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テオ、フォールス、ルーシャオがそれぞれ下した結論は、見事な程に、互いに一致していた。
即ち全員が、録音媒体の捜索に、すぐさま着手すべきである、と考えたのである。
「まぁその方が良いだろうな。時間は待っちゃくれねぇ」
すっかりくつろいだ様子のレイ・クラウザーも、三人の判断を支持する意見を口にした。
いつゴブリンの大集団が引き返してくるかも知れないというのに、この美貌の戦士の呑気なまでの
落ち着きぶりは、小憎らしい程の余裕に満ちていた。
同じ戦士でありながら、これほど態度に差があるのは一体どういう事であろう。
これはひとえに、実力差が全てを決していると言って良い。
あのゴブリンの大集団をたった一人で迎え撃つ気構えを、極自然に持つ事が出来るというのは、
つまり相当腕が立つという事でもある。
少なくとも、今のテオには、そこまでの自信も実力も無い。
だが、生きて経験を積んでいけば、いつかは追いつける日が来るかも知れない。
その為には、現状を打破し、何とかこの遺跡を脱出しなければならない。
悔しい思いが無い事も無かったが、極限状態に置かれた冒険者に求められるのは、誤りの無い
冷静な判断を下す思考力である。
テオには、自らの取るべき行動を正確に把握するだけの冷静さが残されていた。
「色々と教えてくださって、ありがとうございました。この御礼は、いつか必ず」
「まぁ気にしなさんな。俺も物のついでで教えてやっただけなんだし」
松明を手近の墓碑のくぼみに突き刺し、あろう事か弁当を広げ始めたレイ・クラウザーであったが、
ルーシャオが別れ際に放った一言に対し、その美貌が僅かに強張った。
「あの、そういえば、私達の他に、モイセスって方と、そのお仲間さん達も、この遺跡のどこかに
  居る筈なんですが・・・ご存知ありませんか?」
「・・・知っている名だよ。で、連中いつ入った?」
「昨晩の早い段階で、遺跡内に踏み込んでいます」
握り飯を頬張ったまま、レイ・クラウザーはしばし、全身が硬直したように身動きを一切取らず、
その場でじっと考え込んでいたのだが、やがてもごもごと口を動かしたまま、ルーシャオの
端正な面に向き直った。
「隠してもしょうがねえから教えておくが、あの野郎は、俺の依頼主とは敵対関係にある。
  この遺跡の罠や構造をどこまで知ってるかは知らねぇが、あいつの目的は、バーミールを外に
  持ち出す事だ」

バーミールとは、この遺跡にて、負の精霊力を用いた罠を直接的に制御している死霊の名である。
テオ達が化け物と化したネッロと戦闘を終えた際、ネッロが何やら意味不明の言葉を口走ったが、
実はその意思は、バーミールの複製意識が乗っ取っていたものらしい事が、レイ・クラウザーからの
説明で判明した。
「あの、もしかして、例の録音媒体捜索には、そのバーミールっていう死霊が邪魔したりします?」
いかにも心もとなさげにルーシャオが恐る恐る尋ねてみると、レイ・クラウザーは腕を組んで、
渋い表情を作った。
「さぁどうだろうな。バーミールが今、遺跡ん中のどこらへんをうろうろしてんのか、俺にも皆目
  見当つかねぇ。運が良けりゃ出会わずに済むかもな」
逆に言うと、運が悪ければ録音媒体を発見する前に遭遇する可能性もある、という事である。
「ゴブリンどもが俺に始末されりゃ、さすがにバーミールも俺んとこに来るだろう。そうなりゃ、
  俺の方で始末してやれるんだが、その前にお前さん達と遭遇したら、運が無かったと思って
  諦めるしかねぇな」
バーミールは実体の無い死霊、即ち霊魂である為、直接的な物理攻撃は、一部の例外を除いては、
全く効果が無いという。
直接精神に打撃を与える精霊法術であれば対抗可能だが、しかしバーミールの精神エネルギーは
ほとんど無限に近いらしい。
有限の精神力しか持たない人間や妖精程度では、焼け石に水といったところだろう、というのが、
レイ・クラウザーの分析であった。
「まぁ強さだけを見たら全然大したこたぁねぇが、霊魂としちゃあ恐ろしくタフだ。なるべく奴とは
  遭遇しない事を祈ってるよ」
モイセスとバーミールに関して、非常に有用な情報を聞き出す事が出来たのは収穫ではあったのだが、
しかしこれといって有効打となり得る対抗手段が無い事も判明した為、必ずしも嬉しいばかりの
話ではなかった。
ともかくも、三人は広大な闇に覆い尽くされた地下埋葬場から、もと来たルートへ引き返すべく、
レイ・クラウザーと一旦別れて、いささか早足で移動を開始した。
「一応警戒はしておくが、あまり頼りにはするな」
フォールスがわざわざそういって念を押したのは、彼ら三人の体から放たれる負の精霊力が次第に
強まってきている為、他方から放たれる負の精霊力の感知が、非常にやりづらくなってきている事が
原因であった。
逆に生命の精霊力には敏感に反応出来るようだから、ゴブリンやクリスタナ達と接触する事になれば、
すぐに気づく事が出来るだろう。

モイセスの正体を知らぬまま、リグ、ゴルデン、キャロウェイ、そしてクリスタナ達の一行は、
否応無しに合流を果たさざるを得ない状況にあった。
と言うのも、モイセスが遺跡の罠とその正体について様々な情報を握っているらしい事が、彼自身の
口から語られた為、どうしても彼の情報を必要とせざるを得なくなったからである。
遺跡に入る前に、モイセス達の庇護に預かる形で恩を押し付けられたリグとしては、この場で逆に
モイセスを庇護する事で、事実上の貸し借り無しを明言したかったのだが、モイセスの持つ情報が
有効である可能性が高くなってくると、むしろ逆に、案内を請う形になってしまい、更にもう一つ、
借りを作ってしまう格好になってしまった。
もちろん、モイセスの言う事の全てを鵜呑みにする訳ではなかったが、クリスタナと同様の基本的な
知識を持っている上に、例の負の精霊力に満ちた大轟音の正体と、その解除法について知っていた
事実を鑑みると、完全に無視する訳にもいかないという苦しい事情があった。
「矢張りてめぇらみたいなヒヨッ子の素人は、俺のようなベテランにおとなしく従うべきなんだよ。
  なぁ、あんたもそう思うよな?」
モイセスに同意を求められたキャロウェイは、何とも言えぬ渋い表情で、肯定するのかしないのか、
いささか曖昧な様子で頷くのが精一杯だった。
情報量では、圧倒的にモイセスが優っている以上、下手な事を口にして墓穴を掘るのは賢い者の
やる事ではない。
そんなキャロウェイの意を汲んだクリスタナが、いささか皮肉っぽい笑みをその美貌に湛えて、半ば
挑発するような声をモイセスの横っ面に叩きつけた。
「色々知ってる割には、お仲間さん達が化け物になっちゃったりで、随分間抜けな事やってるのね」
さすがにモイセスも一瞬むっとしたような顔を見せたが、相手がまだ未成年であるからか、無理に
余裕めいた表情を作りながら、必死に弁明した。
「正直言うとだ、あの罠と解除法を知ったのは、ここで妖魔の研究をしていた魔術師の研究施設を
  探索してからの事だったんだ。しかしだな、この遺跡でその魔術師が何の研究をしていたのかを
  あらかじめ知っていたからこそ、これだけの重要な情報を調べ上げる事が出来たんだからな」
わざわざそんな強がりを口にして自己弁護する辺り、モイセスという男の人物としての器量が大体
見えてくるのだが、今は彼の人物論を問題にしている場ではない。
今はとにかく、体内に侵入した負の精霊力を除去する対策を講じなければならない。
一同は、モイセスの案内に従って、遺跡の奥部へと移動を開始した。
「何かいっつも後手後手だよなぁ」
「ま、そうぼやいても仕方なかろう」
リグとゴルデンのどこか諦めたような会話を、キャロウェイは複雑な面持ちで聞いている。

二十分もしないうちに、テオ達三人は、同じ遺跡の中でも極めて異質な一角に足を踏み入れた。
そこだけは、とても地下墓地の一部とは思えないような光景が広がっていた。
「どう見ても・・・研究室って感じだよね」
三人の中で、負の精霊力の進行が最も早いテオが、青ざめた表情で落ち着いた声を絞り出した。
全身を襲っていた、筋肉痛のようなぎこちない痛みが、徐々に薄れてきているのが分かる。
いよいよ痛覚までもが侵されてきているのかという実感が、意外な程の冷静さで受け止められた。
そんなテオの苦しげな息遣いに、どんな表情を見せて良いのか分からないルーシャオは、いささか
困惑気味な面で、静かに頷いた。
確かにそこは、魔術師の研究室と思しき一室であった。
意図不明の器具が無造作に散らばっている木製テーブルや、埃が溜まった木棚などの他、床の上に、
かつては実験用の動物が閉じ込められていたと思われる小さな檻が、幾つも散乱していた。
いずれも、相当な時間を経ている事を示すように、腐り、或いは錆びついて、現在ではまるで
用を為さないガラクタへと成り果てている。
「・・・あったぞ」
研究室の隅から隅まで照らし出す松明の光の中に、フォールスは目指す録音媒体の位置をほとんど
正確に把握した。
最も奥まったところに、金属製の扉がしつらえてあった。
「あの奥だ。負の精霊力と風の精霊力が混ざり合ったような感覚が響いてくる」
松明をかかげたルーシャオが、フォールスの示すその金属製扉へとゆっくり近づいていった。
「・・・誰かが、無理矢理こじ開けようとしたのかな・・・?」
埃だらけの室内であるが、その金属製扉の周辺だけは妙に埃が散っており、またその扉の表面には、
何かを強く打ちつけたような形跡が認められた。
「モイセス達かも知れんな」
「・・・開錠の呪文を試してみます」
フォールスとテオが左右で警戒している中で、ルーシャオを精神を集中させ、上位古代語による
呪文詠唱態勢に入った。
やがて、美貌の魔術師の声がかび臭い地下遺跡の中で朗々と響き渡り、その声が途切れて程なく、
金属製扉の取っ手付近から、がちり、という小さな何かが撥ねる音が聞こえてきた。
複数の気配が、三人の背後に現れたのは、丁度その時であった。

「テオ!ルーシャオ!それにフォールスも!無事だったんだね!」
リグの元気な声が室内に殷々と響き渡った。
それまで精神を緊張させていた三人も、数時間ぶりに会う仲間の明るい表情に、程度の差はあれ、
ほっと胸を撫で下ろす安堵感を抱いた。
が、それも数秒と持たなかった。
最初にフォールスが、続いてテオとルーシャオが、リグ達の背後にモイセスの姿もある事を確認し、
戦慄を覚えたのだ。
「ようし、良いぞ!扉が開いたんだな!」
対するモイセスは、喜色満面の笑みで躍り上がり、クリスタナ達を弾き飛ばす勢いで室内に乱入し、
一気に金属製扉の前へと走り込んできた。
「ちょ、ちょっと待って!」
テオが制するよりも早く、モイセスは金属製扉の取っ手を握り、ほとんど何も考えていない様子で、
力強く押し開いた。
次の瞬間、凄まじい轟音が、研究室跡の空間を占拠した。
キャロウェイや冒険者達には聞き覚えのある、そしてもう二度と耳にしたくない、あの暴風の如き
大轟音であった。
「いかん!」
フォールスの警鐘を発する声は、しかし、この大轟音によって完全に掻き消された。
彼の精霊感知は、ここでまた、あの圧倒的な負の精霊力の存在を敏感に察知したのであるが、しかし
厄介な事に、再びあいまみえた負の精霊力の奔流は、まるで待ちわびていたかのように、三つの
生命の精霊力へと襲いかかる勢いを見せた。
つまり、クリスタナ達三人の肉体に、負の精霊力の強大な波動が覆いかぶさろうとしていたのだ。
当の女子学生達は、自身の体に何が起きようとしているのか、まるで理解していない。
「おい、あれは!」
大轟音に掻き消されはしたが、ゴルデンが指差す方向に、全員がその意識を集中させた。
モイセスが飛び込んでいった金属製扉の向こう側は、研究室跡と同程度の広さを誇る別室であった。
その中央に、大理石製のベッド大の台座が鎮座しており、更にその上には、ミイラ化した成人の
遺体が四肢を鎖に繋がれるような形で横たわっていた。
フォールスの精霊感知能力は、その遺体から、負と風の精霊力が同時に噴出している事を知った。
あれが、件の録音媒体なのである。

大轟音の中で、モイセスは哄笑をあげた。
「見つけたぞバーミール!」
そして何を思ったのか、腰の革製ベルトに吊り下げた鞘から長剣を抜き放ち、切っ先を高々と
天に向けて振りかぶった。
どうやら、ミイラ化遺体の頭部を切り落とそうとしているらしい。
が、そこでモイセスの動きが不意に止まった。
止まったのは、長剣を振りかぶったモイセスの動きだけではなかった。
あの大轟音もほとんど一瞬にして掻き消えた。
驚愕の表情で振り向いたモイセスの視線の先には、古びた資料を手にして、金属製扉付近で佇む
ルーシャオの、いささか緊張気味の姿があった。
「・・・てめぇ、まさか、止めたのか?」
怒りを押し殺しつつ、モイセスは静かに聞いた。ルーシャオも、言葉無く頷く。
既にこの美貌の若き魔術師は、手にした資料から、全ての情報を得ていた。
リグがほとんど奇跡的に研究室跡内からこの資料をものの数分で探し出し、そのままルーシャオの
手に渡っていたのである。
ルーシャオとしては、そこに書かれてある説明と、上位古代語を理解するだけで良かった。
「分かっているんなら、早くあの音を再開させろ・・・でないと、バーミール本体の霊魂が
  目を覚まし、取り返しのつかない事になるぞ!」
「でも・・・そんな事をしたら、あのお嬢さん達の体が、負の精霊力に支配されてしまいます」
モイセスの剣幕に押されながらも、ルーシャオは気力を振り絞って対抗しようとした。
が、ルーシャオはモイセスが言う内容も理解出来るだけに、その内心、非常に葛藤している。
いくらこの場で、クリスタナ達の肉体が負の精霊力に蝕まれるのを阻止したところで、更に
恐るべき存在であるバーミール本体の霊魂が目覚めてしまえば、この場に居る全員が命を落とす
可能性も極めて高いのである。
そしてもう一つ問題が残されている。
あの颪の大轟音を再開させるに際して、生命の精霊力を負の精霊力と入れ替える必要があるのだが、
その為には、誰かの肉体から生命の精霊力を抽出して、上位古代語による特殊な呪文で風の精霊と
融合させる必要がある。
つまり、誰か一人が犠牲になって、生命の精霊力を提供しなければならないのだ。
どうやらモイセスは、その事も知っている節があった。

矢張りモイセスは、狡猾さでは目の前の若い冒険者達の上手を行く頭脳の持ち主であった。
ルーシャオの覚悟を見て取ったモイセスは、瞬間的に思案を巡らし、驚くべき提案を口にしたのだ。
「良いだろう。じゃあ俺の言う通りにするんだ・・・おめぇらの中から誰か一人、命を差し出して、
  それから音を再開させろ。そうすりゃ、バーミール本体を起こす事もなく、その娘どもの命を
  守る事も出来、そして負の精霊力に侵された者全員の命が助かる。一石三鳥じゃねぇか」
仰天要求、という訳でもない。
モイセスの性格を考えれば、この程度の要求をしてくる事は、ある程度予測は出来た。
問題は、彼に借りを作ってしまっている冒険者達の立場であろう。
彼らにしてみれば、モイセスをこの場で袋叩きにして、その命を持って生命の精霊力を、あの音に
乗せるという暴挙は、キャロウェイの手前、決して出来る事ではない。
そんな事をしてしまえば、どういう理由や経緯があれ、彼ら冒険者こそ悪逆非道のそしりを免れず、
また自身の心に一生、後ろめたい記憶を焼きつけて、今後の人生を送る事にもなる。
「ちょ、ちょっと待ってください。そんな事、急に言われても・・・それに、バーミール本体を
  倒せば、全て解決するらしいじゃないですか。ここにも書いてあります」
「・・・ふん、馬鹿どもめ。バーミールの不死身の霊魂を、一体誰が倒せると言うんだ?」
モイセスの小馬鹿にしたような台詞に、テオは内心で反論した。
(いや・・・一人だけ、居る)
レイ・クラウザーである。
しかし彼は今、あの広大な地下埋葬場に一人で残り、ゴブリンの大集団が引き返してくるのを、
じっと待ち続けている。
だが、ここから地下埋葬場まで走り、レイ・クラウザーに助力を求めるだけの時間的余裕は、
彼らには与えられていない。
台座に四肢を戒められているミイラ化遺体が、まるで生き物のように、その全身を激しく痙攣させ
始めたのである。
さすがに驚いた様子で、モイセスはぎょっとした表情を見せた。
この時、フォールスはほぼ同時に、開放していた精霊感知に大きな気配が引っかかるのを感じた。
生命の精霊力が、群れを為して突然顕れたのである。
(ゴブリンどもか)
彼の読みは、ほぼ的中していた。ただ以外だったのは、地下埋葬場とは随分かけ離れていると
言って良い位置、つまりこの研究室跡近くに、その気配が現れた事である。


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