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この広大な地下埋葬場をざっと調べてみただけでも、百をゆうに越える墓碑が並んでいる。
更に何本も脇へ伸びる小型の埋葬室にまで目を向ければ、ここに葬られた死者は、どんなに少なく
見積もっても、二百は越えるだろう。
また、薄汚れた生活痕から簡単に算出した居住者の数は、恐らく50はくだらない。
この遺跡に至る途中で遭遇したゴブリンの大集団も、大体それぐらいの数は居たのではなかろうか。
「矢張り、あのゴブリンどもがここに棲みついていると判断して、間違いなさそうだな」
やや苦しげな呼吸に喘ぎながらも、フォールスは冷静な表情を崩さずにそう断定した。
彼の整った容貌にも、死後硬直に似た不自然な引きつり状態が目に見えて分かる程度に顕れ始めた。
既に呂律が回りにくくなっているテオやルーシャオは、もっと悲惨であった。
全身がギシギシと鳴るような痛みにさいなまれ、ちょっとした調査活動にも支障が出始めている。
それでも何とか一通り調査を終えようという頃合になって、三人は信じ難いものを発見した。
「これは一体・・・」
弱々しい声を搾り出したきり、そのまま絶句したルーシャオを押しのけて、フォールスとテオが、
地下埋葬場の一角に口を開けている謎の一室への通路へと足を踏み入れた。
そこは、剥き出しの岩肌が上下左右を支配する天然の地下空間で、地下埋葬場とほぼ同じぐらいの
広さを見せていた。が、ルーシャオが言葉を失ったのは、そんな事ではない。
およそ棺桶大の、細長い繭のような繊維質の空洞物体がずらりと並んでいたのである。
その数、およそ50。
いずれも極めて古い時期からこの岩場空間に放置されていたらしく、鼻を衝くような腐敗臭すら
漂っていたのだが、全てに共通する点として、内側から破られている。
成人が通り抜けられる程度の大きさの穴が開いており、内部には異臭を放つ、乾いた粉末状のものが
堆く積もっている。
「何かが、この中から外に出てきた。それが、ざっと50ほどか」
「あのゴブリン達、だね。恐らく」
テオと意見の一致を見て、フォールスは珍しく満足げに頷いた。
「ここに棲みついていたんじゃなく、もともとここで生み出された連中だったのか」
フォールスは、そう呟いてから、ある結論を導き出した。
「つまり連中には、負の精霊力に対する免疫が、最初から備わっていたって事になるな」
実際、そのような効力を持つ免疫が実在するのかどうか疑わしいのだが、少なくとも、それに似た
効果を、あのゴブリン達は身につけているのはほぼ間違い無さそうであった。
その証拠に、この地下埋葬場からは外に出られる通路は一本も見つからなかった。

「良い推理だな」
背後から、凛と響く若い声に不意を衝かれ、三人は半ば臨戦態勢に近い姿勢で振り向きながら、
声の主の正体を探るように、地下埋葬場のその周辺をぐるりと見渡した。
わざわざ目を凝らすまでもなく、長身の影が、松明を片手に、無造作なほどの無用心さで佇んでいる。
いや、語弊があった。
その人物は決して無用心なのではない。隙の無い立ち姿勢からも分かるように、非常に訓練された
戦闘技術の持ち主であるらしかった。
むしろ、その優れた技量からくる余裕が、彼の居住まいを無用心に見せていただけの事である。
蒼みがかった銀髪と、特徴のある鋭い眼光と端正な美貌から、その人物がゴルデンから聞いていた
レイ・クラウザーである事を、三人は即座に理解した。
「あなたはもしかして、レイ・クラウザーさん?」
確認の為にテオが問いかけてみると、美貌の剣士は僅かに頷いただけで、自己紹介に入る素振りは
全く見せなかった。
「クリスタナっちゅうお嬢さん達を追ってきた、ってのが実情のようだな」
三人のうち、誰も事情を説明していないのに、レイ・クラウザーは実に正確に、彼らがここに至った
経緯を言い当てた。
「見ての通り、ここはもともと地下墓地だったらしいんだが、更にその後、ここを妖魔製造基地に
  利用した魔術師が居たらしい。その名残が、それだよ」
言いつつ、レイ・クラウザーは三人の背後に向けて指差した。
広大な地下の岩場空間に並ぶ不気味な卵とも繭ともつかぬ物体の数々は、ここで製造された妖魔達の
抜け殻だという事らしい。
「俺の依頼者は、その魔術師の子孫とか言う奴でな。俺の仕事は、子孫が負わされた後始末の代理だ」
ようやく落ち着いて、臨戦態勢を解除した三人に向けて、レイ・クラウザーはどこか飄々とした
印象を漂わせつつ、いささか自嘲気味に言った。
「じゃあ、あのゴブリンの大集団を、あんたは追っている、と?」
フォールスの問いに、レイ・クラウザーは静かに頷いた。
しかし誤算だった事に、この遺跡を出てグロザムル山脈を徘徊していた筈の大集団は、帰巣本能が
働いたのか、再び遺跡を根城にし始めたという。
鳳石付近での目撃談が多かった事から、別方面で網を張っていたレイ・クラウザーにしてみれば、
完全に肩透かしを食った形になってしまったという。

あの、凄まじい大音量を響かせていた負の精霊力の、目に見えない渦は何だったのか。
その点について重ねてフォールスが問いかけてみると、レイ・クラウザーはいささか呆れた表情を
作りながらも、案外素直にその回答を口にした。
「それも、その魔術師とやらの仕業だ。目的は、人間達から自分の作品である妖魔を守る為らしい。
  お前さん達、聞いたようだな。顔見りゃ分かる」
決して蔑む訳でもなく、また哀れむ様子も見せず、レイ・クラウザーは三人の死相を眺めながら、
淡々とそう語った。
その奇妙な程の冷静さに、フォールスは逆に、何かの光明を見出した気分になった。
「我々のこの現状を回復させる手段を、あなたは知っているのか?」
「颪だよ」
実に素っ気無い口調で、レイ・クラウザーは答えた。
「あの音は、グロザムル山脈から西側の裾野へと下る颪の音をそのまま持ってきて、そこに負の
  精霊力を乗せただけのものだ。解除するにゃ、同じく颪の音に生命の精霊力を乗せて聞けば良い。
  幸い、録音媒体と、精霊力を乗せる為の方法を記した資料は、この遺跡内にまだ残されてる。
  探しゃすぐに見つかるさ」
言い終えると同時に、レイ・クラウザーは手近の墓碑の突起部分を椅子代わりにして腰を下ろした。
どうやら、ゴブリンの大集団が戻ってくるのを、ここで待ち受けるつもりらしい。
「あのぅ・・・案内は、してくれないんですか?」
図々しいとは思いながらも、ルーシャオは一応聞いてみるだけは聞いてみようと思い立ち、相手から
軽蔑されるかも知れないという覚悟を抱きつつ、か細い声で問いかけてみた。
レイ・クラウザーは、決して他者を見下すという事をしない性格の人物らしい。
その証拠に、彼はどこか申し訳無さそうな素振りで滑らかな銀髪をぼりぼりと掻き、
「悪いが、俺も自分の仕事を優先させたいんでね。手が空いてりゃ手伝ってもやれたんだが」
彼の口ぶりから察するに、レイ・クラウザーは三人の不死化を解除する為の録音媒体と資料の在り処を、
既に知っているらしい。
しかしあいにく、地図を作成していなかった。
その為、大体の記憶で探索すべきポイントを教えてくれたのだが、矢張り実際に自分の足で移動して
探してみない事には、なかなか正確には思い出せないらしい。
「まぁ、何だ。俺の仕事が終わって、お前さん達がまだ化け物になりきっていなかったら、元に戻る
  手伝いをしてやるさ。幸運を祈ってるよ」

クリスタナと合流を果たしたリグ、ゴルデン、キャロウェイの三人は、相変わらず正気を失っている
ガルシアパーラを伴いつつ、負傷待機しているフロリスとゲルダの元へ急ぐ事にした。
意外にも、距離としてはそれほどなかった。
ただ途中に分かれ道が幾つも重なっており、クリスタナの記憶力に、リグは内心舌を巻く思いだった。
「ねえ、二人とも、大丈夫!?」
クリスタナの声に反応して、二つの華奢な体躯を見せる人影が、ほぼ同時に振り向いた。
いずれも十代後半の年若い娘達で、クリスタナとはほぼ同じ年頃であった。
案の定、ガルシアパーラを目にした途端、絹糸のような悲鳴をあげて、恐怖に身をよじった二人だが、
クリスタナとゴルデン、リグの三人が何とかなだめて、落ち着きを取り戻させるのに少し時間を要した。
フロリスにしてもゲルダにしても、神学校の女子生徒であるという事の他に、良家の令嬢という点まで
共通しており、よくこんな温室育ちのお嬢さん達が、危険な冒険に身を投じる気になったものだと、
不思議に思うと同時に、若干呆れる思いが、ゴルデンやリグの中に沸き起こりつつあった。
「どうれ、わしが治療して進ぜよう」
ほごんど何も考えずに、ゴルデンが太い声を喉の奥から搾り出し、治癒の法力の詠唱に入った。
最初リグは、フロリスとゲルダが、例の音を聞いていないかどうかを確認すべきだと考えていたのだが、
能天気を地で行くゴルデンは、そういった辺りの考慮を全く頭の中に置いていなかった。
ともかくも、彼は鍛冶の神ブラキに祈りを奉げ、治癒の法力を完成させた。
するとどうであろう。
テオの時のように、逆に鋭い裂傷が発生するかと冷や冷やしながら眺めていたリグだったが、彼の、
そんな心配は杞憂に終わった。
フロリスとゲルダは、いずれも下半身に強烈なダメージを負っていたのだが、それらが全て完治し、
元通り元気に歩けるようになったのである。
少女達はそろって黄色い歓声をあげて喜び、口々にゴルデンへの礼の言葉を述べた。
矢張りゴルデンとしても、年頃の娘から感謝される事には、悪い気はしないらしく、特徴ある赤ら顔が、
更に赤く紅潮しているように見えた。
そして同時に、彼の治癒の法力が効果をあらわした事で、クリスタナ達が負の精霊力に、若い体が
一切侵されていない事についても、確証を得る事が出来た。
これは、大きな収穫だと言って良い。
最悪、クリスタナ達だけでも、鳳石の断崖方面から遺跡の外へと押し出せば、彼女達の生命は当面、
保証されるのである。

こうなると、後はもう、自分達の体だけを心配していれば良いという状況になる。
「これでひとまず、当初の目的は半ば達成した訳なんだが・・・」
キャロウェイが珍しく言いよどんだ。
クリスタナ達を遺跡の外へと無事に送り出す必要があるのだが、果たして、自分達の肉体がそこまで
もつかどうか、非常に疑問だったのである。
ここで、クリスタナが若さに頼った発想で、切り出してきた。
「今度は私達がお手伝いする番だよ。私達の為におじさん達が化け物になっちゃった、なんてオチに
  なっちゃったら、これから先もずっと負い目を背負って生きていかなきゃなんなくなっちゃうもん」
クリスタナの言い分にも一理あった。
実際、リグが見たところ、彼女達三人の女学生達が力を合わせれば、少なくともガルシアパーラよりは
遥かに良い仕事をするであろう。
危険は伴うが、今度は自分達の心配をしなければならない段に至っているのも事実である。
「でも、僕達の体を元に戻す方法って、あるのかなぁ?」
「多分大丈夫だと思うよ。あんまり確証は無いんだけど、あのレイ・クラウザーっていうお兄さん、
  色々知ってそうだったもん」
クリスタナがレイ・クラウザーの名を口にした時、フロリスとゲルダの両名が、何とも言えない
心地良さそうな甘ったるい表情を浮かべているのを、リグは素早く観察した。
恐らくクリスタナはさほどの感情を持ってはいないのだろうが、フロリスとゲルダは、どうやら
レイ・クラウザーに一目惚れしている節が見受けられる。
ありがちな事であった。
冒険者を夢見る世間知らずな年頃の娘達にしてみれば、美貌と優れた技量の双方を兼ね備えている
レイ・クラウザーという存在は、矢張り無視出来ないのであろう。
不意に、ガルシアパーラが激しい咆哮を響かせ、執拗なまでにキャロウェイの肩から脱出しようと
試み始めた。
不審に思ったリグとゴルデンが周辺に視線を走らせると、通路の角に、人影を見た。
「あんた、モイセスか?」
機先を制する絶妙のタイミングでゴルデンが呼びかけると、人影は、おぼつかない足取りで通路の
角から身を乗り出し、とってつけたような美称を浮かべた。
矢張り、モイセスであった。
「おめぇらも無事だったのか。俺もまだまだ、ツキに見放されていないようだ」


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