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その夜、フォールスはクリスタナ失踪の情報源を確かめる為、再び盗賊ギルド・アズバルチ支部へと
足を伸ばしていた。
応対に現れた世話役は、フォールスの仏頂面を見る度に、
「折角の男前なんだから、もっと笑顔を増やせ。自分の容貌を活かすのも盗賊の勤めだぞ」
と小言めいた台詞を繰り返すのだが、この日の夜も、矢張り同じような内容の言葉で出迎えた。
「ところで、どうしたんだい、今夜は?」
「一つ、確認したい事があります」
フォールスの口調には、例によって水が油を弾くような、どこか踏み込み難い余所余所しい雰囲気が
常にまとわりついている。
仲間に対してもこうなのだから、盗賊ギルドの世話役に対してなど、何をか言わんや。
あまりの愛想無さに、世話役も苦笑で応じるしかなかった。
「クリスタナ嬢失踪の件ですが、情報源は誰です?そして何故、緘口令が敷かれていたのですか?」
「緘口令?ちょっと待った。一体何の話だ?」
フォールスの問いに対し、逆に世話役の方が驚いた様子で反問してきた。
どうも話が食い違っている。
内心で、フォールスは僅かに小首を傾げた。
二人が顔を突き合せているのは、裏通りに面した小さな建物の、更に窮屈な小部屋の中である。
そこで燭台置きの為のサイドテーブルを挟んで、薄暗い火明かりだけを手がかりにして、お互いの
顔色を窺っているのであるが、この時、世話役の表情は、ベテラン盗賊とは思えない程に、明らかに
狼狽している様子だった。
「そんな馬鹿な話があるか。情報を直接仕入れてきたのは、街に放ってある間諜だが、仕入れ元は、
  イネス・デュケットなんだぞ?お前達も顔見知りのようだから、当然知ってるものだと思って、
  俺はあの小僧(リグの事を指している)にも、何の気無しに話したんだが」
ここでフォールスは、改めて頭脳を再回転させなくてはならなくなった。
何故、情報源が官憲隊西街区守備隊長のイネスなのか。
ソルドバス家が緘口令を敷いているのなら、彼が知っていてもおかしくはないだろう。
しかし、雇用主がわざわざ緘口令を敷いているところに、彼程の立場の者が、そう易々と情報を
漏らしたりするだろうか?
フォールスは、何か意図的なものを感じざるを得ない。それは、世話役も同様であった。
イネス本人に直接確かめてみる必要があるかも知れないが、果たしてそれがどういう結果を導く事に
なるのかは、この時点では皆目見当がつかない。

そのイネスだが、テオが大慌てで水鏡亭に引き返し、一階酒場の跳ね扉を押し開くと、まるで何かと
符合するかのようなタイミングでばったり顔を合わせた。
「あ、どうも」
「や・・・やぁ、テオ。これから仕事かい?」
まるで不意を衝かれたかのように、妙に驚いた様子を見せて、イネスはカウンター席のストールに腰を
かけたままの姿勢で振り向いた。
店内には、いつもなら他に、数名の宿泊客達が夕食の時間を過ごしている姿がある筈であったが、
この夜に限って言えば、イネスの他、応対に出ているキャロウェイだけしか居なかった。
「えぇ、まぁ、それもありますけど・・・イネスさんは、お夕飯ですか?」
いささか言葉を濁しながら、テオはイネスの妙にぎこちない態度に、微かながら不審を抱いた。
確かにイネスは、ここ水鏡亭で夕食を取る常連客の一人ではあった。
が、この日の夜はと言えば、何も置かれていないカウンター席に座り、キャロウェイと相対していた。
ただそれだけである。
料理も何も出ていないところを見ると、夕食の為に訪れたのではないらしい。
「ガルシアパーラがどこに居るのか、だってさ。あいつなら、裏手で薪割りやってるよ」
キャロウェイがいささか渋い表情でそう言い放ったのは、ガルシアパーラの業務能力に関して、相当
不満を持っているからであった。
接客だけでなく、一般の裏方業務ですら満足にこなせないというのも問題だが、しかしこの時テオが
重視したのは、キャロウェイがイネスの訪問目的について口にした際、一瞬だけではあるが、微妙に
渋い表情を見せた事であった。
ここでテオは、イネスの表情を注意深く観察しながら、キャロウェイに対してはいつもの調子で、
若干呆れた口調で応じた。
「あの人、薪割りも出来ないんですか?・・・しょうがない、手伝ってきますよ」
この台詞を聞くや否や、イネスはストールから立ち上がり、店外へと足を向けた。
「ガルシアパーラに用があったんじゃないのか?」
「いや、結構です。忙しいみたいですし、邪魔しちゃ悪いから」
結局、キャロウェイに取り次いでもらう事も無しに、イネスは水鏡亭を後にした。
まだこの時点では、盗賊ギルドにクリスタナ失踪の情報源となっているのがイネスである事を、
テオは知らない。
しかし、イネスのあまりにも不自然な態度が、テオの心に何か引っかかる要因となっていた。
何よりも気になったのは、私服姿で訪れていたイネスが、長剣を腰ベルトに吊るしている事だった。
いつもは丸腰で訪問する彼が、何故長剣を携行していたのかは分からない。

イネスの名は、更に別のところでも現れた。
グラッフェンリード邸を遠巻きに望む例の監視用空き家内で、今日一日の間にあの邸宅を訪れた
人々のリストを、盗賊ギルド・アズバルチ支部から取り寄せていたリグだったが、その詳細にざっと
目を通していた彼は、思わぬ名がそこに記されている事に気づいた。
それが、イネスだったのである。
(なんでグラッフェンリード邸に?ここは上級住宅街で、西街区とは全然関係無いとこなのに)
イネスの名は、滞在手続き完了の書類を搬送してきた官憲隊数名の中に、半ば紛れ込むような形で
記されていた。
グラッフェンリード卿が西街門からアズバルチ入りしたのなら、まだ話は分かる。
担当街区の守備隊長として、グラッフェンリード卿一行が通過した事を証明する為の口添えとして、
官憲隊の責任者が同行するのはおかしな話ではない。
しかし、今回グラッフェンリード卿一行が通過したのは、北街門である。
つまりイネスは、グラッフェンリード卿に対しては、何一つ関連を持っていない筈なのだ。
官憲隊がグラッフェンリード邸を訪問したのは、夕刻の事であった。
つまり、ほんの二時間程前である。
リグ自身、正面玄関に隊列を為して現れた一団は、ここからでも視認していた。
が、まさかその中にイネスの姿が紛れ込んでいようとは露とも思わなかったし、仮に知っていたと
しても、この距離では確認する事はまず不可能であろう。
(待てよ・・・確かエナンお姉さんは、イネスさんはこの件には巻き込むなと言ってたな・・・)
しかしイネスとて、伊達に官憲隊の守備隊長に任命されている訳ではない。
いくらエナンが彼に対して情報を隠そうとしても、あらゆる方面から何らかの形で、イネスの耳に
入ったとしても、別におかしな話ではなかろう。
(きっと、エナンお姉さんとゴルデンに融通を利かせる為に、潜り込んだんだろうな)
リグはそのように解釈した。
現時点では、彼がそのように考えるのは至極当然の事であった。
事実、エナンとゴルデンはこの直後、使用人としてほとんど何の審査も無く、スムーズに雇用され、
邸内に入っているのである。
イネスがグラッフェンリード邸内で何かしらの工作をしてくれたに違いないと考えるのが、リグに
とっては自然であった。

アズバルチ郊外のブジェンスカ家別荘では、レイ・クラウザーがルーシャオを伴い、夜の闇に紛れて、
湖畔の馬車道へと続く裏口を抜けようとしていた。
当初ルーシャオは、レイ・クラウザーに同行する許可を、色々理由をつけて別荘使用人の責任者に
申し開きしようと考えていたのだが、しかしそれを、レイ・クラウザーが思い止まらせた。
「やめとけって。話がややこしくなるだけだ」
曰く、別荘使用人達は、レイ・クラウザーに与えられた依頼内容を知らない。
あくまでも秘密裏にクリスタナを救出しなければ、こちらの動きを知られる恐れがある、というのが、
レイ・クラウザーに依頼を申し入れたブジェンスカ分家筆頭執務官の言い分であった。
確かにその通りであろう。
ルスランが何者かに殺害された以上、いつ、どこで、どのような形で情報が漏れるのか、分からない。
ここで下手に、自らの不在をルーシャオが触れ回れば、それだけで敵は何かを察知するかも知れない。
「まぁー、そんな訳だから、ついてくるなら黙ってこいってこったぁな」
裏庭の闇の中で、レイ・クラウザーは相変わらず呑気で、ともすれば間延びしそうな口調で言った。
ルーシャオは、この美貌の戦士の実力をよく分かっている。
だからこそ、安心して行動を共にする事も出来る訳なのだが、さすがに潜入早々、別荘を抜け出して
しまう事には、多少の抵抗感を覚えてしまうらしかった。
「それであの・・・どこへ向かうんですか?」
「いや、入りなおすだけよ」
何とも素っ気無い返答だったが、ルーシャオは我が耳を疑ってしまった。
「つまりそれは・・・クリスタナさんが、この同じ別荘内に囚われている、って事ですか?」
「正解」
レイ・クラウザーの説明は、ルーシャオの想像を幾分凌駕する内容であった。
実はこのブジェンスカ家別荘、本家と分家の使用領域がくっきりと分かれており、本家使用領域には、
分家の管理は全く及ばないのだという。
「どうもな、この本家使用領域を管理してる奴ってのが、いまいち怪しげな奴でなぁ」
曰く、一般人とはまるでかけ離れた存在なのだという。
「ぶっちゃけ、敵はルーンマスターだ。不測の事態も有り得る。だからお前さんを誘ったのさ」
なるほど、とルーシャオは頷いた。
実力では圧倒的に劣る若き魔術師だが、相手が同じルーンマスターなら、知識や情報の面で、多少は
レイ・クラウザーの役に立てるかも知れない。

途中、ルーシャオは何故ブジェンスカ分家の筆頭執務官がクリスタナ救出を依頼してきたのか、
その理由を聞いてみた。
「ソルドバス家との冷え切った関係を、多少は修復したいって思惑みたいだな」
確かにソルドバス家当主ファジオーリは、オランでの政争には巻き込まれたくないという意思のもと、
ブジェンスカ分家とは距離を取ろうとしている。
しかしここで、クリスタナ救出を達成すれば、多少はファジオーリに対して発言し、且つ関係修復に
若干ながらも望みを繋ぐ事が出来るのではないかと考えているらしい。
「そりゃそうだろう。ただでさえ本家との争いが激しさを増しているって時に、やれユニコーンだの、
  グラッフェンリードだのが噛んでくりゃ、仲間が欲しくなるだろうさ」
要するに、ブジェンスカ分家も相当窮していると見て良いという事である。
「じゃ、クリスタナさんの居場所を突き止めたのは・・・」
「ブジェンスカ両家は、お互いに密偵を放っている。そこから掴んだって事だよ」
なるほど、それなら合点がいく。
が、ここでルーシャオは別の疑念を抱いた。
「ちょっと待ってください・・・それじゃ、今ユニコーンの角を隠し持ってるのは、本家って事?」
馬車道から湖畔沿いに回り込むように迂回し、本家使用領域側の外壁下にまで辿り着いた際、思わず
ルーシャオは薄暗い月明かりの中で、半ば叫ぶようにしてひとりごちた。
先行するレイ・クラウザーは、何を今更というような冷めた表情で、静かにしろ、と小さく叱責した。
やがて二人は、植え込みの間を縫って玄関ホールを覗き込める出窓の下に滑り込んだ。
筆頭執務官から事前に情報を聞いて知っていたのか、レイ・クラウザーは出窓の隙間に薄い金属製の
へらのような物を挿し込み、指先で軽く上下に動かし、内鍵を器用に外した。
この美貌の戦士は、盗賊としての資質も備えているのだろうか。
音を立てないように、出窓をそっと開いて、中の様子を窺う。
「いけそうだな」
人の気配が無い事を確認すると、レイ・クラウザーは躊躇いもなく、玄関ホール内に飛び込んだ。
ルーシャオも慌てて後を追う。
玄関ホール内は、と言うよりも、本家使用領域全体が、まるで死に絶えたようにしんと静まり返り、
人の生活の息吹というものがまるで感じられない。
それでいて、屋内は不気味な程に綺麗に掃除が行き届いており、整理整頓も完璧に為されている。
むしろ、使用人が大勢居る分家使用領域の方が、人間が生活する分、雑然とした雰囲気があった。

窓の数は、どちらかと言えば多い方である。
射し込んでくる月明かりの光量も、決して少ない訳ではない。
なのに、この本家使用領域全体を支配する、どこか不気味で鬱屈した闇の空間は、ルーシャオに
何とも言えぬ不快感を押しつけてやまなかった。
クリスタナ発見は、二人が拍子抜けする程に簡単だった。
玄関ホール脇の客室内ベッドに、神学校の制服に身を包んだまま、クリスタナは静かに横たわり、
茫漠とした表情で、天井全体に描かれている絵図を眺めていた。
「大丈夫ですか!?」
慌ててベッド脇に駆け寄ったルーシャオだが、表情の無いクリスタナの美貌を覗き込んだ時、
愕然とその場に立ち尽くしてしまった。
「やれやれ・・・こいつぁ、三元鬼門遁甲八陣の迷宮じゃねぇか」
ルーシャオの背後から肩越しに覗き込んできたレイ・クラウザーは、半ば呆れたような様子で言う。
思わず若き魔術師は声を上ずらせて聞いた。
「な、何ですか?その、三元鬼門なんちゃらってやつは・・・?」
「施術対象の魂を、黄泉の一角にある三元鬼門遁甲八陣の迷宮に彷徨わせ、その間、術者は対象に
  簡単な命令を実施させる事が出来る。被施術者は、魂が無いから、術者に操られている間は、
  不死属性を持つ事になるんだわ。ファンドリア西部方面軍の髑髏兵団の秘術だった筈なんだが、
  いつの間にか奥義そのものが外に漏れちまってね。以来、廃止されちまったって話だ」
レイ・クラウザーの説明を聞くうちに、ルーシャオは昨日朝のガルシアパーラの様子を思い浮かべた。
あの時、傍らに居たフォールスは、ガルシアパーラの肉体から負の精霊力が感じられると言った。
もしかすると、ガルシアパーラも三元鬼門遁甲八陣の迷宮を仕掛けられているのではないだろうか?
ルーシャオがふと気づくと、レイ・クラウザーは手近のサイドテーブルを引き寄せ、持参していた
羽ペンでテーブル表面に何か絵図のようなものを描いていた。
ルーシャオには、その図柄に見覚えがあった。
「それって、確かユニコーンの角が入っていた化粧箱の図柄・・・」
「やっぱりなぁ。こいつぁ今言った髑髏兵団が開発した図面呪法だ。この図柄を見せられている間に、
  特定の起動呪文を唱えると、被対象者は三元鬼門遁甲八陣の迷宮をかけられちまう」
つまり、ガルシアパーラはサラザールの訪問を受けた際に、三元鬼門遁甲八陣の迷宮を仕掛けられた、
という事になる。
「で、どうする?多分、ユニコーンの角はここのどこかにあるぜ。俺はまず、依頼に応じて、この 
  お嬢ちゃんを連れ出さにゃあならんのだが」

グラッフェンリード邸内では、ゴルデンの素人臭い演技が続いている。
サラザールからは具体的な仕事内容は指示されず、ただ黙ってついてこいとだけ言われ、表面上は
緊張した様子を見せて(しかし実際はさほど緊張しておらず)、与えられた個室を出た。
ゴルデンは地階へと案内された。
確か、エナンも同じく地階のどこかに連れ込まれている筈であった。
彼女の事が心配なのは確かだが、今ここで下手に動けば、ただ虎穴に飛び込んだだけに終わる。
ここは何としてでもサラザールに悟られないよう、ひたすら無知な使用人の新入りに扮し切らねば
ならないところであった。
やがて二人は、多少開けた倉庫のような一室へと足を踏み入れた。
数本の蝋燭だけが照明源となっているそこには、十名近い先客が居た。
いずれも人足や使用人のいでたちだが、その表情や目つきを見るに、とても一般人のそれではない。
(こいつら・・・傭兵か、冒険者じゃな)
全員の挙動や身のこなしをざっと見て、ゴルデンはすぐにそう察した。
いずれの面々も、一言も発する事もなく、サラザールが木箱の上に登って説明口上を始めるのを、
じっと待っている様子だった。
「諸君に集まってもらったのは他でもない。我が主人は、ある二つの品の奪還を望んでおられる」
ゴルデンを他の面々の間に立たせ、自らは木箱の上に立って説明を始めたサラザールだが、表情は
相変わらず陰鬱なままで、とても人を使う立場の者には思えなかった。
「一つは、アズバルチ官憲隊に保管されている。今ひとつは、まだ行方が知れない為、現段階では
  情報を収集中である」
言いながら、サラザールは大きな羊皮紙を背後の棚から取り出し、全員の前で大きく広げてみせた。
そこには、ゴルデンにも見覚えのある、そして丁度同じタイミングで、レイ・クラウザーが別荘で
ルーシャオに説明を加えていた図柄が描かれていた。
内心ゴルデンは、思わずあっと声をあげそうになった。
例の化粧箱を思い出したのである。
「まずはこれを、官憲隊詰め所から強奪してもらいたい。先方には、こちらの手引きをしてくれる
  者が待機している」
つまりサラザールは、ゴルデンのドワーフとしての腕力を、例の化粧箱強奪に利用しようとしている、
という訳であった。
サラザールの口ぶりだと、既に官憲隊には内部から工作を施しているらしく、後は突入するのみまで
段取りは進んでいるらしい。


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