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エルフの集落とは、一体どのような様子を想像すれば良いのだろうか。
好奇心旺盛なテオの頭の中では、ああでもないこうでもないといったような、半ば妄想に近い様々な
思いが湧いては消え、消えては湧くといった具合であった。
そもそも事情が事情だけに、変に浮つくのは失礼極まりない事であるのだが、どんなに我慢しようと
しても、フォールスのような鉄仮面に徹する技など、テオには不可能であった。
(戦士のくせに、知識欲だけは凄まじい奴だな)
テオに同伴するフォールスが、内心思わず呆れたように、テオは自分の見知らぬ世界に対する憧れが
非常に強いタイプの青年で、子供の好奇心が、大人になっても成長していないような側面があった。
陽射しはあるものの、数メートル先を先行する形で深い森の中をゆくオーランドの姿は、少し油断を
すると、すぐに薄暗い樹々の間に消えて、見えなくなってしまう。
同伴のテオがこんな調子だから、フォールスはいつも以上に、神経を尖らせてオーランドの背を追った。
彼自身は精霊使いである為、深い森に対しては何の恐怖も無い。
問題は、同じ森に妖魔の類が群れを為して行動しているという事実である。
さすがにオーランドとはぐれてしまっては、テオと二人で妖魔の集団を相手に回す余裕は無い。
先ほど、エルフの集落では決して歓迎されないだろうとオーランドは警告したが、しかしいくら何でも、
いきなり襲われて命を絶たれるような危険性は無いだろう、という計算が、フォールスの頭の中にある。
ましてや、自らを高貴な種であると自認する妖精族ならば尚更、そのような野蛮な行為に出る事は、
極めて少ないと言って良い。
「リグも一緒に来れば良かったのになぁ」
ゴブリンの死骸をもう少し調べたいから、と言って、グラスランナー盗賊はイブレムス湖岸に残った。
彼は彼なりに、何か思うところがあったのだろう。
しかし折角、エルフの樹上集落などという滅多にお目にかかれない場所へ、そこの住民自らが案内して
くれるという好機をみすみす見逃すなど、少なくともテオには考えられない事であった。
(変なところでルーシャオと似ているな)
鉱物に目が無いあの青年魔術師も、傍から見れば、今のテオのように、自分の好奇心の対象へと向かう
際には、子供のように目を輝かせている。
ゴルデンにしてもそうだ。
彼もいかつい容貌のドワーフではあるが、大好きなエールがなみなみと注がれたジョッキを前にすると、
それこそ年甲斐もなく大はしゃぎする事がある。
結局は、似たもの同士が集まった冒険者グループだという事なのだろう。

テオとフォールスがエルフのオーランドに案内されて彼の集落へと向かった一方、リグはというと、
既に述べたように、一人イブレムス湖岸に残って、例のゴブリンの死骸を更に調査していた。
(また、あの歯が見つかるかも知れないし、他に何か有力な手がかりが見つかるかも)
というのが一番の動機であったが、それと同時に、エルフの集落に向かったところで、本当にこれと
いった収穫があるのかどうかも疑わしく思う部分もあった。
オーランドの言葉を信じれば、エルフの集落で被害者が出てから、もう結構な時間が経っている。
今更自分達がぞろぞろと向かったところで、果たして有効な手がかりが得られるのか?という疑問が、
まず最初にリグの中で湧いた。
ひょっとしたら、何も得られるものは無いのかも知れない。
そう考えると、全員でエルフの集落に向かわず、一人ぐらいは、このゴブリンの死骸を更に調べて、
本当に、これ以上この死骸から何も出てこないのかどうかを調べ尽くすべきだろうというのが、リグが
下した結論であった。
(あんまり気分の良いものじゃないんだけど・・・)
内心ひとりごちながら、リグは湖岸の砂浜と岩場が交差する水辺から、ゴブリンの死骸を下生えが
生い茂る辺りまで引きずって移動させ、そこで改めて念入りな調査に入った。
腐敗はまだほとんど進行していないところを見ると、死亡してからまだ、数時間と経っていない。
大体、ゴブリンは集団で行動する事が多く、どんなに少なくても、最低2〜3匹程度のグループを
組んでいる場合がほとんどである。
それとも、この哀れな死骸は、絶命の際に、仲間から見放され、不運な死を遂げたのだろうか。
有り得る話ではあるだろう。
しかし、死骸発見現場周辺には、争った跡が見受けられない。
という事は、少なくともこのゴブリンは、抵抗する暇も与えられないうちに絶命した事になる。
では、この全身を食い荒らされた跡は、死亡後に、加害者が残した傷なのだろうか。
仮にそうだとしても、血の抜け具合から逆計算すると、死亡後ほとんど時間を置く事なく、加害者は
ゴブリンの死骸の全身を食い荒らした事になるだろう。
(獲物を最初に絶命させてから、餌として食い散らかした、という事かな)
リグが徐々に、このゴブリン死亡時の状況を頭の中に描き始めた頃、不意に背後で気配が生じた。
「おぅ、リグか。こんなところにおったんかい」
警戒して身構えるまでもなかった。
ゴルデンの呑気な赤ら顔が、馬上の人として、樹間を縫って現れた。
まだ陽も高いというのに、一体どこでアルコールを摂取してきたのか、内心呆れる思いであった。

「ちょいと道を間違ぅてしもうてな。えらい時間かかっちまった」
呑気に笑うゴルデンだが、リグの傍らで、下生えの緑に囲まれて横たわる異様な物体を目にすると、
その表情も自然と引き締まり、ずんぐりした体躯とはおよそかけ離れた素早い所作で馬を下りた。
「また被害者が出たんかいな」
「うん・・・でもこれ、ゴブリンらしいよ」
リグの答えに、ゴルデンはほぅ、と感心したような、どうでも良さそうな、何とも言えない妙な
感想を漏らしつつ、その死骸へと歩み寄った。
「テオとフォールスはどうしたんじゃ?」
「あの二人なら、エルフの集落に向かったよ」
今度はさすがに意味がよく分からなかったのか、ゴルデンは訝しげな表情で首をひねった。
リグは、オーランドとの遭遇から現在に至るまでの顛末をかいつまんで説明した。
その間もゴルデンは、足元の死骸をじっと注視している。
「いよいよもって奇怪じゃな。手当たり次第に獲物を狙っているというところか」
「それにしても変だよね。これほど全身を酷く食い荒らされているのに、争った跡が無いなんて」
「・・・そりゃそうじゃろう」
思いがけないゴルデンの発言に、逆にリグが目を丸くした。
まだ少し調べただけだったが、リグはこの死骸から何も発見出来なかった。
しかしゴルデンは、既に何かに気づいた様子である。
「胸の辺りをよぅ見てみぃ。大人の拳大程のもので、心臓が一撃で貫かれとるじゃろう」
リグは悲鳴に近い驚きの声をあげながら、ゴルデンに指摘された箇所を凝視した。
これまで、食い荒らされた表面や、内臓が引きずり出されたであろう腹部の大きな裂傷ばかりに
気がいっていたのだが、確かに、心臓の辺りが型で抜かれたように、綺麗に貫かれた形跡があった。
アズバルチで見た二つの遺体はいずれも損傷が激しく、また時間も相当経過して腐敗が進んでいた為、
同様の傷があったかどうかは分からない。
しかし少なくとも、この腐敗がほとんど進んでいない、言わば新しいとも言える死骸には、恐らく
直接の死因となったであろう致命の一撃の跡が、明確に残されていた。
「確かに、こんな一撃なら、瞬間で絶命してしまうね・・・でも、だとすると、襲われた場所には、
  心臓を貫かれた際の血の跡が残ってる筈だよね」
「うむ。それをまず探してみるのも良いかも知れんな」
しかしリグが最も意外と思ったのは、ゴルデンとの合流で、思いがけない展開が生じてきた事である。
盗賊の彼に見抜けなかった事を、ドワーフ神官があっさり発見した事に、多少の嫉妬も感じていた。

そこはまさに、幻想の世界そのものであった。
一見すると、陽光が遮られる、ただの緑深い樹間に過ぎない。
しかしよくよく見ると、樹上には人が生活出来るような空間が、組み上げた小屋などではなく、
まるで自然に出来たかのような、巨木の幹の内部の空洞に幾つも点在していたのである。
人工的な建造物は、何一つ無い。
樹上に至る為には当然、階段か梯子が必要であるのだが、この集落の場合、居住空間である
巨木の幹に沿う形で、足をかける事が出来る突起が螺旋状に上方へ続いている。
自然発光する成分を豊富に内蔵する苔の類が、巨木の幹や太い通路代わりの枝の脇などに、
びっしりと生えている。
根元付近は恐ろしく薄暗いのに対し、樹上の集落スペースは、夜でもほのかな明かりに包まれ、
幻想的な雰囲気を常時醸し出しているようであった。
「凄い・・・これが、エルフの集落・・・」
半ば呆けたような表情で頭上を仰ぎ見るテオの隣で、フォールスが珍しく、驚きの表情を湛えて、
その非幾何学的な美しさに見とれていた。
とにかく、人工的な建造物は、何一つ存在しないのである。
にも関わらず、巨木の幹に穿たれた居住スペースや、通路を形成する折り重なった太い枝などが、
集落としての体を為しているというその見事さに、ただただ呆然とするばかりであった。
ただ、人影は全くと言って良い程に見られない。
その代わり、全身を射るような鋭い視線を、びしびしと感じる。
針のむしろとは、こういう状態を指すのであろうか。
「さて、件の現場なんだが・・・」
オーランドの声でようやく我に返ったテオとフォールスは、慌てて居住まいを正した。
別に今更礼儀正しくする必要など無いのだが、頭上のこの幻想的な世界を目の当たりにすると、
俗世的な自分達が、妙に小さく思われてならなかったのである。
「そこの清流の上方に、小屋が見えるのが分かると思うが、そこが現場だ」
ここで、フォールスはいち早く違和感を覚えた。
オーランドが指差す樹上に、何故かそこだけ、明らかに人工物と思われる板敷きの小屋が、
ぽつんと組み上げられていたのである。
妙と言えば妙であった。
そんなフォールスの怪訝な思いを察したのか、オーランドは苦笑を僅かに浮かべて、
「あそこはね、我が部族の中でもちょっとした嫌われ者の家でね・・・要は、ハーフエルフが
  住んでいる住居なんだよ」

オーランドの説明が続く。
「死亡したのはハーフエルフ本人じゃなくて、その父親のエルフだ。母親の人間は、この集落には
  住んでいない。私もよくは知らないが、随分昔に亡くなったらしい」
では、遺族であるそのハーフエルフは、今どこに居るのか?
これについては、オーランドは表情を曇らせて小さくかぶりを振った。
「今は行方不明なんだ。部族の嫌われ者だから、誰も探しに行こうとしない。私が探しに行きたい
  ところなんだが、なにぶん、事件の捜査で手一杯だからね」
随分人間味のある言い方だったが、矢張りこのオーランド、人間社会での生活経験があるのだろうか。
「その・・・雰囲気的に、事件に関わっていそうな人ですか?そのハーフエルフさんは」
エルフであるオーランドを無用に刺激すまいと、慎重に言葉を選びながらテオは聞いてみたのだが、
しかし意外にも、オーランド本人はそのハーフエルフに対し、全くと言って良い程嫌悪感を示さず、
むしろ本気で心配する様子を見せた。
「あの子が関係しているとは思えないね。ただハーフエルフだからっていう理由だけで部族からは
  嫌われているが、この不遇な生活環境に良く耐えて、それでも素直な心を失わない良い娘だよ」
と、そこでオーランドは不意に口をつぐんだ。
何かに耳を傾けている様子を見せた。
やがて、彼は訝しげな表情でテオとフォールスに振り返り、
「今から言う容貌の人間が、一人で川舟を漕いで、オルール川をさかのぼっているらしいとの情報が
  飛び込んできたんだが、知っている人かね?」
オーランドが告げたその人物の容貌の説明を聞いて、テオとフォールスは思わずあっと声をあげた。
ルーシャオそのまんまの容貌だったからである。
さて、そのルーシャオだが、彼はアズバルチから、メメルに借りた川舟を漕ぎ出し、オルール川を
必死にさかのぼってきた。
道中の安否に関する情報はほとんど得られなかった為、一発博打の勝負に出たようなものであった。
(なんだか・・・妙に視線を感じるんだけど・・・)
アズバルチを出て小一時間もしないうちに、ルーシャオは妙な気配を感じるようになってきたのだが、
しかし気のせいであるようにも思われ、しばらく放置する事にした。
が、どうにも気持ち悪く、思い切って岸に川舟を寄せて、確かめてみたい思いもある。
ただもし、何者かがてぐすね引いて待ち構えていた場合には、接近戦には弱い彼である為、全く
抵抗も出来ないうちに捕縛される可能性もあった。
(どうしよう・・・)
このままイブレムス湖まで突っ切るかどうか、悩みどころではあった。


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