戻る | TRPGのTOP | 次へ


クリスタナの乱入で、あと少しで敵の存在が掴める、というところで、捜査は頓挫してしまった。
エナンとしては当然クリスタナに対して何らかの対処を施すべきであったろうが、何しろ相手は、
ここアズバルチの権力者の令嬢という事で、下手な真似は出来ない。
しかし少なくとも、ガルシアパーラが何者かに妙な術をかけられている上に、命まで狙われている、
という事は分かっている。
本人の意思がどうであれ、ガルシアパーラを監視下に置くのはやむをえない措置と言って良い。
ルーシャオとフォールスの提言で、ガルシアパーラとクリスタナの両名を、外出禁止にしてしまうか、
或いは捜査に協力させる形で、常に傍らに置いておくのがベストであろうという議論がなされ、結局、
この二人にはエナン及び冒険者達と行動を共にするよう言い渡す運びとなった。
ガルシアパーラについては、簡単である。
彼は水鏡亭で働く仲間であり、一応形式上は、冒険者チームを組んでいる仲である。
彼らはエナンも交えて、直接現状を説明する事で、本人もいち早く納得した。
尤も、水辺で何者かに襲われそうになったという恐怖感もあったのか、ガルシアパーラは珍しく、
これといった反論もせずに、おとなしく従う旨を約束していた。
問題は、クリスタナの方である。
彼女には、自分が危険にさらされているかも知れないという意識が極めて希薄であり、防衛上の
論理ではなかなか説得し辛いものがあった。
そこでフォールスは、アスティーナの口を経由して、クリスタナに協力を依頼するという形式を
取った上で、彼女を監視下に置こうというアイデアを出した。
もちろんフォールス自身も、ただそれだけの用件の為にトランティニアン邸を訪問する訳ではない。
彼はアスティーナの政治的な情報力に尋常ならざる評価を与えている。
単純に、アズバルチ商工会議長の令嬢というだけではなく、上流階級での社交能力と情報力に関しては、
アズバルチ支部の盗賊ギルドをも上回る卓越した技術がある、というのが、フォールスがあの控えめで
物静かな美貌の令嬢を見る時の評価であった。
彼ら冒険者達にとって何よりありがたいのは、そのアスティーナが彼らに対して深い理解を示している
協力者であり、また良き友人であるという認識を持ってくれているという事であったろう。
言い方は悪いが、フォールスにしてみれば、こんな絶好のコネを利用しない手は無い。
フォールス的には、クリスタナよりもアスティーナこそが、このアズバルチで最も頼れる存在であった。

ガルシアパーラが未明にパエンタ湖の水辺で謎の影に襲われそうになったその日の午前中、具体的には
昼食前の時間帯になるのだが、商工会議所に於いて事務作業が一段落つく頃を見計らい、フォールスは
勤務中のアスティーナを訪ねてみた。
端正な容貌を、いつもは無愛想な表情で固めているフォールスだが、相手が相手だけに、さすがに
仏頂面では拙いと思ったのか、挨拶の際には最低限の柔らかな表情を作ろうと努力していた。
そんな彼の気遣いも、恐らくアスティーナ自身は早くから見抜いていただろう。
長時間のデスクワークの後である為か、目や肩の辺りに相当な疲労が蓄積していたアスティーナだが、
ほんの僅かにも、疲れた様子を見せないのは、矢張りフォールスに対して彼女なりに気を遣っている
証拠であろう。
トランティニアン邸で見せる大人びた室内ドレスとは異なり、彼女はここ商工会議所では、どちらかと
言えば地味な色合いの役所の制服を身に着けている。
全く飾りっ気の無い事務員用の衣装である事が、彼女の美貌を更に際立たせる程のギャップを見せた。
腰まで伸びる豊かで艶やかな髪は、事務作業の邪魔にならないよう、綺麗に結い上げられている。
「色々、大変なご様子ですね」
地獄耳のアスティーナは、今朝未明の一件を、早くも情報として仕入れていたらしい。
彼女のような人材こそ、盗賊ギルドには必要なのではないかとさえ思われるほどであった。
ともあれ、フォールスはアスティーナに促されるまま、商工会議所の応接スペースの一角に案内され、
そこで茶菓子の接待を受けた。
まずフォールスは、クリスタナの生命を守る上でも、しばらくは彼らと共同行動を取る事が望ましい
旨を説明した。
これにはアスティーナも当初から同じ意見を持っていたらしく、異論は一切挟まなかった。
「クリスタナには、私の方から強く言っておきましょう。ところで件の人材仲介業者ですけど・・・」
フォールスは、アスティーナにクリスタナの件を切り出すついでに、ブジェンスカ家が二人の使用人を
雇い入れた際に利用したという人材仲介業者についても、何か知らないかと聞いていた。
驚くべき事だが、アスティーナは知っていたのである。
「ハイドフェルド派遣という業者ですわ。亡くなったルスランさんを、別荘管理の方がここの面接室を
  借りて採用面接に呼んでいらっしゃったのですけど、その際、ハイドフェルド派遣の方も、確か
  ご一緒されてたと思います」
このハイドフェルド派遣はオランに本社を持つ人材仲介業者だが、ここアズバルチにも支社がある、
との事であった。
但しアズバルチに於いては、ハイドフェルド派遣は表向き、グラッフェンリードとは全くの無縁、
という事になっているらしい。

このハイドフェルド派遣に目をつけたのは、フォールスだけではない。
エナンもまた、サラザールとルスランをブジェンスカ両家に送り込んだという事で、注目していたのだ。
ガルシアパーラを切り札と目していた間は、エナンはこの人材仲介業者をさほど重要視してはおらず、
捜査もそこそこに止めておいたのだが、水辺の影が警戒して動きを見せなくなる可能性が高くなった今、
改めてハイドフェルド派遣を洗いなおしてみる必要性が出てきたのである。
そんなエナンに捜査協力を申し出たのが、ルーシャオとゴルデンであった。
実際、一人でアズバルチに乗り込んできたエナンにとっては、一人でも協力者が多いほどありがたいが、
ルーシャオとゴルデンは、見方を変えれば今回の一件の関係者でもある為、どこまで協力を求めて
良いのか、いささか戸惑っている節もあった。
が、当のルーシャオとゴルデンは、意外なほどの乗り気でエナンに指示を求めている。
日頃は冷徹で刃物のような鋭利さを思わせるエナンだが、この時ばかりは、その氷の如き美貌に、
人間らしい感情の色が見え隠れしていた。
「とにかく、捜査の基本は足を使っての地道な聞き込みからだ。ガルシアパーラの監視という作業も
  一緒について回るが、そこは勘弁して欲しい」
という訳で、エナン、ルーシャオ、ゴルデン、そしてガルシアパーラも含めた四人は、早速捜査活動を
再開させるべく、ハイドフェルド派遣アズバルチ支社を訪問した。
西大通の裏路地に入ったところにあるその事務所内は、周囲の閑散とした雰囲気以上に、更に人気が
少ない陰鬱な雰囲気に包まれていた。
まずエナンは、ファリス神殿警察という身分を隠し、仕事を求める無職女性という身分に偽って、
事務所の扉をくぐった。
他の三人も同様に、アズバルチで暮らす無職者ばかりで、エナンの誘いに応じ、ハイドフェルド派遣で
仕事を貰おうとしているという具合に口裏を合わせた。
意外にも、エナンは芝居上手な女性だった。
貯金が底を尽きそうになり、慌てて仕事を探している田舎女性という雰囲気や表情、口調などを、
見事に全身で体現してみせているのである。
彼女の演技力ならば、人間観察の達人たる盗賊ギルドの世話役すらをも騙し通せるのではないか、
とさえ思われるほどであった。
エナンに釣られるようにして、他の三人も仕事探しに必死になっている演技を無難にこなした。
その甲斐あって、彼らは絶好の働き口を紹介される事になった。
ブジェンスカ家別荘管理の使用人募集と、グラッフェンリード邸での短期使用人募集の二つである。

ハイドフェルド派遣アズバルチ支部の事務所では、願ってもないチャンスを得たエナン達だったが、
ここですぐ食いついては思わぬ墓穴を掘る可能性もあった為、ひとまず面接場所と日時だけを聞き、
この日は一旦事務所を辞した。
偶然なのかどうか、いずれの面接も明日の午後、商工会議所の面接室を借りて実施されるという。
但し、合同ではない。
あくまでも、別々の採用人事であるらしかった。
「潜入捜査だな。二手に分かれて連絡を取り合うしかなかろう」
水鏡亭一階酒場で一息入れながら、エナンは同行した三人の緊張した面持ちをゆっくりと見渡しつつ、
宣言するように言った。
「それはまぁ結構なんじゃが・・・本当に大丈夫じゃろうか?」
「何が心配だ?」
エナンに促されて、ゴルデンは渋い表情のまま腕を組み、しばらく唸っている。
日頃は酒好きの陽気なドワーフの彼だが、この時は珍しく真剣そのものの表情で一同を見渡した。
「どうもなぁ、敵に先手先手を打たれているような気がしてならんのじゃ。エナンさん、失礼を承知で
  聞きたいんじゃが、あんたの捜査を知っているのは、誰と誰なんじゃ?」
「それはつまり・・・情報が漏れているという事か」
眼鏡の奥で、エナンの鋭い視線に鬼気にも近い眼光が混ざり始めた。
「いや、そこまでは言い切るつもりはないが、どうにも気になってな」
「諸君は意外に思うかも知れんが、私の捜査について詳しいのは、アズバルチではむしろ君達だよ。
  官憲隊のイネス隊長には、概要以上の事は何も語っておらん」
「なるほど・・・内通者がおるとすれば、それはわしらの誰かか、ちゅう事じゃな」
ゴルデンは苦笑しつつ、顎鬚を無造作に掻いた。
しかし、彼の目は決して笑っていない。ゴルデンは、ガルシアパーラに対し、ほんの一瞬だけ、
相手には気づかれないタイミングで、意味ありげな視線を飛ばした。
ガルシアパーラが何者かに奇妙な術をかけられている以上、本人が意図しなくとも、何らかの形で、
情報が漏れている可能性は否定出来ないのである。
となれば、この自称経験豊富なリーダーを捜査に同行させるのは、却って拙い事になりはしまいか?
エナンもゴルデンの視線から、そういった意味の懸念を、ゴルデンとほぼ時を同じくして、胸中に
抱いているであろう事は、目線だけでゴルデンに頷きかけた事からも容易に察せられる。

一方、リグとテオは、グラッフェンリード卿に関して、別方面から調査を進めていた。
当初テオは、ほとんど馬鹿正直に単身グラッフェンリード邸に強行潜入する事も検討していたのだが、
彼のそんな思惑にいち早く気づいたリグが言葉を尽くしてたしなめた。
「幾らなんでも、そりゃちょっと無謀だよ。やめた方が良いって」
「やっぱり、そうかなぁ」
無理矢理グラスランナー盗賊に袖を引っ張られるような格好で、テオはグラッフェンリード邸の
裏口を遠巻きに望む事が出来る、路地裏の空き家へと連れ込まれた。
聞けば、リグが盗賊ギルドの世話役から一時的に借りたのだという。
情報力ではあまり頼りにはならないアズバルチ支部の盗賊ギルドであったが、こういう方面では、
意外に力を持っている方であった。
既にリグは、グラッフェンリード邸に出入りする業者や個人に関して、それなりに調べ上げている。
その大半はさほど興味を引くような内容ではなく、食材の搬入や、オランから見舞いに訪れたらしい
親交ある貴族の遣いなどで占められていた。
「ぶっちゃけ、あんまり怪しそうな連中は居ないんだよね」
空き家の一室で、埃まみれの木椅子に腰掛けながら、いささか不満げにリグはぼやくともなし言う。
が、次の瞬間には、活発な人間の子供のような容貌のグラスランナーは、どこか悪戯っぽい、妙な
笑みを浮かべて、窓際に立つテオを覗き込むように見上げている。
「な・・・何だい?気味悪いから、その笑い方は勘弁して欲しいな」
「ふふふ・・・実は、一つ面白い情報があるんだよね」
盗賊としての情報収集能力をフルに発揮して聞き込みに走っていた甲斐があったというものだ、
などと呟きながらリグが口にした情報に、テオも一瞬耳を疑った。
曰く、グラッフェンリード邸で、失踪した筈のサラザールの姿が見られた、というのである。
「まさか・・・だって彼は、ブジェンスカ家の使用人だった筈じゃないか?それがどうして、
  敵対勢力のグラッフェンリード卿の邸宅に居たりするんだ?」
「いやいや、むしろその方が自然、って言えるかもよ」
リグは、サラザールと、殺されたルスランの両名をブジェンスカ両家に送り込んだ人材仲介業者が、
グラッフェンリード卿の息のかかった存在である事を再度ここで指摘した。
つまり彼は、サラザールとルスランが、グラッフェンリードがブジェンスカ家に送り込んだスパイ、
という見方を持っているのだ。

「ちょっと待った!それじゃ、ユニコーンの角を持ち込んだのは、もしかしたらブジェンスカ家じゃ
  なくて、グラッフェンリード卿だった、っていう可能性も出てくるんじゃないか?」
言いながら、テオは頭の中が混乱してきた。
ここで一度整理する必要があるだろう。
まずオランでは、ディバース通産大臣とグラッフェンリード卿が政敵として火花を散らしている。
ディバース通産大臣側では、ブジェンスカ両家が互いに反目し合いつつもその傘下に収まっている。
このブジェンスカ両家それぞれに、サラザールとルスランが使用人として入り込んだが、水鏡亭に
ユニコーンの角を持ち込み、ルスランに手渡すよう依頼を残していったのは、サラザールである。
そして今、そのサラザールがグラッフェンリード邸で目撃されたという。
一体これは、どういう事であろう。
「何というか・・・俺達のようなしもじもの世界には、到底理解出来ないような、複雑怪奇な
  陰謀が権力闘争が巻き起こっている、って感じだなぁ」
「色んな推測が出来るね。けど、今問題になっているのは、ルスランを殺したのは一体誰で、更に
  ユニコーンの角は今どこにあるのか、という事だよね」
リグは先ほどまでの、悪戯っぽい笑みを消し、今度は大人びた渋い表情を作って腕を組んだ。
彼の言う通り、ユニコーンの角が今どこで誰が管理しているのか、という事が分かれば、複雑な
政争の裏が暴かれるのではないか。
そして恐らく、今朝未明、ガルシアパーラを襲おうとしたあの水辺の影が、全ての秘密を一人で
握っているに違いない。
「考えれば考える程、頭が混乱してくるな。丁度昼時だし、一旦水鏡亭に戻って、昼食にするか。
  他の皆も、帰ってきているかも知れない」
結局、テオだけが水鏡亭に戻る事になった。
リグはもう少し、監視を続けるつもりだったらしく、聞き込みの際に買い込んできた食材を、床の
上に広げてつまみ食いしている。
「皆がどんな情報を掴んできたか、後で教えてね」
「分かった。昼過ぎにもう一度戻ってくるよ」
こうしてテオは、一旦水鏡亭に引き返し、昼食を兼ねて他の仲間達と情報交換をするまでは良かった。
しかし再びリグの居る空き家へと戻ってきた時、テオの口から驚くべき新事実が告げられた。
「クリスタナさんが、行方不明になった、って連絡が入ったんだ・・・」
さすがにリグも、表情が青ざめた。


戻る | TRPGのTOP | 次へ

inserted by FC2 system