結納


夕刻。
オロウォカンディ氏の政治顧問マローン老の紹介で、ガルガライス賢門院の連絡員と
初顔合わせを持つ事になったライトは、南の浜に程近い茶店でその人物を待っていた。
指定の時間より少し早めに入店した若き魔術師は、ガルガライス名物というココナッツの
実を叩き割った果汁ジュースを静かに飲んでいた。
そろそろ約束の時間だ、と思い始めた頃、南の浜に面した海岸通りの一角に張り出している
茶店のオープンテラス付近に、マローン老から教えてもらっていた人相風体の人物が現れた。
日に焼けた肌と黒髪は平均的なガルガライスの民そのものであったが、どちらかと言えば
身を包む面積の多いチュニックをボトムが、珍しいと言えば珍しい。
年齢は、ライトより10歳程年上だろうか。
落ち着いた雰囲気の物静かな青年で、面長の知性的な容貌が、南国には相応しくない。
ライトは自ら出迎える為に、テーブルを立って、その人物に歩み寄った。
「こんにちは、ライト・クライフです。プレドラグ・キャステロッティさんですね?」
「これはどうも、ご丁寧に」
挨拶を受けたその人物プレドラグは、吟遊詩人として対人能力に富むライト程ではないに
しても、それなりに人当たりの良さそうな微笑で、挨拶に応じた。
軽い握手を交わすと、二人はライトが陣取っていたテーブルに席を取り直した。
ライト同様に、ココナッツのかち割りジュースを注文してから、プレドラグは懐中に手を
突っ込み、丸めた羊皮紙を取り出して卓上に広げた。
「早速ですが、これが賢門院におけるオロウォカンディ氏支援の企画書です」
プレドラグがライトに提示した企画書は、恐ろしく簡潔な内容しか書かれておらず、悪く
言えばお粗末な事この上なかった。
そこには、明晩マッティングリー家で催される家督相続人お披露目パーティーにおける
ペネロペ嬢の名乗り上げのタイミングや、そこに至るまでの社交範囲の特定、挨拶時の
口上などが記されていた。

ライトが持つ当然の疑問として、賢門院がオロウォカンディ氏に対し、一体どのような
具体的支援を考えているのか、という問題がある。
そして第二に、自分達は何をどうすれば良いのかという疑問があった。
「あなた方には是非、カークさんの予定とペネロペ嬢の予定が適合するように働きかけて
 頂きたいと思っています。具体的にはペネロペ嬢の都合の良い日時を、カークさんに
 空けて頂くのですが、その為には、カークさん側の予定などを調べた上で、必要なら、
 カークさんのお手伝いをして、ペネロペ嬢と過ごす為の時間を作って頂くという形に
 なるでしょうね」
そして賢門院からの支援としては、プレドラグが使い魔を駆使してカークの身辺を細かく
調査し、その情報をライトとフィルに提供する、というのである。
但し、プレドラグが使い魔を駆使して情報を仕入れると言っても、それはあくまでも
事前情報に過ぎない為、直接の確認は、矢張りライトとフィルの担当になってくる。
「ペネロペ嬢とカークさんが個人的にお会いなさる運びに至った際には、私の方から
 相応しいレストランや茶店などの情報を提供します。お二方ともどういう訳か、全く
 その手の情報には疎い様ですからね」
なるほど、とライトは頷いた。
要するに自分達の仕事は、カークとペネロペが心置きなくデートを重ねる事が出来るよう
周辺条件を整える事なのだという事を、ライトは素早く理解した。
また、場合によっては古代語魔法による演出も必要だ、とプレドラグは言う。
「二人きりの時に、思わぬアクシデントが生ずれば、それがお二方の仲を急接近させる
 糸口になるかも知れません。そういう裏方の仕事もお任せする事になるでしょう」
ここでライトは、ふと疑問に思った。
果たして、自分の古代語魔法技術にそこまでの演出能力があるのだろうか。
しかしそこは、実働部隊として雇われた者の責任である。
知力をフルに活用して、アイデアを搾り出す必要があるのだろう。

一方、フィルはと言うと、ガルガライスからタイデルに伸びる街道に程近いオリーブ畑に
出向いているペネロペを訪ねていた。
そこはオロウォカンディ氏が所有する土地の一角なのだが、そのオリーブ畑の敷地内には
小作農の下人達が、居住用の小屋を建てて住んでいるという。
ペネロペは、暇さえあれば、オリーブ畑に足を運んで農作業を手伝っているらしかった。
とても勢いのある大地主の令嬢とは思えないような素行ではあったが、小作農の下人をも
家族同然に扱うペネロペの人柄には、フィルも好感を持っていた。
丁度一日の作業を終えて、小作農の下人達と井戸端で談笑しているペネロペを見つけると、
フィルは優男特有の柔らかな笑みで軽い会釈をした。
「丁度良いところに来たわ。さっきマンゴジュースを搾ったところなの。一杯どう?」
ペネロペはにこやかにフィルを迎え入れつつ、自ら井戸端から腰を上げて、他の場所へ
移るよう目線だけで指示を出した。
どうやら彼女も、フィルがマローン老に雇い入れられた冒険者であり、そしてその目的は、
自分とカークとの結婚を円滑に進める事にある事を察知しているらしい。
小作農の下人達に手を振りながら井戸端を離れ、フィルを伴ってオリーブ畑の園外へと
歩き出したペネロペに、彼女よりも背の低い若き吟遊詩人は、僅かに見上げるような
視線を相手の横顔に向けて、口を開いた。
「ええと、野暮ったい事をお聞きしますが」
最初にそう断ってから、フィルはペネロペに、今回の結婚が成功した暁には、当家は今後、
どのような施策方針を打ち出していくのかという点を、まず聞いてみた。
が、ペネロペは申し訳無さそうに苦笑を浮かべ、
「ごめんね。その手の話はさっぱり分かってないんだ。私は単に、カークに娶られるよう
 全力を尽くすだけだし、その手の事は全部、父が中心になって担当していくって事に
 なってるからね」
つまりペネロペは立場上、本当に政略結婚の道具にしか過ぎず、その本来の目的や動機を
果たす役割は、全て彼女の父であるオロウォカンディ氏当主とマローン老が担当する事に
なっているらしい。
もちろん、賢門院に対する働きかけ云々も同様である。

タルキーニ家側では、まずシモンが、盗賊ギルドの重鎮ヒューベルトとの面会を果たし、 彼から直接話を聞く事に成功していた。 執事のロナウジーニョから既に連絡が行っていたのだろう。 北の浜から北東に延びる大通りに面した貴族イクス家の邸宅を訪問したシモンは、矢張り ガルガライスの平均的な建築様式である高床式の平屋木造建築の豪邸内部に案内され、 当主ヒューベルトから直々のもてなしを受けた。 とは言っても、せいぜい茶菓子ぐらいなのだが。 ヒューベルト・イクスは50代半ばを過ぎた初老ではあるが、精力に満ちた強い眼光と、 年齢に相応しくない頑健な体格の持ち主で、さすがにベルナールと対を成すだけの実力と 器量を備えている人物であった。 尤も、シモン自身はベルナールとの対立については何も知らないのであるが。 ともあれ、シモンは話が通っている事を幸い、早速用件に入った。 彼が聞きたかったのは、カーク、ルシアン、ペネロペの性格や趣味などについてである。 盗賊ギルドの重鎮である以上、その程度の情報は網羅しているだろうと踏んでの事だった。 が、驚いた事に、ヒューベルトはカークの情報を余り持っていない節がある。 というのも、カークが成人してからガルガライスに戻ってきたのは実に数年ぶりの事であり、 何よりカークと仲が良いのは、ライバルであるベルナールの弟子クリスだという。 その為か、ベルナールは上手く情報を操作し、ヒューベルトの耳にはカークに関する情報が ほとんど入ってこないよう小細工を施している可能性が高いというのである。 しかしルシアンとペネロペについては、相当な情報を持っていた。 まず自身が支援するルシアンだが、深窓の令嬢そのまんまの性格の人物で、趣味は読書や 絵画鑑賞、そして刺繍や編み物といったところで、最近では紅茶にも手を出しているという。 一方のペネロペは、元気活発なお転婆で、剣技と馬術に優れた勇猛な女性なのだという。 彼女の趣味は、森の動物と戯れる事と、磯釣りだという。 典型的なアウトドア派であり、政略結婚にはこれほど不向きな人物も珍しい。 しかしペネロペには、カークと幼馴染という決定的な利点があった。 そしてお互いの人間関係であるが、ルシアンとペネロペは全くの赤の他人同士であり、 これまで全く面識が無いのだという。 そしてタルキーニ家では。 マディは様々にルシアンと個人的な面会を果たす為の方策を練っていたのだが、しかし結局、 その全てが無駄に終わった。 というのも、ルシアンの方からマディに会いたいというお達しがあり、難無く対面する事が 叶ってしまったからである。 まだ夕食には早い為、ルシアンが近頃はまっているという紅茶の振る舞いを受ける事になり、 マディはルシアンの案内を受けて、邸宅の前庭に面するテラスへと招かれた。 (丁度良い。ここで聞いてしまえ) 少女然とした笑顔でルシアンの紅茶を注ぐ手つきを眺めつつ、マディは前回の挨拶の際に 聞きそびれた問いをぶつけてやろうと考えていた。 「ルシアンお嬢様は、そのぉ、今回のご結婚の件をどのように思われているのですかぁ?  ええっと、つまりぃ、カークさんの事をどう思っているのか、をお聞きしたいんですが」 ティーカップを受け取りながら、わざと馬鹿っぽい口調で聞いてみたマディであったが、 ルシアンが僅かに、頬に紅を差して恥ずかしげな笑みを浮かべたのを見て、内心おや?と 小首を捻った。 (なんと・・・気があるのか?) てっきり、政略結婚の為には見知らぬ男と閨を共にする自己犠牲の覚悟を決めた女性、と 思い込んでいたマディには、いささか意外な展開であった。 「カークさんとは、ご面識は?」 「いえ、お会いした事はないのですが・・・」 相変わらず小恥ずかしそうにはにかんでいるルシアンであったが、やがて意を決した様子で テラスのガーデンテーブルから離れると、一旦屋内に引き返し、何か額縁のようなものを 携えて戻ってきた。 おやおや、とマディが内心呆れたのは、ルシアンが持参したカークの肖像画を見たからだ。 どうやらルシアンはルシアンで、カークとの初対面を楽しみにしているらしい。 ルシアンがカークの肖像画に一目惚れしている様子をそれとなく察したマディであったが、 そこへ思わぬ人物がいきなり出現した。 「そぉこの君ィ!おぉ客をもぉてなしなさぁい!」 どこかで聞いたような声である。 テラスは前庭から直接正門を覗く位置にある為、ルシアンとマディは揃って声の方向に 面をめぐらせた。 マディは、目が点になった。と同時に、自分でも気づかないまま、ティーカップを口元に 運んですすっていた熱い紅茶を、「ぶほぉ!」と吹き出してしまった。 声の主は、どうやら駅馬車の中で出会った、あのチンピラもどきの青年であった。 しかしどういう訳か、その青年クリスは、柔らかな黒髪を七三にびっちりと分け、更には、 瓶底のような分厚いガラス板をはめ込んだ黒縁眼鏡をかけ、そして小麦色のよく焼けた 肌の色とはまるで不釣合いな、水色の派手なジャケットを羽織っていた。 一体、何を考えているのだろうか。 そして極めつけは、真っ赤な蝶ネクタイと、純白のスラックスなどといういでたちで、 誰の目から見ても漫才師であった。 しかしクリスは、カークの代理人(エージェント)としての自分に箔をつける為には、 こういうインテリな(と本人はそのように思っている)衣装に身を包む事こそ最重要課題だ、 と考えていたのだ。 要するに、ファッションセンスの欠片も無いのである。 さてクリス、テラスにルシアンとマディの姿を認めると、何とも言えぬ微妙な表情を作り、 背筋を伸ばしてきびきびと歩み寄ってきた。 マディなどは、クリスの外観にむしろ不気味さを覚え、内心怯えている始末である。 「君ィ、ルシアン嬢やなぁ?わてが今度からカークお坊ちゃんのエェージェント!を  務める事になったクリストファー・エヴァレットやからなぁ。覚えときやぁ!」 考えに考え抜いた末、この口調こそがエージェントに相応しいと勘違いしたクリスだが、 鬼気迫る表情で額に青筋を浮かべながら、気合を込めてぐわっと勢いを込めて宣言した。 マディのみならず、ルシアンも目が点になっている。

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