結納


冒険者達の行動は、特にお互いに示し合わせた訳でもなかったのだが、しかし驚く程に
意思統一が為されていた。
つまり、この場に居る誰もが、ゾンビの群れを突破し、ウォージー遺跡を早々に撤退する、
という行動方針のもと、それぞれがそれぞれの役割を素早く認識し、脱出の為の行動へと
入ったのである。
フィルが、まず芸術神へ祈りの言葉を捧げて亡者退散の法力を発動した。
まだまだ修行中の身である優男ではあったが、ヴェーナーの信徒という面について言えば、
実に敬虔な神官であり、亡者の群れに対する勇気も相当なものであった。
芸術神の聖紋を高々とかかげ、祈りの言葉を声高に発すると、マディとルシアンの両名に
群がりつつあったゾンビの群れのうち、およそ七割近くが低い唸り声を放ちつつ、左右に
道を開けるような形で退き始めた。
その残る数体に対しては、抜刀したシモンとクリスが容赦なく斬りつけ、そこへ更に、
マディとルシアンの剣が入った為、彼らが合流するのは実に容易い事であった。
普通、まだまだ駆け出し冒険者に過ぎない彼らの攻撃力では、意外に強靭な体力を誇る
ゾンビを一撃で蹴散らすというのは、若干難しい。
実を言えば、ライトが魔力付与の呪文と防護の呪文を、戦闘開始直前に詠唱しており、
頭痛で悩まされる程にふらふらになりながらも、前衛組のサポートをしっかり終えていた。
素早い判断で味方に援護魔法を仕掛けるタイミングを逸しないのも、優秀な魔術師としての
条件であると言って良い。
「フィル、もっぺんやってくれ!」
クリスの要請に、金髪碧眼の小柄な優男は表情を引き締めて軽く頷き、今度は広間の出口へ
向かう直線上にたむろするゾンビの群れに、再度亡者退散の法力を発動させた。
今度は、先程のような強力な効果が見られなかった。
芸術神はいささか気まぐれなのか、単に運が悪かっただけなのか。
しかしいずれにしても、戦力が揃った冒険者達にとっては、突破するだけであるならば、
特に支障を感じなかった。

しんがりを務める事になったマディの背後で、恐ろしい熱波が生じた。
(何事ぞ!?)
慌てて振り向いた美少女戦士は、石室から広間へと出る辺りに、信じられないものを見た。
巨大な火球が、ウヅキテンゼンの目の前で膨れ上がり、今にも爆発しようという勢いを
見せていたのである。
異常を察知したライトもこうべをめぐらせ、破裂寸前の巨大火球の真紅の輝きに、一瞬だが
我を忘れて立ち止まってしまった。
キルチネルが、古代語魔法の中でも禁忌とされている火球の呪文を行使したものと思われる。
尤も、カストゥール時代においても、この呪文が禁忌とされていたかどうかは定かではない。
いずれにしても、ウヅキテンゼンの鎌鼬を何とかかいくぐって、火球の呪文詠唱を辛うじて
完成させた事だけは間違いないようであった。
しかし、対するスキンヘッドの巨漢はまるで動じた様子が無く、余裕の表情で大刀を振り、
巨大な火球の前で二度三度、切っ先を宙に滑らせた。
するとどうであろう。
爆裂した火球の破壊力と炎の渦は、ウヅキテンゼンの方角には全く広がらず、全て石室側に
だけ向けられて流れていったのである。
極めて不自然な爆発現象に、冒険者達は驚愕した。
火球の爆発の向こうで、一体どのような手管を用いたのか、そしてどこから持ち出したのか、
禍々しい色合いのローブを纏っているキルチネルが、ちっと舌打ちを漏らしていた。
強面の巨漢は、そんなキルチネルの青白い面に嘲笑を放った。
「うつけものめ。我が鎌鼬は真空の壁を作り出すと言うたであろうが。燃焼には酸素が要る。
 ならば真空の分厚い壁を作って、ある一方の酸素を完全に絶ってしまえば、残る方角に
 全ての爆裂が向かうのは自然の理よ」
「・・・どうやら、全身全霊を以って臨まねばならぬようだな」
キルチネルの低いくぐもった声音に、ウヅキテンゼンは嘲笑に歪めていた強面から、一切の
表情を消した。
仮にも相手は古代王国期の魔術師である。その魔術師が、いよいよ本気になり始めた。
ウヅキテンゼン程の技量の持ち主でも、気合を入れねばならぬのであろう。

野盗の亡者の群れを突破して広間を抜けた一行は、そのまま遺跡内を駆けに駆けて、一気に
正面玄関を抜けた。
既にスコールはおさまり、灰色の雨雲は影も形も無い。
ただ、遺跡周辺の地面が泥濘に埋め尽くされ、足場が極めて悪くなってしまっている。
しかしここで愚図愚図していては、遺跡内のゾンビどもが追いついてくる可能性が高かった。
特にカークを担いでいるアーベイは非常な消耗を強いられる事になるのだが、彼は敢えて、
自ら率先して重い泥の中へと踏み込んでいった。
その後に、白い脚が太股まで剥き出しになっているルシアンと、対照的に健康的な小麦色の
肌の太股がまぶしいペネロペが続き、更に冒険者一同が泥の海へと突っ込んで行く。
彼らは一様に四苦八苦しながら泥の低地を何とか抜け、急斜面へと到達した。
ここからも、難関である。
崖に近い角度で切り立っている斜面を登るには、これまた相当な体力を要求された。
が、この傾斜さえ登り切ってしまえば、ゾンビの群れが追いすがってくる事もないだろう。
さすがにアーベイの表情には疲労の色が濃い。
そこでシモンとクリスがアーベイの斜め後ろの左右に配置し、下から押し上げる手伝いを
自ら任じた。
令嬢二人に関しては、ライトとフィルが手助けする事になったのだが、ほとんど下着に
近い格好のペネロペの尻と、下着そのものが丸見えになっているルシアンの尻とを下から
見上げる格好になってしまった為、ライトとフィルは顔を真っ赤にしながら登っていった。
尤も、令嬢達自身はそんな事などまるで気にしていない様子であったが。
ここでもしんがりを務めていたマディは、最後まで残って遺跡の方向に鋭い眼光を飛ばす。
二人の令嬢とアーベイが斜面をほぼ登り切った辺りで、ウォージー遺跡の二階の壁の一部が
破裂し、中から二つの人影が宙に飛び出してきた。
長剣を二刀流に振るうキルチネルと、大刀を独特の構えで振るうウヅキテンゼンの両者である。
ウヅキテンゼンは、遺跡の二階に面するジャングルの斜面に足の裏だけで張り付くような
格好で接壁し、キルチネルも実に遺跡の壁を伝う蔓の一本に膝裏を絡ませて位置を確保した。
両者ともに、相当な体術の使い手である事が分かる。

その後、ウヅキテンゼンとキルチネルの戦いがどうなったのかは分からない。 一行はそのまま斜面の上に繋いでいた馬を回収し、そこから街へと駆け戻ってきたのである。 カークを担ぐ任務から解放されたアーベイだけはそのままスウィフト農園へと戻っていった。 別れ際、この思慮深く屈強な青年は、まずルシアンに端正な面を向けて頭を下げた。 「折角の農園見学が、このような形で中断する事になってしまった不手際をお許しください」 「いいえ。むしろ、私どもこそお詫びしなければいけません。色々ご迷惑をおかけしました」 ルシアンも頭を下げた為、お互いに謝り合う形になった。 その後、アーベイはカークを鞍の前に横たえて騎乗しているペネロペに視線をめぐらせる。 ペネロペはばつの悪そうな表情で僅かに視線を反らしたが、アーベイは真っ直ぐな瞳で、 元恋人の美女を正面からとらえた。 「カーク殿の事は頼んだぞ。それから、キルチネルの件に関しては、後日マローン老から  説明を受けておけ。今回こういう形で遭遇した以上、知らないでは済まないだろうからな。  一応、俺の方でも奴の動向には気をつけておく」 ペネロペは、何が何だか分からない表情で戸惑い、アーベイと、フィル、ライトといった 面々に迷い込めた視線を送ったのだが、誰もこの場では何も言おうとはしなかった。 結局その日の夕刻にはカークは街中のマーファ神殿で解毒の法力による治療を受け、全ての 問題を除去するに至った。 カーク誘拐の対策委員会が設置されているガルガライス城内には、クリスからカーク救出の 報告を受けたバオーリー・マッティングリーが自ら事の次第を報告し、早速、行政府から 調査部隊が遺跡へ派遣される事となった。 そして夜になってから、カークがすっかり回復した様子でマッティングリー邸の離れへと 戻ってきたのだが、その表情はあまりぱっとしない。 折角のルシアンとの農園見学が台無しになり、色々な面々にすっかり迷惑をかけてしまった という事に、多少の後ろめたさや罪悪感を感じているのだろう。 そして何よりも、復活したキルチネルのその後が一切不明なのが気がかりであった。 実はあの戦いは遂に決着を見る事が無く、トノイ岬での桐生忍軍対カストゥール魔術師団の 抗争へと発展するのだが、まだこの時点では、誰もその流れを把握していない。

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