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リグとフォールスの盗賊ギルド・アズバルチ支部に対する評価は、180度正反対であると言って良い。
まずリグだが、このグラスランナー盗賊は、ひとまず何を調べるにしても、最初に盗賊ギルドから
当たってみるという、実にまっとうな、という表現は多少おかしいかも知れないが、いっぱしの盗賊と
しての発想から考えれば、ごく順当な行動に出る。
一方フォールスは、少なくともここアズバルチに限れば、ほとんど完全に、盗賊ギルドの存在を無視し、
或いは見限っているとも言える。
彼の頭の中では、アズバルチでの最大の情報源はアスティーナであり、彼女の情報網こそが、唯一絶対、
と考えている節すらあった。
尤も、実際その通りなのだが。
この辺は、実利を取るか、立場上の体面を取るかの違いであろう。
暗殺者リカルド・フレンツェンに関する情報を仕入れる為に、朝靄に霞む街の大通りを駆け、ギルドへ
向かったリグと、直接トランティニアン邸を目指したフォールスの行動には、動機こそ同じであろうが、
結果に対する精度という点では大きな開きがあった事は確かである。
朝食前の身支度を終えたばかりのアスティーナを、無礼を承知で朝早くから訪問したフォールスは、
相変わらず嫌な顔一つ見せず、笑顔で出迎えてくれた美貌の令嬢に招かれるまま、広い食堂へ通された。
よくよく考えれば、フォールスはまだ朝食にありついていない。
アスティーナは気を利かせて、フォールスの分も用意しておいてくれた。
他人に礼を述べる事が少ない無愛想な精霊使いも、さすがにこの時ばかりは恐縮の極みであった。
「お口に合うかどうか分からないんですが、もし宜しければお好きなだけ召し上がって」
いささか疲れた様子ながら、アスティーナはいつもの柔和な笑みでフォールスに料理を勧めた。
矢張り、クリスタナ失踪を知ってからの彼女は、心労が溜まりに溜まっているのだろう。
ここは順序が逆になるが、この際構っていられないと判断したフォールスは、まず最初にクリスタナが
無事に保護された旨を報告した。
平素なら感情を露骨に表現したり取り乱すような言動は一切見せないアスティーナだが、この時だけは、
思わず椅子を弾き飛ばす程の勢いで立ち上がり、声が裏返る程の嬌声を上げた。
「それは、間違い無いのですか!?」
「はい。今朝も、今後の予定についてご本人と話してきたばかりです」
フォールスの声が届いたのか届いていないのかはっきりしないような表情で立ち尽くしていた彼女だが、
やがて涙目になりながらも、ようやく落ち着きを取り戻し、椅子を引いて再び席についた。
先ほどまでとは、明らかに様子が一変している。
余程嬉しかったのだろう。

「ただ、クリスタナ嬢救出完了に関しては、まだ情報を漏らさないで頂きたいのです」
「それは・・・つまり、暗殺者リカルド・フレンツェンにこちらの動きを掴まれない為、ですね?」
今度はフォールスは声を上げて驚く番であった。
信じられない話だが、アスティーナは既に、クリスタナの家庭教師を騙ってソルドバス家内部へと
潜入していたルーベンスことフレンツェンに関する情報を、握っていたのである。
恐らくは、ファジオーリ経由辺りから聞き込んできたのであろうが、彼女の地獄耳は、矢張り普通の
商家の令嬢とは一味も二味も違う。
彼女がフレンツェンの何者かを知っているという事は、既に関連する情報についても、相当なレベルに
至るまで調べ上げている可能性が高い。
当初フォールスは、ルーベンスとしてのフレンツェンに関し、神学校から推薦状を出すに至った経緯と、
推薦状を直接交付した人物、或いはルーベンスの人柄等を聞き出すにとどめるつもりであったが、既に
アスティーナがフレンツェンに関してある一定以上の情報を握っているとなったら話は変わってくる。
上記のようなけちな内容でとどめるのは非常に勿体無い。
この際フォールスは、アスティーナが握っているフレンツェン関連の全情報を聞き出す事で腹を決めた。
当然アスティーナにしても、フレンツェンの名を出した以上は、全てを教える気構えなのだろう。
「元・・・或いは現在も、かも知れませんが、国際テロリスト集団スプリットの幹部クラスに位置する
  相当腕利きの暗殺者、という話を聞いています。もともとはルーベンスという偽名で結婚詐欺を
  繰り返すだけの小物だったみたいですが、異端の神、怪仏ソンジンを信仰するようになってから、
  まるで様変わりしたかのように、戦闘技術に秀でた暗殺者へと変貌を遂げたようですね」
更に曰く、フレンツェンがルーベンスとしてソルドバス家に迎え入れられた経緯は、至極単純らしい。
オランのマーファ神殿から神学校教師の紹介状を携えてアズバルチに現れたフレンツェンは、そのまま
アズバルチの神学校校長から推薦状を発行してもらい、ソルドバス家に自らを売り込んだという。
アスティーナは個人的にもアズバルチ神学校校長とは長年親しい為、校長に対しては疑念を挟む余地は
無いと考えて良いだろう。
「恐らく、オランのマーファ神殿に紹介状を発行するよう働きかけたのは、フレンツェンの雇い主たる
  ブジェンスカ本家でしょうね」
ところで、とアスティーナは更に話題を転換させた。
フレンツェン個人の戦闘能力に関してである。
正直言って、今のフォールス達では到底太刀打ち出来ない程の技量を誇る厄介な相手らしい。
下手に挑めば返り討ちに遭うのは、火を見るより明らかであった。

フォールスがトランティニアン邸でアスティーナから情報を仕入れながらの朝食を終えようと
していた頃、ルーシャオはエナン及びレイ・クラウザーらと共に、ブジェンスカ家別荘へと再び
赴き、ほとんど到着しようとしていた。
進む先は当然の事ながら、本家管理区分である。
ファジオーリがエナンとフォールスに示唆したように、ブジェンスカ本家が几帳面な性格そのままに
暗殺者との契約書を残しているのならば、別荘の本家管理区分を捜索するのが一番手っ取り早い。
もし仮に、フレンツェンと遭遇した際の事を考慮し、エナンが戦力として同行する事になった。
が、意外だったのは、レイ・クラウザーが同伴する事を自分から言い出してきたのである。
「フレンツェンってのは聞いた事のある名前だな。俺も一緒に行った方が賢明っちゃあ賢明でしょ」
何かを察したのか、この美貌の超戦士は、フレンツェンに対して内心奇妙な警戒心を抱いている。
既に検問が解除され、自由に郊外へ出る事が出来た三人は、湖岸沿いの馬車道を真っ直ぐ別送へと
向かって突き進んだ。
道中、ルーシャオは疑問に思っていた事を正直に口にして質問してみた。
「あのぅ、一つ教えてくださいませんか?・・・本家管理区分で突然現れた、あの魂の抜け殻の
  ような人影の群れ・・・あの人達も、やっぱりその、三元鬼門遁甲八陣の迷宮によって操られた
  人々だったんでしょうか?」
だがレイ・クラウザーが返してきた言葉には、いささか呆れた調子の含み笑いが篭もっていた。
「いやぁー、俺も最初はそう思ったんだが、どうも違った。ありゃただの生ける屍どもだぁな」
「・・・という事は、別荘の本家管理区分には、死霊術を極めた魔術師が居るという事か?」
「そうでもねぇんだな、これが」
エナンの問いに対しても、レイ・クラウザーはどうにも要領を得ない一言で軽く首を振った。
「おまいさんら、ソンジンってのは知っとるかい?」
反応したのは、エナンである。
彼女は職務の性質上、様々な犯罪者達の思考に通じている他、異端の神に関しても割りと明るい。
怪仏と呼ばれる異国の神仏に関しても、エナンは基本的知識程度には知っている様子だった。
「まさか・・・その連中は、異端の邪法によって作られた屍兵だとでも言うのか?」
「そのまさかだなぁ。だから俺は、フレンツェンが臭いと睨んでる」
ルーシャオは黙ってレイ・クラウザーとエナンの会話に耳をそばだてていたのだが、どうやら話の
筋を組み立てていくと、レイ・クラウザーは怪仏ソンジンの信者であり、邪法を自在に操るという
フレンツェンと、過去に一度だけ戦った事があるらしいという。
「俺から見りゃあ、奴の戦闘技術なんざ鼻糞みてぇなもんなんだが、とにかく死体の群れを壁に
  して、力押しに攻めてくるのが面倒臭いんだわ」

結局フレンツェンとの戦いは、レイ・クラウザーが屍兵の群れを強行突破した挙句に、接近戦に
持ち込んだところで勝負がついたのだが、それが丁度、今から半年ほど前の事なのだという。
その後、フレンツェンはオラン郊外の超巨大収容所ヘル・イン・ザ・セル(略称HITC)へと
投獄されたのだが、何故か一ヶ月もしないうちに、恩赦で釈放されたのだという事を、風の噂で
聞いた、というところで、レイ・クラウザーの説明は終わった。
「奴とて、伊達にスプリットの幹部にゃなってねえさ。ブジェンスカ本家が奴を雇ったあたりで、
  多分本家の命運は尽きたな」
「・・・それ、どういう意味です?」
穏やかならざるレイ・クラウザーの台詞に、ルーシャオは背筋に妙な悪寒を覚えた。
「スプリットは半端な組織じゃねぇって事さ。恐らく本家は何とはなしに雇ったつもりだろうが、
  今頃逆に乗っ取られてる可能性の方が高いぜ。スプリットってのは、そういう集団さ」
レイ・クラウザーの分析には立派な根拠がある。
別荘本家管理区分に配置されていた戦力が、全てフレンツェンが使役する屍兵で占められていた
事実が、全てを物語っている。
「なるほど、ようやく読めてきたぞ。ブジェンスカ本家が血眼になって分家を根絶やしにし、更に
  ディバース大臣に取り入ろうとしている理由が」
エナンの美貌に険しい色が浮かぶ。
彼女の読みを、レイ・クラウザーは呑気な表情で肯定した。
「今の本家当主、ギーン・ブジェンスカは、多分スプリットの誰かがすりかわった偽モンだろうな。
  オランの中枢へと食い込むなんざ、スプリットにとっては願ったり叶ったりだろうから、恐らく、
  潜り込んでるのはスプリットの頭ジェリコなんじゃねぇかな」
もうここまでくると、ルーシャオは口を挟む事すら忘れてしまっている。
話があまりにも大き過ぎて、理解が追いつかないのだ。
そうこうするうちに、三人はブジェンスカ家別荘を正面に望む位置にまで到達した。
既に朝陽は明るさを増し、樹々の間から眩しい程の陽気を射し込ませてくる時間にまでなっている。
「昼間から忍び込みます?」
「あそこにゃ昼も糞もねぇだろう。居るのは昼夜の区別もねぇ死に損ないばっかなんだからな」
言われてみれば、その通りである。
ルーシャオは、わざわざ質問した自分が馬鹿馬鹿しく思えた。
更に付け加えれば、潜入ではなく、突入という形になるだろう。

ゴルデンとリグ、そして昨晩は結局イネスに張り付いたままだったテオの三人が、時を置かずして、
ほとんど連続して水鏡亭に戻ってきた。
まずゴルデンだが、彼は神学校へと出向き、ルーベンスと名乗ったフレンツェンに推薦状を発行した
校長に対し面会を求め、快く応じてもらった。
そこで、ルーベンスに推薦状を出した経緯を説明してもらったのだが、その内容はアスティーナが
フォールスに語った内容と完全に合致しており、今更目新しい情報は出てこなかった。
一方のリグは、矢張り盗賊ギルドでは大した情報は引き出せず、覚悟の上ではあったが、完全な
無駄足に終わってしまった。
信じられない事だが、ギルドの世話役は、ルーベンスが家庭教師としてソルドバス家に入った事は
知っていたのだが、その正体までは全く知らなかったのである。
こういった無能さが、フォールスにトランティニアン邸へと赴かせる最大の要因であった。
テオは、行方不明となっている官憲隊の内通者ヤニツァを探し出す事も考えたが、しかしとにかく、
一度水鏡亭に戻って情報を整理し、且つ消耗した体力を回復する必要もあり、朝帰りとなった。
つまり彼は、ここまでの事態の急変を、ようやくにして知る事になったのである。
しかし、水鏡亭の面々にとって、オランからの使者オリビエ・ディバースの登場は、局面が新たな
展開を迎えようとしている事を知る重大な情報であった。
「ディバース家が動き始めたって事は、こりゃ一筋縄では終わらないって事かもね」
キャロウェイやガルシアパーラらと共に、ユニコーンの角と化粧箱を守る為に水鏡亭で待機していた
クリスタナが、全身がうずうずするのを必死で堪えながら呟くのを、他の面々は苦笑しながら眺めた。
行動派の彼女は、とにかく動き回りたかったのである。
特に、高貴な地位でありながら、柔軟且つ広範な活動範囲を誇るオリビエ嬢に対し、内心奇妙な
ライバル心を燃やしているようにも見えた。
「ところで、ルーシャオ達は?」
「あぁ、あの三人なら、ブジェンスカの別荘に向かったぞ」
リグはキャロウェイの返答に、いささか苦い表情を作った。
実は盗賊ギルドで何も収穫が無かったら、彼も件の別荘に足を運ぶつもりだったのだが、これなら
最初からルーシャオ達に同行すれば良かった、と多少の後悔の念がわいたのである。
そこへ、少し遅れて堅い表情のフォールスが一階酒場入り口に姿を見せた。
表情が無いのはいつもの事だが、この時はどちらかと言うと、緊張しているようにも見える。
「・・・どうしたんだい?」
テオが聞いてもしばらく声を発しなかったフォールスだったが、しばらくして、ようやく苦々しい
声音を絞り出した。
「アスティーナ嬢と一緒に居る時に、極めて重大な情報が、二件も同時に飛び込んできた」
曰く、グラッフェンリードが今朝未明に容態が急変し、そのまま息を引き取ったという事と、
ヤニツァ・ドログバなる官憲隊の隊員が、遺体で発見されたというのである。


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