結納


早いもので、一日があれよあれよという間に過ぎてゆき、気がつけば、既にカークの為の
マッティングリー家督相続人お披露目パーティー当日になっていた。
開始時刻は、夕刻から正午に変更された。
これは、王城に勤務する官僚貴族達が、翌日に疲れを残さない為の配慮であった。
招待客は実に多岐に渡り、女王ベイブリスこそ姿を見せなかったものの、行政長官などの
超高級VIPが顔を見せるという程の規模であり、改めてマッティングリー家の国内に
おける地位の高さを実感させられる内容であった。
総勢100名の招待客の半数程が王城内に確固たる地位を持つ上級貴族や、ガルガライスの
経済を掌握している富商の代表や当主といった面々であり、残る半数は、それら招待客の
随行員や家族・子息などであった。
パーティー会場は既に述べたように、マッティングリー家の本宅のパーティー用に作られた
広大な応接広間であった。
高床式の木造平屋建築である事に変わりはないのだが、この応接広間だけを眺めていると、
宮殿のダンスホールもかくありやの規模を見せていた。
基本的に立食パーティーで、会場内に点在する木製丸テーブルに、南国特有の新鮮な食材を
活かした料理が、これでもかと言わんばかりに盛り付けられていた。
会場を占める招待客がいずれも上流社会に住む人々という事で、さほどの喧騒は感じられず、
どちらかと言えば、ざわめきが全体を支配しているような雰囲気である。
そんな中、一人異彩を放っている男が居る。
クリスであった。
カークにねじ込み、更にはマッティングリー家当主のバオーリーに対してでさえ、ほとんど
勢いだけでこのパーティーの司会進行役を奪い取ってしまった彼は、昨日から始めた、例の
奇抜なファッションのまま、上機嫌で会場に臨んでいる。
そのセンスの欠片も感じられない衣装に、招待客の間からは声にならない失笑があちこちで
沸き起こっているのだが、クリス本人はまるでどこ吹く風である。
気にしていないのか、気づいていないのか。

パーティーは、その司会進行役であるクリスによるカークの紹介から始まった。
「さぁ皆様!拍手でお出迎えください!次期マッティングリー家当主カーク氏の登場です!」
腹の底から搾り出したような馬鹿でかい声で、会場のひな壇脇にある通路口を、クリスが
びしっと腕を伸ばして示す。
そして誰よりも先に、クリス自身が派手な拍手を響かせ、更にヒューヒューと口笛まで
吹き鳴らす始末である。
一人で勝手に盛り上がる司会進行役の若者に、会場内の招待客達は一斉に引いてしまい、
しばらく唖然としてしまっていたのだが、やがてカークが姿を現すと、ようやくぱらぱらと
そこかしこからまばらな拍手が音を鳴らした。
この異様な光景を、ルシアンの随行員としてパーティーに出席しているマディとシモンが、
軽い頭痛を覚えながらも遠巻きに眺めていた。
二人はこのパーティーで、何とかカークの脳裏にルシアンの印象を強く鮮やかに植え付け、
あわよくば二人きりになるチャンスをも作り出そうと考えていたのだが、しかしいきなり、
クリスの強烈過ぎるインパクトが会場を襲った為、ルシアンがカークの花嫁候補として
華々しく名乗りを挙げるという雰囲気が作り辛い状況となってしまった。
これは、ペネロペの随行員として彼女に同伴しているライトとフィルについても同様であり、
思わぬ強敵の出現に目を白黒させてしまっていた。
しかしクリスはクリスで、彼なりの思惑が無い事も無い。
(さぁヲトメ達よ!このクリストファーさん包囲網を見事打ち破り、カークに鮮烈な印象を
 植えつける事が出来るかな!?)
司会進行役に設けられたひな壇脇の司会者卓で、赤い蝶ネクタイの両端を指先で左右に
引っ張りながら、得意げな表情でふんぞり返っているクリスは、内心そんな事を考えていた。
クリストファーさん包囲網。
それは、このパーティーにおいて、ルシアンとペネロペに対して仕掛けられた、恐るべき、
とは言えないかも知れないが、それなりに鬱陶しいクリスの悪知恵であった。
尤も、本当に悪知恵の域を出ない辺り、矢張りクリスらしいと言えば、らしいだろう。

タルキーニ家から借り受けた正装で着飾ったマディとシモンは、ルシアンの傍らで、
何とも言えぬ困った表情を浮かべていた。
二人のこのパーティーにおける最大の目的は、カークとルシアンが二人きりになれる時間を
演出する事だったのだが、いきなりその目論見が崩されている。
と言うの、まずカークの周囲には、何故か他の貴族の令嬢や夫人達が、しきりとその周囲を
がっちりと固めてしまっており、なかなか割り込む隙が見出せないのだ。
矢継ぎ早にというよりも、ほとんど雨あられのように浴びせかけられる淑女達の挨拶や
話題の山に、カークは対応するだけで精一杯という状況であった。
更にルシアンの方にも、思わぬ壁が立ちはだかっている。
数人の貴族の子息と思しき青年達が彼女の周囲をこれでもかと言わんばかりに取り囲み、
カークを包囲する淑女達と同様、これまた挨拶やその他様々な話題を浴びせかけられ、
その対応だけに苦慮する有様であった。
実は、これと同じ事がペネロペの側でも起きている。
しかし幸い、ライトとフィルには吟遊詩人としての豊富な対人能力が備わっており、何とか
ペネロペが集中砲火を浴びる状況だけは回避する事に成功していた。
(これは・・・拙いですねぇ)
(ホント、どうにもなんないなぁ)
シモンとマディは目線だけで互いの困りきった感想を交わした。
二人とも、最初からカークもしくはクリスに、いきなり接近出来る事を前提に作戦を立て、
それを実行に移そうと考えていたのだが、それが初っ端から崩壊しているのである。
クリスはクリスで、司会者卓の傍らで、現マッティングリー家当主バオーリーと何やら
話し込んでいる。
その為、場合によってはクリスに直撃を、と狙っていたマディは、一番厄介な人物が
クリスの傍らから離れない為、どうにも手の打ちようがなかったのである。
このままでは、ペネロペに機先を制せられてしまうだろう。

先述した通り、ルシアンとペネロペを取り巻く状況は全く同じである。 条件は互角ながら、しかし、随行する冒険者の能力で差が生じたと言って良い。 ライトにしてもフィルにしても、吟遊詩人としての高い会話能力と豊富な話題が幸いし、 ともすればペネロペ一人に集中しそうな貴族子息達の意識が、見事に分散されてしまった。 実は賢門院から情報を得ていたライトが、この事態を早くから予測していたのである。 この日の朝、プレドラグがライトに宛てた手紙によれば、司会進行役を買って出た謎の男 (という事になっている)クリスが、盗賊ギルドの後輩の若手をパーティーに潜入させ、 サクラとして使おうとしているという計画があるとの事であった。 実際、カークにしてもルシアンにしても、そしてペネロペにしても、三箇所で出来ている 人の輪は、いずれも無理矢理作られた障壁と言っても良いのだが、そのきっかけはどれも 他愛の無い挨拶や話題から始まり、そして何故か、周囲の招待客までをも巻き込んでいく 奇妙な程に巧みな話術で、現在の包囲網が出来上がったのである。 (やっぱり、そういう事ですか) ライトは司会者卓のクリスを遠目に眺めながら、その意図を何となく察した。 これまた矢張りプレドラグからの情報に頼るのだが、どうやらそのクリスなる人物が、 カークの花嫁候補を篩いにかける為の障壁として自らを任じた、との事である。 ならばクリスがこの包囲網を仕掛けてくるのも、それはそれで頷ける話ではあった。 言ってしまえばクリスはルシアン以上の強敵として、ペネロペの前に立ちはだかっている、 という事になる。 (フィルさん、ここは一つ、私達が露払いをして、ペネロペさんに突破して頂きましょう) (分かりました!) 二人の若手吟遊詩人達は、ペネロペに張り付いているマークを引き剥がす為に、ほとんど 強引とも言って良い程の勢いで、彼女に話題を繋ごうとしている貴族子息を、その巧みな 話術で自身の話題範囲に引き込んでしまった。 こうなると、マークが外されフリーとなったペネロペと、がちがちにマークされて完全に 身動きが取れなくなっているルシアンとでは、行動許容範囲が段違いになる。 (むむ、ペネロペんとこの弾幕が薄れたな) ひな壇の傍らで、会場全体をそれとなく見渡していたクリスの黒縁眼鏡がキラリと光った。 瓶底のような分厚いレンズの奥で、青年盗賊の鋭い視線が、正装のペネロペを捕捉する。 更に返す刀で、ルシアンの周囲に目を向けると、このおしとやかな貴族令嬢は、未だに 包囲網を抜け出せずにいた。 (どうやらクリストファーさんの出番らしいな) クリスは何故か自分の中でいちいち勿体ぶり、得意げな表情で司会者卓を離れ、カークを 取り巻く人垣へと突っ込んでいった。 「いやいやいやぁ、カーク。人気者ですなぁ〜」 にこやかな笑顔を浮かべてはいるが、カークの周囲を取り巻く淑女達を、まるで力ずくで 引き剥がすかのような乱暴さで、次々と追い払っていくと、クリスはすっかり疲れ切った 様子のカークの傍らに立ち、そして接近してくるペネロペに挑戦的な視線を向けた。 「よーぉ、ペネロペぇ!」 「・・・あんた、やっぱり本当にクリスだったのね」 カーク同様、クリスとも長い付き合いであるペネロペは、心底呆れたような表情で小さな 溜息を漏らした。 昔から、クリスの馬鹿っぽい悪ふざけには辟易してきた彼女だが、今回程の、心身ともに 消耗を強いられるような悪知恵は、初めての体験であったらしい。 「や、ペネロペ。久しぶりだね」 「本当に・・・元気だった?」 カークとペネロペは、どちらも妙に照れた様子で再会の挨拶を口にしたのだが、そんな 二人のはにかむような邂逅を、クリスの無体な大音声が吹き飛ばしてしまった。 「さぁ皆様!いよいよカーク氏への花嫁候補が名乗りを挙げる時がやって参りました!  ご注目くださいませ!」 雰囲気ぶち壊しの大声に、むっとしたペネロペがクリスをじろりと睨んだが、クリスは むしろ勝ち誇ったかのように、にやにやと笑っている。 七三分けの黒髪と瓶底黒縁眼鏡がふざけている印象を強くしている為、余計に腹が立った。 クリスの宣言で、招待客の注目がペネロペに集まった。 ペネロペはいささか緊張した面持ちではあったが、自らがカークの花嫁候補として名乗りを 挙げる事を、凛とした声音ではっきりと口上した。 最早こうなると、ルシアンの印象は極めて希薄なものになってしまう。 一応、クリスに促されて、ルシアンもペネロペの後に続いて花嫁候補の名乗りを述べたが、 矢張りインパクトという点では、どうしてもペネロペに遅れを取ってしまう。 しかし、二人の美女が何より悔しかったのは、単なる司会進行役である筈のクリス相手に、 印象度という点で完敗を喫してしまった事だろう。 実際パーティー後、ペネロペは一晩中溜息が止まらなかったし、ルシアンは悔し涙で枕を 濡らしたという後日談までついている。 マディなどは、クリスこそ今回の最大の敵だと認識していたのだが、このパーティーで、 その思いが更に強くなったと言えるだろう。 全ての招待客がパーティー会場を後にしてから、クリスはカークの離れに引き下がった。 先に引き返してきていたカークは、半ば呆然とした様子でソファーに腰を下ろしている。 「よぉっし。ルシアンもペネロペも俺が倒した!クリストファーさんの勝利である!」 「・・・いや、クリスが勝ってどうするんだよ」 すっかり呆れ返ったカークに、クリスは瓶底黒縁眼鏡を外しながら、小麦色に焼けた 精悍な顔に、不敵な笑みを浮かべてこう切り返す。 「分かってねぇなぁカークは。良いか?男の俺ですら越えられないような女どもなんぞ、  富豪マッティングリーの妻女には相応しくねぇのさ」 「おいおい、何なんだよそれは・・・」 カークは、最早声も出ない。 まぁともかくだ、とクリスは得意げな笑みのまま木椅子に腰を下ろし、更に続ける。 「ペネロペにしてもルシアンにしても、このクリストファーさんの鮮烈デビューの餌食に  なった以上は、今後の巻き返しに期待したいもんだな。言っておくが、この俺の牙城は、  そうそう簡単に攻略出来ねぇぞ」 盗賊ギルド内においては悪知恵大王の異名を取るクリスは、こう得意げにうそぶいた。

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