視界


かくして、冒険者達はウグルツ部民の女戦士スジャルタを伴って、目的の遺跡へと、
足を踏み入れる運びとなった。
モントーヤ遺跡は、実際のところは巨大なピラミッドであり、南に向いている斜面に、
頂に続く階段が壁面の真ん中を垂直に走っている。
純粋な高さは、頂までざっと60メートルほどはあろうか。
恐ろしく滑らかな壁面を持つ正四角錐で、地上部分の一片の長さは同じく60メートル。
極めて精緻な技術で建造されたピラミッドである事が分かる。
古代王国期の建築技術に優れた魔術師の監修のもとで建てられたものであるという
伝説が語り継がれている。
単なる噂ではあったのだが、こうして目の当たりにしてみると、あながち嘘ではないと
思えてしまう。
既に強烈な西陽が、モントーヤ遺跡の南西から真西方面部分を金色に照らしつつある。
反射熱を浴びるだけでも結構な暑さであった。
さすがにこの急な階段は、ラクダを引いて登る事は出来ない。
冒険者達は、ラクダの背荷物を自身の肩や背に移し替え、ラクダ達については、遺跡の
階段付近に生える潅木に手綱を結びつけた。
「これを見て」
いち早く荷物を背負い終えたクレットが、頂にまで続く石段の一角にしゃがみ込み、
細面だけを仲間達に向き直らせ、ある一点を指差した。
「足跡、ですね・・・」
肩越しに覗き込むカッツェの低く慎重な声に、クレットは小さく頷いた。
「二人分の足跡ね。多分、ルーベンスとヤニックのでしょ」
推量ながら一先ず結論を出したクレットが立ち上がると、残る面々も準備が整った
様子で、いよいよ頂までの石段を登る事になった。

石段は結構な急斜面に張り付いていた。更に加えて、この暑さである。
一同は、汗を滴らせながらも、二十分近い時間をかけて、ようやく頂にまで至った。
ピラミッドの頂上は、5メートル四方の正方形型の平面になっており、その中央に、
成人男性が一人、なんとか体を通せる程度の、垂直の穴が空いていた。
覗き込んでみると、内部へ降りる細い階段が見える。
二組の足跡は、そのまま穴の中へと消えていた。
「ほな、行こうかのぉ」
ランタンに灯を入れながら、フェンが一同のやや疲れた表情を見渡す。
砂漠の暑さに慣れている筈のスジャルタですら、小麦色の肌にうっすらと汗を浮かべ、
若干呼吸を乱れさせていた。
今回は、精霊視覚を持つカッツェが先頭に立ち、その直後にスジャルタが続くという
隊列を組む事になった。
荷物を背負ったままでは穴を通り抜ける事が出来ない為、一同はまず、荷物を穴の下に
放り投げてから、続いて自身の体を押し込むという手順で、遺跡内に入る事にした。
カッツェ、スジャルタ、フェン、クレット、イーサンという順番で、穴の下に続く
狭い階段を下りていくのだが、クレットが階段の最下段に差し掛かり、イーサンが
続いて身を滑り込ませたところで、異変が生じた。
何かの装置が作動する音が響いたかと思うと、外界と遺跡内を繋ぐ狭い階段と、その
左右の石床が、驚く程の速さで沈み始めたのである。
階段のほぼ最下段に居たクレットは、一瞬にして埋没した空間に落とされたのだが、
「イーサン、つかまれぃ!」
最上段近くに居たイーサンは、その脚力を活かして跳躍すれば、フェンとスジャルタが
差し出す手につかまり、難を逃れる事が出来ない事もなかった。
が、クレット一人で別ポイントに置き去りにする危険性を恐れたイーサンは、敢えて
差し出された手を無視し、クレットとともに遺跡の下層へと落ちていく事を選んだ。

階段が埋没した直後、その空間には別の石畳がスライドするようにせり出してきて、
イーサンとクレットが引き込まれていった穴を塞いでしまった。
「スジャルタさん、これは一体・・・?」
「すまない、私に分からない」
カッツェの悲壮感漂う声に、スジャルタも申し訳なさそうな表情でかぶりを振るしか
出来なかったのだが、それ以上に後悔の念を抱いたのはフェンであった。
「しもた。わしが最初に入っておけば良かったわい」
言いながら、フェンはその小部屋最深部の壁に刻まれている上位古代語の一文を、
目を凝らして食い入るように見ている。
そこには、このピラミッドへ足を踏み入れる為の条件が記されていた。
「どうやら防衛構想上、一度に三人ずつまでしか通れんらしいわい。くそっ、先に
 わしが入って、これを読んでおれば、こんな初歩的なミスをやらかす事もなかった 
 じゃろうに・・・」
しかしその傍らで、スジャルタは階段が消え去った石床にしゃがみ込み、じっと何かを
考え込む様子を見せていた。
既に彼女は、日よけのマントを驚く程にコンパクトなサイズにまで畳み込み、背筋の
物入れに放り込んでいる。
再び、小麦色の艶かしい太股や尻の肉が露出されていた。
「あのぉ、どうしたんですかぁ?」
カッツェが不審げな表情で覗き込むと、スジャルタはようやくその端正な面を上げて、
「二人が落とされた大体の位置は、多分私にも分かる。ただ、少し厄介だぞ」
そして、先程日よけマントを押し込んだ背中の物入れから、今度は薄汚れた羊皮紙を
取り出して、石床の上に広げた。
そこには、手書きながら、このモントーヤ遺跡の見取り図と思しき絵図が描かれている。
「ほほぉ・・・それは?」
「我が部民に伝わるモントーヤ遺跡に関する言い伝えから、私が作成した見取り図だ」
スジャルタは、いささか恥ずかしそうに頭を掻いた。絵の才能には自信が無いらしい。

スジャルタが自作の遺跡見取り図を示しながら、フェンとカッツェに説明するところに
よれば、イーサンとクレットが引き込まれたのは、ピラミッドのほぼ最下層に位置する
空間であるらしい。
但し、その空間へ徒歩で移動するとなると、ブラキの鎚が保管されていると思われる、
蛇の祭壇と呼ばれる巨大な広間を通過せねばならない。
つまり、イーサンとクレットの両名と合流する為には、必然的にエドゥーとの遭遇が
避けられない事になる。
モントーヤ遺跡内部は、いくつもの分岐点が点在しており、行き当たりばったりで
移動しようものなら、ほぼ確実に迷ってしまうという。
しかもこのピラミッドの中にはエドゥーの他に、石化蜥蜴も数多く棲息しているという。
「やれやれ、冒険者としてはこれほど面白い探索ポイントは無いんじゃがのぉ」
「何を呑気な事を言っているのだ」
妙に嬉しそうな表情で遺跡見取り図を覗き込んでいるフェンに、スジャルタの方が逆に
美貌をしかめて苦言を口にした。
更にスジャルタは、石化蜥蜴の戦闘能力についても言及した。
「奴らは、基本的には古代王国期の魔法実験によって生み出された魔法生物だという。
 その為かどうかは知らないが、中には通常の武器では傷を付けられないケースも
 あるらしいぞ」
「あ、それならご心配なくぅ」
今度はカッツェが、妙に余裕を含んだ笑顔で、背負っていた長弓を手に取った。
通常の武器で傷つける事が出来ない相手であっても、これがあれば怖いものはない。
言わずと知れた、ファイアーフォックス改であった。
一方のフェンも魔術師であり、石化蜥蜴にダメージを与える魔法技術の持ち主である。
戦力的には、特に問題は無いと言って良い。

ピラミッド最下層の一角へ引きずり込まれたイーサンとクレットは、不気味な室内に、
思わず言葉を失っていた。
そこは、無数の石像が、四肢をバラバラに破壊された状態で散乱している空間だった。
「ねぇ・・・これってやっぱり・・・」
「多分、な。エドゥーの石化の視線に犠牲となった人々だろう」
生々しい恐怖の表情を浮かべたまま、石と化した石像頭部が、イーサンの傍らで、
無言の訴えを声高に叫んでいるようにも見える。
最初、この空間に沈められた二人は、一切視界が利かなかったのだが、幸いにして、
古代語魔法の初歩技術を持つクレットが光球の呪文を完成させ、照明源を確保した。
しかし逆を言えば、先の地下通路同様、闇の中に潜む魔物の格好の的になる事も、
覚悟せねばならない。
「多分、エドゥーはそう遠くない位置に潜んでいると思うわ」
クレットの緊張した声音に、イーサンは別の結論を導き出した。
即ち、ブラキの鎚も近いのではないか、という事である。
「どうやら僕達の方が、ヤニックやルーベンスよりも先に到達しそうだね」
言いながらクレットに振り向いたイーサンであったが、しかしクレットの方は、全く
それどころではないという面持ちで、ある一点をじっと凝視していた。
「どうしたんだい?」
「これって、まさか・・・」
まるでイーサンの声が聞こえていないかのように、クレットは小さく一人ごちて、
その方角へと足を向けた。
矢張りそこは、他と同じく無残に砕かれた石像が散乱している空間の一角なのだが、
しかし他所とは明らかに違う部分が確認される。
漆黒の革製のジャケットとロングパンツがそれぞれ二組、そして抜き身のままの
レイピアが一振り、放置されていたのである。

石化された哀れな被害者達が身に付けていた装備は、石像と化した本人もろとも、
冷たい石と化しているのだが、その二組の革製上下とレイピアだけは、石化魔力を
全く受け付けずに、その場に放り出されていたのである。
そして恐らく、これらの装備を身に付けていたと思われる一組の男女が、裸に近い
格好で石化しており、四肢がバラバラに砕かれていた。
「間違いないわ・・・これ、ファントムメナスとメンインブラックよ」
かつてのカストゥール王国時代末期、対蛮族戦の最前線に立っていた魔法戦士達に
支給されていたという、量産型の接近戦用魔装具が、伝説上に語られている。
それが、ファントムメナスとメンインブラックであった。
単なる接近戦用武器だけではなく、魔法発動体の機能を備える魔力増幅装置としても
優秀な性能を誇るファントムメナスと、軽量革鎧の革地の間に、ミスリル銀製の
防護板金を編み込んだハイブリッドレザーのメンインブラック。
魔術師ギルドや盗賊ギルドで散々耳にしてきた伝説の魔装具が、事もあろうに、
今、クレットの目の前に放置されているのである。
しかもメンインブラックに至っては、二組も揃っていた。
鼓動が高鳴るのを必死に抑えつつ、クレットはまず、ファントムメナスと思しき
レイピアを手にしてみた。
恐ろしく軽い。感覚的には、彼女が愛用しているカトラスと、ほぼ同じ重量か。
更にメンインブラックはと言えば、現在クレットが身に付けている軽量革鎧よりも、
若干ではあるが、もう少し軽いようであった。
しかしながらその防御力は、ミスリル銀製の防護板金を編み込んでいる為、まるで
比較にならない。
「ねぇ、これ、もらっちゃおうか?」
クレットは、ほとんど迷う事無くイーサンに提案した。


ファントムメナス(数量1)
形状:レイピア
必要筋力:6
打撃力:14
攻撃力ボーナス:+2
追加ダメージ:+2
魔力ボーナス:+2(魔法発動体として使用した場合のみ)
概要:
古代王国期の魔法戦士達が、魔法発動体としても使用していた接近戦用武器。
魔法発動体として使用した場合、使用者の魔力に+2のボーナスがつく。

メンインブラック(数量2)
形状:ハイブリッドレザー(ソフトレザーアーマー相当)
必要筋力:5
防御力:13
回避力ボーナス:+2
ダメージ減少ボーナス:+2
対魔法精神力抵抗点:+3
対魔法ダメージ減少:+1(上記ダメージ減少ボーナスに上乗せ)
概要:
柔らかい軽量革鎧の革地と革地の間に、ミスリル銀製の防護板金が
編み込まれている特殊混合防具。
漆黒のジャケットとロングパンツで構成される。
魔法攻撃に対する防御力にも秀でており、着用者が魔法攻撃を受けた場合、
特殊な対魔法防御力が発揮される。
体温調節機能が付随している為、暑いところでは涼を得、寒いところでは
暖を得る事が出来る。
古代王国期の魔法戦士達が、対蛮族戦に投入していた量産型魔装防具の決定版。
余談ながらフルメタルジャケットの上位シリーズである最強の魔装防具イノセンスは、
このメンインブラックの原型となっている。

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