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相手の出方を見てから対応する、などという芸は、ゴルデンの冒険者生活の中ではあまり技術として
形成されていないらしい。
基本的に呑気で、相手の様子をそのまま判断材料とするという性格はドワーフに普遍的なものであり、
ゴルデン自身もその例に漏れない。
もちろん、あからさまに怪しい態度を見せるような相手であれば、それ相応に警戒もするであろうが、
今回の場合、相手が喉の渇きと空腹に悩まされているハーフエルフ美女という、誰が見てもそれ以外に
判断のつきようがないような状況においては、ゴルデンとしても、さほど対応を悩む必要がなかった。
しかしながら、この美女に自分の話す言語が通用するかどうかという問題は残る。
いささか自信に欠けたゴルデンは、無用の警戒心を相手に抱かせまいと、その赤ら顔を破顔させつつ、
手にした水筒を軽く掲げ、更に脇に放り出していた荷物の中から、保存食を取り出し、さも相手に対し
ご馳走してやるかのような素振りを見せた。
「どうじゃ、良かったらご一緒に如何かな?」
相手のハーフエルフ美女も、本来であれば、もっと警戒して然るべきであろう。
が、彼女の場合、とにかく空腹と喉の渇きが我慢の限界に達していたのか、ほとんど無防備とすら
言って良いぐらいの勢いで、茂みの中から四つん這いで這い出してきて、ゴルデンの傍らで、柔らかな
尻の肉を下生えの上に据えた。
ゴルデンの性格に、相手の行動を見て苦笑するという皮肉めいた色は無い。
彼は向き直って座り直し、歓迎の意をあらわして、再度愛嬌のある笑顔を見せた。
最初こそは、ゴルデンから水筒を受け取る手つきも上品で、粗野な印象など欠片も見せなかったのだが、
ハーフエルフ美女は、その両手に水と食糧を得るや、凄まじい勢いで喉を潤し、空きっ腹だった胃の中を
満たし始めた。
「おいおい、喉詰めるんじゃあないぞ」
内心呆れつつも、ゴルデンは必死に飲み食いするハーフエルフ美女の、まるで子供のような無邪気さを
残す姿に、微笑ましい印象を覚えた。
彼が見るところ、躾こそは行き届いているが、元気に野外で走りまわるタイプの娘なのだろう。
やっと一息ついたところで、ハーフエルフ美女は手を止め、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました・・・それに、見苦しいところをお見せして、大変失礼しました」
流暢な共通語を、どこか艶のある、しかしそれでいて凛とした声で、ハーフエルフ美女は謝礼した。
「わしは見ての通り、ドワーフのゴルデンっちゅうモンでな。アズバルチを拠点とする冒険者じゃが、
  ちっと事件があって、この辺をうろついておる。お前さんは?」
ゴルデンの問いかけに応じ、ハーフエルフ美女はエディスと名乗った。

エディスは、同じ森の奥深くに、精霊の魔力によって隠匿されているエルフの集落からやってきた、
とゴルデンに語った。
(もしかすると、テオとフォールスが向かった集落かのぅ)
思いつつも、ゴルデンは自身が現在調査に当たっている事件について、簡単な説明を加え、エディスの
反応を待った。
半ば予測していた事ではあったが、エディスはゴルデンの語る内容に強い興味を示した。
しかし、彼女の口からは、テオやフォールスに関する何事も語られない。
という事は、二人がエルフの集落に向かった事を知らないのか、或いは知っていても語る気が無いのか。
「ところであんたは、ここで何しとったんじゃ?」
思い切って、ゴルデンはエディスに聞いてみた。
このまま自分だけが一方的に喋っていても埒が明かないと考えたのだ。
エディスがどこまで喋るか、と内心構えていたゴルデンであったが、エディスは駆け引きするつもりは
毛頭無いのか、あっけらかんとした表情で答え始めた。
「実は、私の父が、同じような被害に遭ったのです」
沈痛な面持ちで語るエディスの言葉に、ゴルデンは彼女が、テオとフォールスが向かった集落に属する
ハーフエルフである事を、即座に悟った。
「決して良い父親ではありませんでしたが、それでも私にとっては、この世でたった一人の肉親でした」
彼女の話は、エルフの集落でオーランドがテオやフォールスに語った内容とほぼ同一であった。
「集落の皆はほとんどが知らん振りを決め込んでいます。だから私が、父の死の真相を調べなければ、
  そう思って、集落を飛び出してきたんです」
「ほう・・・しかし、確かオーランドという人物が、調査に当たっているという事では?」
「オリー兄さんが?」
エディスは、この時初めてその情報を耳にしたと言わんばかりの、心底驚いた表情を浮かべた。
その直後、今度はいささか恥ずかしげにその美貌を伏せた。
余所者のゴルデンが知っていて、同じ集落に住む自分が知らなかったなど、決して自慢出来るような
事ではないだろう。
増してやゴルデンは、集落の結界に阻まれて、足を踏み入れる事すら出来ない始末なのである。
たったそれだけの仕草だったが、エディスは男心をくすぐる奇妙な色気を全身から醸し出している。
もし相手が性欲にはほとんど無頓着なゴルデンではなかったら、その場で襲われても不思議ではない。
「わしの仲間二人が、おたくの集落に案内されとるんじゃが、わしはどうも道に迷うてしもうてなぁ。
  もし良かったら、湖で調査を続けているリグっちゅうチビと一緒に、仲間と合流させてくれんか?」
エディスはゴルデンの要求に応じ、太陽のような明るい笑みで小さく頷いた。

テオとルーシャオ、そしてエルフ数名の小部隊は、一息入れてから、再度行動を開始しようとしていた。
ここで発生した事態について、集落に報告を入れなければならない為、二人のエルフ戦士が引き返し、
残る面々はゴブリン集団を追跡するという運びになっていたのだが、しかしその前に、やる事がある。
「あんまり気は進まないけど・・・」
などと呟きながら、テオは再度、オルール川の川岸に立った。
異常に攻撃的なミズカマスの集団は、まだ水中に潜んでいるかも知れないが、しかしどうしても一点、
確認せねばならない事がある。
「もしもの時は援護を頼みます」
テオの言葉に頷き返したのは、この場でエルフ達を纏めているリーダーらしき女性であった。
彼女が、テオとルーシャオの負った傷を、その神秘の精霊力で治癒せしめてくれた人物でもある。
名はナターリアというらしい。
見た目は、人間女性で言えば30歳前後、丁度白峰亭のメメルとほとんど同い年ぐらいに見えるのだが、
年齢はゆうに200を越えているらしい。
オーランド同様、若い頃は冒険者として人間社会に身をおいていた経験があり、矢張り他のエルフとは
一味も二味も異なり、テオやフォールス、或いはルーシャオといった面々に対し、気さくに接してくれる
数少ないエルフの一人でもあった。
さて、テオが確認しようとしているのは、オルール川中に没したゴブリンの死骸であった。
本当にミズカマスが犯人で、絶命後、全身を食い荒らされているのかどうかを見ておく必要がある。
この中で、水に浮くゴブリンの死骸を川岸に引き寄せる事が出来るのは、長棍を携えるテオだけであった。
テオは慎重に川岸近くまで歩を進めると、いささか及び腰になりながらも、丁度、長棍の先が届く範囲に
浮いているゴブリンの死骸を、器用に手繰り寄せ始めた。
しばし、緊張の時間が続いた。
いきなりミズカマスが飛び出してきたらどうしよう、などとルーシャオは内心どきどきしていたものだが、
結局、これといった襲撃もなく、テオはゴブリンの死骸を一つ、川岸に引き揚げる事に成功した。
「これは・・・」
テオのみならず、その場の全員が、渋面を作った。
ゴブリンは、確かに絶命している。
しかし、その全身が立錐の余地も無い程の徹底さで食い荒らされているかと言えば、そうでもなかった。
ミズカマスの群れは、獰猛に食い荒らした事は間違いないのだろうが、しかし、全身の皮膚や筋肉を、
まるで原形をとどめないほどにまで食い荒らした訳でもなかった。
少なくとも、テオが今、こうして引き揚げたゴブリンの死骸は、無残に食い荒らされてはいるが、普通に、
その正体が一目で認識出来る程度の損傷で済んでいるのである。

「結局、振り出しか」
いささか気落ちしたような声の様子で、テオが苦しげに一言搾り出した。
ミズカマスが脅威である事は間違いないだろうが、しかし、事件の真相に迫る存在ではなかった。
と、その時までは誰もがそう思っていた。
引き揚げられたゴブリンの死骸から、そのように判断されてもおかしくはなかった。
ところが、この時更に、一同の想像を上回る事態が発生した。
「ちょっと、これ・・・皆さん、見てください!」
ルーシャオが驚愕の表情で、全員の注意を再び、ゴブリンの死骸に引き戻した。
何かがおかしい。
ゴブリンの死骸が、小刻みに、僅かな震えを見せているのである。
よくよく注意して凝視しなければ、見落としてしまいそうになるほどの細やかな動きではあったが、
しかし、異変はそれだけではなかった。
ナターリアが、その秀麗な細面を、更に困惑させて、
「妙だ・・・そのゴブリンは確かに死んでいる。なのに、何故生命の精霊力が感知されるのか」
優秀な精霊使いであるナターリアが、よもや精霊感知を誤る筈もない。
では、実際にこのゴブリンの死骸から、生命の精霊力が発散されていると考えるべきだろうか。
しかし誰が見ても、この死骸には生きていると思しき兆候は何一つ見られない。
そして、最も大きな異変が、全員の目の前で生じた。
突如、ゴブリンの死骸の体表が、次々に内側から弾け、生臭い異臭を放ちながら、細胞崩壊とも
言うべき破壊が始まったのである。
「なんだかよく分からないけど、とにかく離れよう!」
テオが叫ぶ少し前から、全員が数歩退き、ゴブリンの死骸と距離を置き始めていた。
ぼしゅうう、というガスか何かの気体が空気中に弾けて霧散するような音をたてて、ゴブリンの
死骸は全体表、全筋肉組織に至って、細胞が次々と崩壊し、やがて、イブレムス湖岸でテオ達が
オーランドの足元に見た、あの無残な肉の塊へと変貌していった。
その間に要した時間は、僅か一分にも満たない。
崩壊が落ち着いたと思われる頃合になっても、誰一人として、ゴブリンの死骸に近づこうとする
つわものは居なかった。
「振り出し、ではなかったですね。でも、むしろ謎はますます深まったというべきでしょうか」
ルーシャオが見つめる、かつてゴブリンの死骸だったその肉塊は、ぱっと見は、全体表を無残に
食い荒らされたかのような様相を呈していた。

ゴブリンの死骸に生じた異変を見届け、シャーマン種率いる生き残りゴブリンの追跡に入った
テオ達一行は、逃走先であると思われるイブレムス湖方面へと足を急がせた。
森を抜け、湖岸前の開けた草原に出たところで、思わぬ場面に遭遇した。
ゴルデンとリグ、そしてハーフエルフ美女の三人が、シャーマン種率いるゴブリン集団と、熾烈な
接近戦を展開していたのだ。
「あ、丁度良いところに!」
リグが一瞬、歓喜の笑みを浮かべた。
多少息が切れてはいるものの、まだゴブリンどもの攻撃を捌き切るだけの余裕は残している。
「エディス!?」
「ナターリア姉さん!」
エルフの女性リーダーと、美貌のハーフエルフ娘は、互いの存在を確認し合う際に、それぞれの瞳に、
安堵の色を浮かべていた。
オーランド同様、ナターリアもまた、エディスの身を案じていたかのように思われる。
とにかく、今は戦闘の真っ最中である。
テオとナターリア以下エルフ数名の戦闘集団は、シャーマン種率いるゴブリン集団の背後を突く形で、
ゴルデン達の加勢に入った。
勝負は、驚く程呆気なく片付いた。
ドワーフやグラスランナー、果てはハーフエルフ娘といった、見るからに戦力不足が否めないような
連中が相手なら、ゴブリンどもはかさにかかったような勢いで一気に攻め立ててきたのだが、しかし、
森の聖者エルフの一部隊が背後を突いてきたとなると、最早形勢は完全に逆転した。
戦意を失ったゴブリンどもは、我先にと武器を捨て、次々に逃走を開始したのだが、シャーマン種の
ゴブリンだけは、ナターリアが捕獲を最優先に考えて動いた為、その場に取り残されるような形に
なってしまった。
さすがに、経験豊富な精霊使い達が集団戦を仕掛けると、強いなどという表現ですら生ぬるい。
シャーマン種のゴブリンは最初に発声能力を封じられ、更に全身を様々な精霊法術によって戒められ、
身動き出来ない状態で捕縛されてしまった。
接近戦に入ったテオは他のゴブリンどもを追い散らすだけであったが、それだけでも結構な労力を
強いられたというのに、精霊使い達のこの鮮やかな戦い方は、彼に強い衝撃を与えた。
(これが戦術ってものか・・・)
ただ無我夢中に棒術を操る自分とは、明らかに一つ上のレベルで差をつけられてしまっているような、
そんな劣等感を感じずにはいられなかった。

ナターリアとエディスがお互いの無事を確認して喜び合っている傍らで、他のエルフ達は、二人の
そんな邂逅を、どこか冷ややかな目線と態度で、横目に眺めている。
一方で、テオとルーシャオも、ゴルデンとリグとの合流を無事に果たした事で、一定の安堵を覚えた。
この場で、彼ら冒険者達は即座に、それぞれがこれまでに得ている情報を、簡潔且つ手早くお互いに
伝え合う即席のミーティングを持った。
立ち話と言えばそれまでだが、今回に限って言えば、その意味は極めて重要である。
冒険者達はお互いが知り得た情報を交換し合った後で、今現在、進行している事態が、恐ろしく異常で
抜き差しならない内容である事を、この時ようやく認識した。
リグの受けている負傷に気づいたナターリアが、生命の精霊力に語りかけてその傷を癒してくれたが、
実際にこの傷を受けたのはもう随分前で、しかも与えたのはゴブリンではなくミズカマスに過ぎない。
「さて、このゴブリンをどうするか、だが」
部下達が縛り上げたシャーマン種のゴブリンを、射るような鋭い目つきで睨み据えるナターリアだが、
今すぐに始末してしまおうという意図はなさそうであった。
「とにかく、発声能力だけは戻してやろうよ」
リグの言う事も尤もである。
周囲は全てエルフや冒険者に固められている上、身動きも出来ないのだから、今更このゴブリンも、
無駄な悪あがきはしないだろう、というのが彼の意見であった。
ナターリアもこれには同意し、風の精霊に語りかけ、シャーマン種の口元から無音の空気壁を一瞬で
取り払った。
「こっちの言ってる事は理解出来るか?」
テオが下生え上に横たわるシャーマン種の傍らにしゃがみ込みながら聞くと、
「大丈夫、大丈夫、俺、頭、良い」
と、意外にもはっきりと聞き取れる共通語で返してきた。
一同の顔を一旦見上げる格好で見回したテオは、更に言葉を重ねてシャーマン種に問いかけた。
「見境無く襲い掛かってきた目的は何だ?」
「マルタ、連れて来い、言われた。連れて来なければ、俺達、マルタ、なる。魚、使って、俺達、
  殺される。マルタ、なりたくない。サイキン、怖い」
小首をひねりながらテオは立ち上がった。どうも言ってる意味が、よく分からない。
しかし少なくとも、このシャーマン種を含むゴブリンどもは、何者かの指示か脅しに従って、近辺の
人や妖精達を襲っている事だけは分かった。
では、その指示者は何者で、今、どこに居るのだろうか。

エルフの集落では、フォールスとオリーが、ナターリアの部下がもたらした情報を受けて、更に、
現場を徹底的に調査する運びとなった。
二人はまず、木組みの浴槽を引っくり返し、溜まっている水を全て捨ててしまおうと考えたのだ。
「気をつけろ、何が入っているか、分かったものじゃないからな」
オーランドの忠告に静かに頷きつつも、フォールスは内心、まだ思考の整理がついていない。
(こんな馬鹿でかい魚の群れが、一体今まで、どこに潜んでたんだ?まさか、全部が全部、この
  狭い浴槽の中に潜んでたっていうのか?幾らなんでも、それは無理があるぞ)
半ば混乱していると言っても良い。
理論派のフォールスをして、ここまで考えをまとめさせない事態というのも、ちょっと珍しいだろう。
とにかく二人は別の大きな桶を複数用意して、浴槽を斜めに持ち上げつつ、全ての水を別の桶に、
何度も分けて移していった。
結局、水の中には排除されたミズカマスの死骸以外の生物は潜んでいなかったが、しかし、全く別の、
思わず二人が顔をしかめるようなものが残されていた。
「これは・・・卵か?」
「こっちには、死んだ稚魚のようなものも居るな」
それぞれ、桶に移された水を手分けしてくまなく調べていくうちに、魚の卵と思しき物体が幾つも
散乱していたり、ミズカマスの稚魚とも思われる小魚の死骸を多数発見した。
「ちょっと待てよ・・・幾らなんでも馬鹿馬鹿しい発想だとは思うが・・・」
フォールスはそう前置きして、しかし、それ以外結論づけられないような内容の推論を、無理を
承知で口にした。
「最初、被害者は卵か稚魚の状態のミズカマスを小屋の浴槽内に、知らず知らずのうちに汲み込んだ。
  その後、考えづらい話だが、稚魚達は急に成長し、ミズカマスとなって被害者を襲った。事件後、
  更に数が増えた稚魚はそのまま成長したが、やがて酸欠と食糧不足で、全滅した」
「確かに、普通に考えれば馬鹿馬鹿しい事この上ない発想だが・・・しかし、他にすっきり説明出来る
  推論は出てこないな」
オーランドも、釈然としない表情で、同じような顔を作っているフォールスに頷きかけた。
僅か数日のうちに稚魚から、一メートルを越える巨大な獰猛肉食魚へと成長するなど、自然界には
まず有り得ない話である。
「だが・・・自然界にそもそも存在しない魚だったとしたら?」
つまり、人工的に作られた魔法生物、という事であれば、どうであろう。
ミズカマスをベースに、何者かが、何らかの意図で作り上げた特別種であるとするなら、考えられない
話ではないだろう。
尤も、それだけの技術力を有する魔術師など、そうそう居るものではないが。


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