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山岳小都市アズバルチに点在する冒険者の店のうち、『水鏡亭』に宿を取っている冒険者の数は決して
少なくは無い。
宿帳順に宿泊者名を列記すれば、
ルーシャオ
ゴルデン
クィン・ガルシアパーラ
リグ・ラク・ダック
テオ・ルイス・ファーディナンド
フォールス・スルースパス
の、計六名という事になっている。
全員男性ではあったが、ドワーフとグラスランナーが一人ずつ顔を揃えており、大陸総人口に対する
比率から考えれば、妖精の混在率は高いと言って良い。
尤も、冒険者を稼業とする妖精の存在はさほど珍しくはなく、むしろ人間が冒険者に転ずる確率の低さを
考慮すれば、これは逆に当然とも言える結果と言うべきだろう。
彼ら六人のうち、最初に店の主人タイロン・キャロウェイの失踪に気づいたのは、ミラルゴ盗賊ギルドに
属し、感覚の鋭さでは宿泊客中ナンバーワンとも言うべきリグであった。
この小柄な妖精族の若者は、生来の好奇心の強さから冒険者に身を転じたような人物で、その注意深い
観察力は、日頃からほとんど無意識のうちに働いているらしく、この日の朝、いつもなら朝食の準備の
為に、裏庭で薪割りに精を出している筈のキャロウェイの、荒々しい息遣いが、全く鼓膜に届いて
こなかった時点から、日常との差異を敏感に察していたのである。
案の定、朝食を求める素振りを見せながら、キャロウェイの自室を訪ねてみても、返事はおろか、人の居る
気配すら無かった。
おかしい、と訝しんだ時には、小柄なグラスランナーの体躯は、二階宿部屋に寝泊りしている他の
冒険者達を起こして回った。
「なんじゃいな、朝っぱらから・・・その大声だけはちっと勘弁してくれんかよ」
二日酔いの頭痛に強面を歪めつつ、最初に宿部屋からのっそりと赤ら顔で現れたのは、ドワーフの
冒険者だった。
次いで、人間の青年が四人、ほぼ同時にそれぞれの室の木扉を押し開けて、不審げな表情を
のぞかせる。
精霊使いと魔術師が一人ずつで、残る二人はいずれも戦士として鍛えられた連中らしい。
武装した姿を見ずとも、その体格だけで前衛かどうかがあからさまに分かってしまうほどに、彼らには
肉体面での違いが非常に大きくあらわれていた。
精霊使いの方は、リグにも見覚えがあった。確か、アズバルチの盗賊ギルド支部で顔を合わせた事が
あった筈だった。
実を言えばこの精霊使いフォールスも、リグ同様盗賊としての訓練を積んでいるのである。
が、技量としてはリグの方が僅かに上回り、生来の感覚と身体能力だけに絞れば、矢張りグラス
ランナーの方が適正は高い。

一同は、リグに促されるままに、一階酒場のカウンター奥まで足を運び、そこで店の主人キャロウェイの
失踪を知った。
「争った形跡も無いから、何か急な用事でも出来たんじゃないですか?」
ルーシャオは、本来思慮深さと好奇心が売りである筈の魔術師ではあったが、この場においては、
どちらかと言えば、あまり乗り気では無さそうな素っ気無い口ぶりで、適当な憶測を口にして、他の
面々の反応を待った。
なんとなく、さほどの事件でもなさそうな気がしただけの事であった。
黒い瞳と黒い髪、そして180cmほどの長身と、肉弾戦ではなく、術を操る事を得意とするなど、様々な
共通点を持ちながら、その性格は際立つ程に対照的な精霊使いのフォールスは、むしろ事件性の
追及に意見が傾いていた。
「安易に結論を下すな。何も無いとは言い切れん」
フォールスの冷徹な口調に、ルーシャオは一瞬押し黙った。
穏やかな性格のルーシャオにとって、鋭利な刃物のようなきわどさと氷の如き冷たい印象を放つ
フォールスは、どちらかと言えば苦手な部類に入るのであろう。
一転して、戦士テオはルーシャオにとって話し易い人物のようだった。
この面子の中では、しなやかな筋肉の鎧に身を包み、ガルシアパーラと並んで屈強な体躯を誇る
若い戦士であったが、あまり殺伐とした雰囲気は無く、その表情だけを見れば、むしろインドア派とも
取れる。
ブラウンの柔らかな髪と、オリーブ色の澄んだ瞳が見せる穏やかな人間味が、彼の落ち着いた、
大人のような寛容さに拍車をかけていると言って良い。
同じ戦士のガルシアパーラは、と言えば、こちらはテオよりも遥かに年を食い、冒険者としての経験
年数も非常に多いと思われるのだが、その割には頼り無さそうで、一見して三流の冒険者と分かる程に
落ち着きが無い。
実際、彼がここアズバルチで受けた依頼は全て失敗しており、その浅慮と、無鉄砲な勇気が、悪い意味で
彼の名を人々に知らしめる結果となりつつあった。
その癖、経験年数と年齢だけを誇示して、やたらと主導権を握りたがるのだから、困りものであった。
この場に於いても、彼の性格は他の面々を辟易させた。
「よし、ここは誰かがリーダーとなって、キャロウェイ氏の失踪に当たるべきだ。
その任には、俺以外ありえない」
全く何の根拠も無かったが、ガルシアパーラは妙に自信たっぷりに宣言し、誰も賛同していないうちから、
既にチームが結成されたかのように振る舞い始めた。
「まずは、情報を集めるところから手を打つべきだろう。皆、自分の思うところを述べてみたまえ」
「いや・・・思うも何も」
得意げに言うガルシアパーラに、いささか呆れたような表情を見せたドワーフのゴルデンであったが、
下手に何か言えば、余計な仕事を与えられてしまいかねない勢いを感じ、そのまま口をつぐんだ。
しかし敢えて、意見する者が居た。テオである。
「聞き込みと家捜し以外無いんじゃないかと思うけど」
「その程度の事はもう考え済みさ。で、君はどっちをやりたいんだ?」


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