案内してくれるとは言え、素人の街娘などについて こられては、また何かの問題を抱え込む事にもなりかねないからだ。 出来ればレイニーとエルクを誰かが待っているのがベストではあるのだが、しかし さすがに、そこまでウグルツ部民に頼むのは筋違いである。 その事をフェンもよく分かっている為に、ウグルツ部民に対して、二人の冒険仲間を ここで待っておいて、追いついてきたら道案内を頼む、などという虫の良い事を 口にする事は出来なかったし、実際にスジャルタが、 「言っておくが、我らとて暇ではないのだ。そこまでは面倒見切れんぞ」 と釘を刺してきた為、この件については口を閉ざすしかなかった。 スジャルタがわざわざそのように釘を刺したのには理由がある。 実は、これから彼女が案内しようとしている地下通路には、石化蜥蜴や石化蜘蛛などの 魔物が数多く棲息しており、複数回に分けて、小数で突破するには、いささか危険が 大きいというのである。 その為、遅れてくる者は地下通路ではなく、その上の同じルートの砂漠を進むしかない。 「二人が追いついてくるのを待っては・・・くれんのじゃな?」 「悪いが、さっきも言ったように、我々も暇ではないのだ。いつ追いついてくるのかも 分からん奴らの為に、時間を費やす事は出来ん」 |