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エナンによる事情聴取の後、夕食の準備までには戻る、という伝言を残し、ゴルデンは水鏡亭を出た。
彼は直接、レイ・クラウザーと接触を取り、ブジェンスカ家の本家分家に関する情報を聞き出そうと
考えたのである。
行く先は、まずは白峰亭であった。
クリスタナや、彼女の級友達に聞けば、レイ・クラウザーの現在の所在地が掴めるかも知れないという
期待からであったが、意外にも、レイ・クラウザー本人が白峰亭一階酒場でお茶の時間を過ごしていた。
探す手間が省けたというものである。
ゴルデンはすっかり顔なじみとなったこの美貌の青年剣士のもとへ歩み寄り、ごく自然な振る舞いで、
丸テーブルに相席を求めた。
レイ・クラウザーは当然、断る理由も無く、ゴルデンの同席に異を唱えない。
「ここのレモンパイが最高に美味いんよ。あんたも是非試してみなよ」
何かと食い物に縁のある男だ、とゴルデンは内心呆れつつも、レイ・クラウザーに勧められるままに、
若女将メメルに特製レモンパイを注文してみたところ、確かにその味は絶品だった。
「ほほぅ、こりゃいけるわい。案外エールにも合うかも知れんのぅ」
「なるほど、エールか、それもまた宜しいですなぁ」
まるでおっさんの会話である。
白峰亭の宿泊客には駆け出しの青年冒険者や、若い女性冒険者が多い為、二人のおっさんぶりは、特に
目立って仕方が無い。
危うく当初の目的を忘れかけたゴルデンだったが、メメルがエールの注がれたジョッキをトレイに
乗せて運んできたところで、ようやく本題に入った。
「ところでおぬしに聞きたい事があってな」
「大方、ブジェンスカ家の別荘の事なんじゃないの?良いよ、教えてやるさ。でもあんまし期待は
  せんでくれよ。たいしたこたぁ俺も知らんのだから」
さすがにレイ・クラウザーは頭の回転が相当早いらしく、既にゴルデンの用件を察していた。
しかし彼が最初にそう断ったように、ブジェンスカ家の別荘にちょっとした仕事で雇われただけという
レイ・クラウザーは、あまり突っ込んだところまでは知らなかった。
ただ、ゴルデンが注目した情報としては、殺されたルスランと、ガルシアパーラに例の角を預けた
サラザールは、ほとんど同時期にそれぞれ本家分家に雇い入れられたらしい、という事が判明した。
「斡旋元は、どっちもオランの人材仲介業者だったらしい。確か、グラッフェンリード卿の息の
  かかった業者じゃなかったかなぁ?」
ゴルデンは、赤ら顔のまま怪訝な表情で小首を傾げた。
グラッフェンリード卿と言えば、オランではディバース通産大臣の政敵で知られている筈であった。

ゴルデンだけでなく、フォールスとリグも、一時水鏡亭での業務を取り止め、情報収集の為に
アズバルチの街中を歩いていた。
尤も、二人とも行動を共にしていた訳ではない。
ソルドバス経由での情報入手を目論んだフォールスは、クリスタナをつかまえる為に、新学校の校門で
彼女の下校を待った。
すると果たして、質素な濃紺の修道服姿に身を包んではいるものの、活発そうな若々しいエネルギーに
満ちたショートカットの美少女が、鞄を携えて校門を出てきた。
「あら、どうしたの?」
「あんたを待っていた。ちょっと聞きたい事があってな」
はちきれんばかりの明るい笑顔で声をかけてきたクリスタナとは対照的に、フォールスはいつもの、
無愛想で抑揚の無い声で応じた。
「良いわ。歩きながらで悪いけど、それで良ければ何なりとお答えしましょ」
という事で、フォールスとクリスタナは肩を並べて、神学校からの下校ルートを歩く事になった。
まだ夕刻には随分と間がある。
二人が行く大通りは、そこかしこで夕食の食材を売る屋台や店舗がずらりと並んでいた。
人通りもそれなりに見られ、夕餉の仕度前の街並みを望む上り坂へと続いている。
フォールスは、ソルドバス家とは決して無関係では無い筈の今回の一件について、手短に説明した後、
ソルドバス家当主ファジオーリから情報を引き出したい旨と、出来ればブジェンスカ家に対して、
顔通しの為の紹介をしてもらえないかどうか打診してみた。
が、いずれの回答も、フォールスにとっては芳しいものではなかった。
「そりゃ、ちょっと無理な相談だわ。あなたがいくら、今回の件の当事者だとは言っても、父様から
  見れば一介の冒険者に過ぎないのよね。そんな相手に、ソルドバス家の内情に関わる情報を、いくら
  タイロンおじさんとこの関係者だと言っても、そうそう教えてくれる訳はないわ」
増して、ソルドバス家からの紹介状などもってのほかだという。
更に曰く、現在ファジオーリは、なるべくブジェンスカ家とは距離を置きたいと考えているらしい。
そんな状況にある中で、わざわざ自分から薮蛇になるような事、つまりフォールスの紹介状を書く、
などというような事をする訳がない、というのである。
フォールスにすれば、クリスタナ達を救った立場を強調したい以上、いささか心外ではあったが、
彼女達の救出に関しては、レイ・クラウザーの力によるところが極めて大きかったという情報が、
既にファジオーリの耳に入っている。
つまり、フォールスの存在は、ファジオーリにとっては微々たるものに過ぎなかった。
「そんなに厳しいのか?」
「無理無理。絶対無理よ・・・でも、あたしなら暇だから、いつでも手伝えるよ」
如何にも首を突っ込みたさそうな表情で、クリスタナはフォールスの端正な面を面白そうに覗き込んだ。

一方のリグは、特定の誰かを目指していた訳ではなく、不特定多数からの聞き込みにまわっていた。
まず最初の行動としては、アズバルチにある全ての街門の各門衛詰め所を巡り、今回の一件に直接的、
或いは間接的に関わるような人物が、不審な時間帯に出入りしなかったかどうか、などを聞き回った。
が、昨日の朝から現在に至るまで、特にこれといっためぼしい目撃情報は誰も握っていないという。
では逆に、有名人や貴族など、身分照会が不要な人物の出入りは無かったか?という件について
問い合わせてみると、これは一件だけヒットした。
聞けば、数日前にオランの大貴族グラッフェンリード卿が、休養の為に、アズバルチ上級住宅区にある
別荘を目指して、入門した記録がある、というのである。
「グラッフェンリード?・・・知らない名前だなぁ」
レイ・クラウザーとは接触を取っていないリグが、その名を知る筈も無かった。
また一方のレイ・クラウザーも、グラッフェンリード卿がアズバルチに来ている事実は、ゴルデンと
白峰亭で話していた時点では、まだ知らなかった節がある。
いずれにしても、一介の冒険者に過ぎないリグにとって、グラッフェンリードなる大貴族とは全く
縁が無いし、仮にあったとしても、今回の一件には、まず無関係だろうと判断したところで、彼には
全く落ち度は無かった。
一応、参考までにと思って、グラッフェンリード卿について門衛から聞いてみたところ、オランでは、
あのディバース通産大臣と互角に張り合える政敵とも言うべき存在だという。
かの有名な、ダークエルフとの混血であるドルフ・クレメンス国防大臣失脚後に、急に頭角をあらわし
始めてきた人物で、議会での発言力と影響力は、ディバース通産大臣に肉薄するものがあるという。
「ふぅん、そんなに凄い人なんだ」
リグにしてみれば、その程度の認識しかなかった。
だが、何か引っかかるものを感じたのは、リグの盗賊としての直感だった。
彼はその足で盗賊ギルドのアズバルチ支部へ向かい、グラッフェンリード卿のアズバルチ滞在について、
裏を取った。
なるほど、確かに門衛の言う通り、グラッフェンリード卿は数日前から病気療養の為と称して、ここ
アズバルチに滞在している。
昔から、パエンタ湖の水は病に効くと言われており、アズバルチを病気療養の地に選ぶ貴族は少なくない。
しかしながら一点だけ、奇妙な情報も耳にした。
丁度オランでは現在、予算編成の為の議会が佳境を迎えているという。
そんな時期に、如何に病気療養とは言え、グラッフェンリード卿ほどの大物が、議会を放ったまま、
アズバルチにまで足を運ぶだろうか。
(確かに妙と言えば妙かも)
何かに符合する、と言っては大袈裟だが、リグの頭脳には何かが引っかかったままであった。

夜、水鏡亭での一通りの業務を終えた後、ガルシアパーラとルーシャオを除く四人の冒険者達は、
タイロンの自室へと集まり、それぞれが得てきた情報を交換し合った。
「こっちは、現在まで特に何も無かったよ。今はルーシャオが見張っているけど」
エナンからの事情聴取の際、明らかに疑惑の多い証言を残していたガルシアパーラが怪しい、と
睨んでいたテオとルーシャオは、交代でガルシアパーラを見張り続けていた。
但し、ガルシアパーラが接客業に就いたままでは監視が難しいという観点から、彼には裏方での
業務を担当させるよう、ルーシャオが巧みに言葉を尽くして、一階酒場のカウンターから、彼を
引き剥がす事に成功していた。
テオの報告の後、ゴルデン、フォールス、リグの三人が、それぞれ得た情報を披露したのだが、
ここでようやくリグは、グラッフェンリード卿なるオランの大貴族が、今回の一件に何らかの形で
一枚噛んでいる可能性がある事を知った。
それは、ゴルデンの方も同様である。
「次から次へと、雲の上のような人物の名前が挙がってくるが、まさかこんな田舎町で、オランの
  ような大都会の貴族連中の権謀術数が繰り広げられているかも知れんとはな」
呑気で陽気なゴルデンも、さすがに事態の深刻さや混迷の度合いに、渋い表情を作らざるを得ない。
「明らかに、俺達一介の冒険者の分限を越えた話になってきているよな」
テオの指摘に誰もが小さく頷く。
このまま首を突っ込み続けて良いものだろうか。
「しかし、ユニコーンの角が盗み出された一件だけは、水鏡亭に落ち度が無かったという点を明確に
  解決しておかないと拙いだろう」
フォールスの言う事も、もっともである。
オラン大貴族間のいざこざに自ら足を踏み込む必要は無いだろうが、せめて余計な疑いだけでも
晴らしておかないと、自分達の経歴に汚点を残す事になる。
「一番の問題は、ユニコーンの角が、今どこにあるのか、というところだろうな」
「誰がルスランを殺し、そしていつユニコーンの角を、どこへ持ち去ったのか・・・そこがクリアに
  ならないと、問題の解決にはならない」
強面を渋い表情に歪めるキャロウェイに答えつつ、フォールスはふと天井を見上げた。
丁度真上辺りに、自分達が寝泊りしている従業員用の大部屋がある。
当然ガルシアパーラも、ルーシャオと一緒にその大部屋でくつろいでる筈であった。

動きがあったのは、翌未明の事であった。
ルーシャオの、普段は穏やかで静かな物言いの声音が、この朝ばかりは鋭い刃物のように、まだ
眠りの中にあったテオの意識を急速に引き戻したのである。
「起きて下さい・・・ガルシアパーラさんが、動き出しました」
テオが飛び起きると、既に徹夜で見張り続けていたルーシャオは、ガルシアパーラの後を追って、
気配を極力消しながら、廊下に滑り出るところであった。
しかしガルシアパーラの方は、どこか意識が茫漠としており、ルーシャオの尾行にはまるで気づいた
様子を見せなかった。
テオは、他の面々も次々に起こして回った。
「ガルシアパーラの奴、動いたか」
意外に寝覚めの早いゴルデンが、ルーシャオの後に続いて大部屋を出た。
更にフォールス、リグ、テオと続き、全員がガルシアパーラの追跡へと動いた事になる。
まだ夜明け前の為、廊下は薄暗い。
木製階段も足元がはっきりと見えず、余程気をつけなければ、足を踏み外す恐れもあった。
ガルシアパーラは、地下倉庫に入った。
だけではなく、昨日、件の化粧箱が置かれていた辺りを、のろのろとした手つきで宙を掻き、やがて、
諦めたのか、そのまま回れ右して、地下倉庫を出た。
相変わらずその表情は半分眠っているかのようにはっきりせず、視線も定まらない。
まるで夢遊病者であった。
「なんだ、あれは・・・」
思わずフォールスが呻いた。
彼の精霊感知能力は、ガルシアパーラの肉体から、一時的ではあるが、負の精霊力が発散されている
事実を読み取っていたのである。
「とにかく、追いかけよう。どこへ行こうとしているのか、まずはそれを突き止めないと」
テオ以下、それぞれが愛用の得物を携えて、夜明け前の大通りをのろのろと前進するガルシアパーラの
後を、数メートル離れて追いかけてゆく。
ガルシアパーラは東街門へと達した。
丁度この時間は、朝市の為に商品を搬入する近隣の農家や、朝早くに出立する旅人達などで、未明の
薄暗い中ながらも、割と煩雑している頃合であった。
そんな人通りの中を、ガルシアパーラは極自然な形で歩き、街門を抜けていく。
(なるほど、これじゃあ目立たない訳だ)
門衛達が、ガルシアパーラの行動に気づかなかった訳を、リグはこの時ようやく理解した。

ガルシアパーラが向かった先は、驚いた事に、ルスランの遺体発見現場であった。
馬車道から僅かに外れた湖畔の茂みの中に、ガルシアパーラはそこで行先を失ったかのように、ただ
ぼんやりと立ち尽くしている。
冒険者達は、ここでどう行動したものか、迷っている様子だったが、不意に、別の方角から、聞き覚えの
ある凛とした声が、彼らを僅かに驚かせた。
「まだだ。まだ泳がせておけ」
エナンであった。
軽武装に身を包んだファリスの神殿警察官は、その美貌に緊張の色を浮かべ、冒険者達とは少し離れた
別の茂みから、彼らに指示を投げかけてきたのである。
恐らく彼女もガルシアパーラが怪しいと睨み、尾行してきたのだろう。
この間、フォールスはガルシアパーラの肉体上で、精霊力の変化が生じている事を見逃さなかった。
僅かずつではあったが、負の精霊力が薄れつつあり、代わって、本来人間が持つべき生命の精霊力が、
勢いを増しつつあったのだ。
東の峰々の向こうに、金色の朝陽が稜線をかたどりつつある。
日の出は近い。
「ガルシアパーラがここに来たという事は、ルスランを殺した奴が、何らかの行動を起こす可能性も
  非常に高い。そこを押さえる」
冒険者達が息を呑んで身を潜めている茂みに、そのしなやかな肢体を移動させてから、眼鏡の奥で
鋭い眼光を放つ美貌の神殿警察官は、惜しげもなくそのプランを披露した。
ルスランを殺した犯人は、恐らくユニコーンの角を持ち去ったと考えられる。
そして、ガルシアパーラがここへ足を運んだ以上は、犯人は必ず何か行動を起こしてくる。
エナンはそう読んでいた。
それから数分後、ガルシアパーラの肉体から全ての負の精霊力が消え去った。
と同時に、ガルシアパーラは不意に我に戻ったかの様子で、周囲をきょろきょろと見渡し始めた。
「あれぇ?・・・俺、なんでこんなとこに居るんだ?」
戸惑いの色を隠せないガルシアパーラであったが、さすがの彼も、水辺に佇む気配には咄嗟に気づいた。
茂みの中の一行も、その存在に対して、既に意識を向けている。
水辺の影は、湖面から立ち昇る乳白色の霧の幕の中で静かに、しかしどこか挑むような態度で、
仁王立ちになっていた。
「矢張り術はかかったままだったか・・・ここでお前と、その仲間連中を始末せねば、後々余計な足を
  残す事になる。恨みは無いが、死んでもらうしか無いな」
その影は、布越しの低いくぐもった声で、宣告するように言い放った。

「もう少し・・・もう少しだけ、こっちに来い・・・」
革製のベルトに吊るした鞘に右手を伸ばし、長剣の柄に手をかけたエナンは、獲物を仕留めようとする
獰猛な猛禽類の如き鋭い眼光を湛え、水辺の影がガルシアパーラの方へ歩き出すのを待ち続けた。
冒険者達も、それぞれの武器に手をかけて、臨戦態勢に入っている。
相手は一人だが、どれほど腕が立つのか皆目分からない。
未知の敵と遭遇する時は、威力偵察でもしない限り、全力で臨むべきというのが鉄則である。
「な、なんだよ、お前は・・・!?」
丸腰のガルシアパーラは、水辺の影から発せられる膨大な殺気に気圧され、完全に腰砕けであった。
が、ここで思わぬ事態が生じた。
「ちょっとガルシアパーラ!やっぱりあんた、一枚噛んでたんだね!?」
これまた聞き覚えのある声が、馬車道の方から、夜明け前の闇を切り裂くように弾けた。
冒険者スタイルの武装に身を包んだクリスタナであった。
どうやら彼女も、フォールスから話を持ちかけられた時に、ガルシアパーラが臭いと睨んでいたらしい。
しかしよりにもよって、こんな時にでしゃばってこようとは、さすがのフォールスも予測出来なかった。
クリスタナの位置からは、水辺の影は確認出来ない。
余計な闖入者の登場に、ガルシアパーラ抹殺に動こうとしていた水辺の影は、エナンの期待もむなしく、
そのまま湖面から立ち昇る霧の中へと姿をくらましていった。
「ちぃ・・・何もこんな時に」
エナンはあからさまに不快な表情を浮かべて、茂みを出た。
ルスラン殺し、そしてユニコーンの角を奪ったであろう犯人との、千載一遇のチャンスは、最早これで
失われてしまったのである。
「仕方が無い。地道な捜査からやり直しだ」
半ば吐き捨てるように言って、エナンはその場を去った。
恐らく、水辺の影は更に用心深くなって、隠密裏にガルシアパーラを抹殺しようとするだろう。
そして彼の仲間である冒険者達も、どうやら抹殺対象として見られているらしい。
となると、事態は既に水鏡亭の信用問題を飛び越えて、冒険者達自身の生命に関わる重大な問題へと、
推移している事になる。
水辺の影が消え、クリスタナが鬼のような形相で詰め寄るのを、ガルシアパーラは完全に狼狽して
出迎えるしかなかった。
そこへ、冒険者達も茂みから出て、ガルシアパーラとクリスタナの元へ歩み寄ってゆく。
「あらら、なんだ、あなた達も来てたの?」
クリスタナは呑気なものだった。


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