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フォールスが、第二の犠牲者の遺体中から引っ張り出した小さな鋭い歯の持ち主は何者か?
この歯の主が直接、被害者を絶命せしめた可能性もあるが、逆に、たまたま別の小動物が、遺体に
噛り付いただけなのかも知れない。
とにかくあらゆる状況が想定される段階だけに、思い込みで断定するには早過ぎる。
そこでまず、冒険者達は歯の主の大体の姿を想像する為の調査に、一人二人と手を割く事にした。
中心となったのは、矢張りメンバーの中では最も知識量の多いルーシャオであった。
日頃は鉱物関係にばかり目がいってしまう彼ではあったが、矢張り魔術師としての訓練を受ける際に、
賢者としての学習も日々重ねていた甲斐もあり、他メンバーと比較して、遥かに物知りであった。
アズバルチでは唯一と言って良い図書館へイネスと共に足を運び、関係しそうな資料を次々と漁った。
まだ朝も早い時間帯である為、彼らの他には、利用客など一人も居ない。
司書を務める中年男性も、眠そうに何度も欠伸を漏らす始末であった。
ある程度予想された事ではあったが、歯の主の正体は、容易には定まらなかった。
「少なくとも、哺乳類の歯ではなさそうだというのは間違いないんですが・・・」
分厚い図鑑の黄味を帯びたページをめくりながら、ルーシャオはいささか困惑した様子で呟いた。
歯を持つ鳥類などは、ここグロザムル山脈では確認された事はないから、特別な新種でもない限り、
その可能性も消去して良いだろう。
となると、残りは爬虫類か魚類かという事になるのだが、ここからが徐々に難解な方向へ進み始めた。
「体長はざっと1メートルから2メートル、というところかな」
「もしかすると、もう一回り小柄かも知れません」
二人がお互いの意見に迷うように、歯の大きさから主の体格を想像する事が、一種の難問になっていた。
歯の根元の欠け具合が、一目で判断出来ないのである。
「これがもし先端部分に過ぎないとなったら、数メートルにも及ぶ巨大生物って事にもなるしなぁ」
「でも、この根元部分の厚みを考えると、それあなさそうな気もするんですけどね」
そこで二人は、別の角度から調べてみる事にした。
イブレムス湖周辺に棲息している爬虫類及び魚類で、鋭い歯を持つ生物はこれまでどのような種類が
確認されているのかを調査する事にしたのだ。
この発想の転換が、意外な功を奏した。
ミズカマスと呼ばれるカマス科の淡水魚が、限りなく合致する可能性が高いという事が分かったのだ。

しかし、ミズカマスが一体何者なので、どのような生態を持つのかまでは、その資料には詳細には
記されていなかった。
この地方ではバラクーダという異名でも呼ばれているという。
本来バラクーダは同じカマス科の魚類でも、海水魚であるオニカマスを指すのだが、ミズカマスの
巨大な体躯と攻撃的な習性がオニカマスに酷似している事から、特に釣り師達の間では、半ば尊敬と
畏怖の念を込めて、バラクーダと呼ばれているらしい。
ただこれまでのアズバルチの歴史の中で、ミズカマスが人を襲ったという事例はただの一度たりとも
報告されていないという。
「釣り人の間で人気なのが白峰亭だ。確かゴルデンが向かってたよな?」
「そうですね。今なら、まだ居ると思います。合流して聞き込みしてみましょうか」
そんな訳で、イネスとルーシャオは図書館を飛び出し、白峰亭へと足を急がせた。
果たして、赤ら顔の陽気なドワーフは、白峰亭の美人女将メメルと、カウンター越しに話し込んでいる
まさにその最中であった。
白峰亭常連の冒険者達や、或いは釣り人達から、今回の事件に関わるような異常な何かに関する目撃談が
無いかという事で訪れていたのだが、別段それらしい話は無さそうだった。
ついでにゴルデンは、イブレムス湖周辺に点在する古代王国期の遺跡についてもメメルに聞いてみたが、
白峰亭を拠点とする冒険者達の間では、イブレムス湖はあまり人気が無いらしく、それらしい情報は、
ついぞ聞いた事が無いという。
もちろん、メメル自身は点在する遺跡の存在については耳にしていたが、直接出向いた事があるという
冒険者には出会った事がないらしい。
かつて、ここ白峰亭を拠点としていたレイ・クラウザーですらも、イブレムス湖方面には、ほとんど
足を向けた事が無かったという。
「そういえば、あの御仁はどうしたのかな?」
この時になってようやくゴルデンは、美貌の超戦士の見知った顔が店内に無い事に気づいた。
メメルは小さく肩をすくめ、いささか呆れた様子で答えた。
「こないだこの街に来てたディバース家のお嬢さんにひっついて、オランに行っちゃったわよ。何が
  目的か知らないけど、当分こっちに来る予定は無いんだってさ」
実はルーシャオも、レイ・クラウザーの豊富な経験と知識に頼りたいという想いは、多少なりとも
あったのだが、肝心の本人が街を離れてしまっては、最早どうする事も出来ない。
結局は、自分達で何とかする以外にない。

ルーシャオが白峰亭に持ち込んだミズカマス情報は、思った程の成果を挙げる事が出来なかった。
釣り人達の間では、その獰猛さと、釣り上げる際の難度から、好んで狙われる魚ではあったのだが、
実際の生態となると極めて謎の部分が多く、熟練の釣り師ですらも、ミズカマスの正確な生態を、
ほとんど把握していないのだという。
ミズカマスを釣り上げた事のある釣り人は決して少なくない事から、もしかするとという期待を込めて
ルーシャオが例の歯を取り出して披露してみると、店内の釣り人達全員から、それは間違いなく、
ミズカマスの歯だという声があがった。
「ほほぅ、ミズカマスとな。それは一体、どんな魚なんじゃ?」
「相当な暴れん坊ね。釣り上げるのも一苦労するわよ」
ゴルデンの問いに応じたのは、メメルであった。
この美人女将も、釣り人を客に迎える事が多い為、本格的な釣り師には及ばないまでも、それなりの
知識は持っている様子だった。
「でも、ミズカマスが人を襲うなんてのは、ちょっと考えづらいわねぇ。確かに獰猛だけど、それは、
  獲物の小魚に対してであって、自分より大きな生物には、まず攻撃する事が無い筈だから」
確かにミズカマスの巨大な顎と鋭い歯並び、そして銅板程度なら噛み砕いてしまう程の破壊力を誇る
咀嚼能力を考えれば、殺傷能力は十分過ぎる程にあると言って良い。
しかしながら、基本的にミズカマスは臆病な性質で、餌となる小魚を襲う際も、群れからはぐれた
不運な獲物をのみ狙うのだという。
群れからはぐれた獲物の小魚は、大体にして普通とは異なる挙動を取る事が多いから、釣り針の先に
小魚を引っ掛けて釣り糸を垂らせば、それだけでミズカマスの目には群れからはぐれた格好の餌だと
映ってしまい、割と簡単に引っかかるのだという。
こんな話がある。
釣り人がイブレムス湖で水浴びをしていると、膝下までしかないような浅瀬にもミズカマスが現れ、
腰から垂らした吊り篭の紐に食らいつく事があるという。
人影を小魚の群れと勘違いし、その腰から垂れた紐を、群れからはぐれた小魚と勘違いしたのだろう。
だがその際にも、決して人間に対しては歯を剥く事は無いという。
「じゃあやっぱり、この歯はたまたま、死亡後にミズカマスが噛み付いただけなのでしょうか」
そんなルーシャオの呟きを、しかしメメルは明確に否定した。
ミズカマスが、自分より大きな獲物に、たとえ相手が動かぬ死体ではあっても、決して食らいつく事は
有り得ないのだという。

ルーシャオ、ゴルデン、イネスらがアズバルチで調査を進めている頃、官憲隊から借りた移動用の馬で
イブレムス湖を目指していたテオ、フォールス、リグの三人は、パエンタ湖の数倍はあろうかという程の
巨大な湖面と遭遇していた。
これが、イブレムス湖である。
「うひゃあ・・・こりゃでかいな」
テオの駆る馬の背に便乗していたリグが一番に馬から飛び降りて、その圧倒的なスケールを誇る広大な
湖面を眺め、半ば呆れるように感嘆した。
海の広さを知るテオも、磯の香りが漂ってくれば、十分海で通用する程の規模を見せるイブレムス湖に、
ただただ感心するばかりであった。
「馬を走らせても、一周するのに三日はかかると言っていたな」
フォールスが、アズバルチを出る際に門衛が教えてくれた情報の一端を思い出して、小さく呟いた。
「よくもまぁしかし、こんな馬鹿でかい湖が、こんな山の上にあったもんだよな」
テオもただただ呆れるしかなかったが、湖面を駆け抜ける涼やかな山の風が、湖水に静かな波を立たせ、
陽光の下で銀色の鏡を無数に繋ぎ合わせたような輝きを発する様は、一種の絶景と言って良いだろう。
これほどの静かで美しい湖で、あんな凄惨な死体が浮かぶ事になろうとは、ちょっと想像し難い。
聞いた話では、このイブレムス湖畔には、これほどの豊かな水量と絶好の環境であるにも関わらず、
漁村や街の類は一切存在しないという。
奇妙な話ではあったが、理由を聞けば誰もが納得した。
このイブレムス湖周辺の森林地帯には、妖魔の類が群れをなして移動しているという情報の他に、
人間ならば誰もが敬遠したがる存在であろうエルフ達が、幾つかの集落を形成しているのだという。
いわゆる下界である街や人里に下りてくるようなエルフであれば、人々もさほどに恐怖を覚える事は
ないのだろうが、森の奥でひっそりと集落を形成しているような種のエルフは、対外的に敵対心が強く、
妖魔程ではないにしても、人間に対しては攻撃的な性質を見せる事が稀ではないという事であった。
ドワーフやグラスランナーとは異なり、エルフの保守的な種族性向は、なかなか人間には荷が重く、
容易には手出しの出来ない存在であった。
増して、このイブレムス湖畔には幾つもの古代王国期の遺跡が点在し、それら遺跡内部に人外の魔物が
太古の昔より棲息しているという噂も流れている。
そんな危険極まりない場所に、いくら環境的に恵まれているとは言え、人が定着する筈もなかった。
精霊使いという点ではエルフ達と共通点を持つフォールスですら、
「エルフには迂闊に手を出すな」
と、厳しい表情でテオとリグに忠告していた程である。

とは言え、警戒ばかりしていては調査も進まない為、ひとまずは、最初の遺体が流されてきたという
オルール川に注ぐ付近から、湖岸を中心に調べて見る必要があるだろう。
鞍から下り、馬の口紐を取って歩を進めるテオとフォールスの後に、リグがてくてくと続く。
三人は岩場や潅木の間を縫うように進み、オルール川口の辺りまで歩を進めた。
「しかし、ほんっとに人気のないところだよなぁ」
などとリグが軽口を叩いたその直後、思わぬ事態が三人に直面した。
オルール川の川岸付近に、人影が無造作に佇んでいる。
思わず足を止めた三人は更に、息を呑んで、その人物の足元に視線を走らせた。
アズバルチで見た、あの無残な遺体とそっくりの、表面のいたるところが食い荒らされている様子の
肉の塊が、人影の足元で静かに横たわっているのである。
この状況だけを見れば、その人影が足元の肉塊と何らかの関係があるようにも思われたが、いかんせん、
人影の方が無感動に佇んでいるだけで、これと言った反応を示さない為、三人も対処に困った。
声をかけるべきかどうか、三人はまずその点で迷った。
もしかすると、その人影は既にこちらの気配を察しているかも知れない。
しかし何の反応も示さないところを見ると、気づいていない可能性も十分に考えられる。
そして三人が何より困ったのは、その人物が何者なのか、まるで分からないという点であった。
いや、正確に述べれば、川岸の人影の種族は一目で分かった。
ほっそりと華奢な体躯と、僅かにとがった耳の先端、そして朝陽を浴びて流れる滝のようにきらきらと
輝くブロンドの、背中まで伸びる髪。
エルフであった。
丁度つい先ほど、フォールスがエルフについて、テオとリグに警告を発したばかりであった。
その容貌は川の向こう側を眺めている為、はっきりと見て取る事が出来なかったが、一般のエルフの
例に漏れず、なかなかの美貌であるように思われる。
しかし矢張り、その足元の無残な光景が、優雅な雰囲気すら漂わせるエルフのそれとはまるで合わず、
そのアンバランスさが、逆に不気味な空気を作っているとも言える。
エルフは、どうやら男性であった。
大弓と矢筒を背負い、腰には細身の長剣を鞘に収めて吊り下げている。
筋肉質とは到底無縁の体躯ではあったが、その柔らかでしなやかさを思わせる白い肌の張りを見る限り、
戦闘が不得手であるとは思えない。
「・・・どうやら、風の精霊と交信しているようだな。名は・・・オーランド・ウッドか」
精霊語に聞き耳を立てていたフォールスが、つい盗賊としての習性をこの場で発揮して、エルフが
風の精霊に語りかける内容を盗み聞きしたが、その詳しい内容までは分からなかった。


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