戻る | TRPGのTOP | 次へ


結局、オーランドとテオの二人が、ナターリアとルーシャオの後を追う事になった。
厳密に言えば、リグもエルフの集落には向かわず、同目的で引き返すという行動を取ったのだが、彼は、
オーランドとは同伴せず、彼が見かけたという謎の迷彩集団が通った経路へと足を向けた。
もし敵が引き返してきたならば、そこで待ち伏せが可能であるという判断だったのだが、結論から言えば、
詳細は後に述べるが、これはあてが外れた事になる。
謎の迷彩集団は、もと来た経路を通らず、別ルートで移動を再開したのだ。
さてオーランドとテオだが、先にシャーマン種を放置してきた場所へ引き返すに当たり、通ってきた道を
そのまま逆送するのではなく、僅かに経路をずらし、もと来た道と並行する別の獣道を取る事にした。
もし、例の集団が追跡してきているのであれば、真正面から鉢合わせする事になる。
それを避ける為に、敢えて逆行路をずらしたのだ。
もちろんこれはテオの発案ではない。
森での行動に誰よりも長けているオーランドが、この緊迫した状況の中でただ一人、怜悧な頭脳を働かせ、
ほとんど咄嗟と言っても良い瞬間の判断を下したのである。
こういった辺り、矢張りテオの経験などはまだまだ及ばない感が垣間見えた。
陽はまだ高いのだが、相変わらず鬱蒼と茂る樹々に陽光が阻まれ、薄暗い空気が全体を支配している。
標高が高いせいか、ひんやりと冷たい風が、静かにテオの頬を撫でた。
「オリーさん、あれ・・・」
物音に気づいたテオが、その方向を静かに指差した。
当然オーランドも、早くから気づいている。
先に、テオ達が通過したもとの獣道で、堅い何かがぶつかり合うような音が響いてきている。
「何かが、連中の足止めをしているようだ・・・あれは、古代語魔法で作り出した樫の木の魔法人形か」
エルフだというのに、古代語魔法の知識にも通じているというのは、生半な頭脳ではない。
テオはオーランドの様々な知識や技量を見せ付けられるにつれ、自分の未熟さがついぞ恥ずかしく思うと
同時に、奇妙な憧れのような念も同時に抱いた。
「古代語魔法って事は、ルーシャオが配置していったのかな」
「恐らくそうだろう」
物音が静まるまで、さほどの時間は要さなかった。
その間オーランドは瞼を僅かに伏せ、聴覚に全神経を集中させている様子を見せていた。
風の精霊に力を借りて現場の音を抽出し、状況を把握しようとしているようだった。
「矢張り樫の木の魔法人形程度では、足止めにもならなかったようだ。しかも拙い事に、連中はどうやら、
  我が集落への経路を特定してしまったようだ。後は、精霊の結界が連中を阻んでくれる事を信じよう」

オーランドとテオが、シャーマン種を放置した樹間の広場へ到着した時には、そこには全く気配らしい
気配は何一つ残されていなかった。
既に、シャーマン種もナターリアも、迷彩集団に連れ去られてしまったのだろうか?
「おい、ルーシャオ・・・いないのか?」
周囲を警戒しながら、テオは声を低く落として呼びかけた。
しかし、反応は無い。
頭上には陽光を遮る樹々の枝葉は比較的少ない為、この辺一帯は同じ森の中とはいっても、相当に明るい。
もしルーシャオがどこかに隠れているとしても、あちらからは、オーランドとテオの姿がはっきりと
見て取れる筈であった。
なのに、テオの呼びかけに反応が無いという事は、ルーシャオもナターリアも、既にこの場には居ない、
と判断するべきであろうか。
念の為に、オーランドが生命の精霊力を感知すべく、精神を集中させて棒立ちになった。
「いや・・・そこに誰か居る」
オーランドが指差した茂みの裏側に、テオはほとんど獣のような素早い所作で飛び込んだ。
見ると、そこにはだらしなく仰臥しているルーシャオの姿があった。
口元は力が抜けたようにだらんと開け放たれ、涎が垂れ流しになって、下生えを濡らしている。
しかし瞳には意思の光が篭もっていた。
「おい、一体何やってるんだ?」
内心むかっと腹を立てたテオだが、しかしオーランドは、ルーシャオの肉体に異変が発生している事を
いちはやく見抜いた。
「待て、様子が変だ・・・何かされたのか?」
オーランドの問いかけに、ルーシャオは頷く事も出来ず、ただ瞳を上下に揺らして、肯定の意思表示を
見せるのが精一杯であったが、しかしオーランドはルーシャオの意図を精確に読み取った。
さすがにルーシャオの様子があまりにおかしいという事は、この期に及んでテオもようやく理解し始めた。
「しまったな。エディスを連れてくるべきだった。我々だけではどうにもならんぞ、これは」
ナターリアの姿が見えない以上、生命の精霊に語りかけ、肉体の異常を消し去る術を持っているのは、
この局面では既にエディスのみだった。
危険が大きいという事で、オーランドはエディスも集落へと向かわせたのだが、その判断が裏目となった
格好である。
「自分が背負います」
オーランドの優秀な精霊使いとしての技量を封じる訳にはいかない。
テオは自らそう切り出し、ルーシャオをその広い背中へと担ぎ上げた。

エルフ精霊戦士、そしてエディスといった集落の住人達に率いられる格好で、ドワーフというかつてない
珍客が集落に姿を現すと、さすがに好奇心を抑え切れなかったのか、幾つもの顔が、樹上の居住空間から
大地に向けて視線を降り注がせてきた。
既にフォールスは一度足を踏み入れている為、最早誰からも注目されない。
そもそも人間に対しては全くと言って良い程に無関心を貫くのが、この集落のエルフ達の基本姿勢らしい。
しかしながら、ドワーフに対しては、あからさまに奇異の目を向けていた。
同じ妖精族ではあるが、一方は樹間の大自然に起居し、一方は漆黒の闇に閉ざされた地底を拠点とする
種族であるという事実に、ほとんどのエルフ達が違和感を覚えずには居られなかった。
「何とも妙な具合じゃなぁ」
ゴルデンは分厚い皮膚の赤ら顔を苦笑に歪めて、エディスの形の良い尻を眼前に眺めながら、のそのそと
集落の中を歩いてゆく。
「わしらは当分、ここで皆の帰りを待つだけになるんかのぅ」
「・・・他にやる事が無ければ、そうなるな」
いささか不機嫌そうに応じたフォールスだったが、彼はもう少し、非難や罵声を浴びせられるかと覚悟を
決めていたものの、全くそれらしい反応が無かった為、内心拍子抜けしているのが正直なところである。
後で知った事なのだが、ナターリアの件に関しては、一切集落の住民には知らせるな、という命令が、
オーランドから下されていたのである。
帰還したエルフ精霊戦士達は、いささか不服ではあったものの、オーランドの命令は彼らにとっては
絶対である為、従わざるを得なかったのだ。
ただ、ロドーリル関南軍と思しき集団が、彼らエルフ達の版図であるこの森の中で、狼藉を働く意思を
持っているという情報だけは既に流されており、集落全体に、以前とは明らかに異なる緊張感が漂い、
神秘的且つ幻想的な集落の風景には、どこか不釣合いなぴりぴりした空気が張り詰められていた。
フォールス、ゴルデン、そして何故かエディスまでもが、外部からの来客に応じる為に設えられた
石舞台状の待合場へと通された。
エルフ精霊戦士の説明によれば、ひとまず族長及び年長のエルフ達の間で話し合いが持たれ、その間、
結論が出るまでは、ここで待機するようにと言い含められたのだ。
「お前さん、すっかり余所者扱いじゃなぁ」
「えぇまぁ・・・住んでる時から、もうずっとこんな感じです」
エディスの口ぶりは、まるで集落を捨てて飛び出したかのような表現であった。
事実、彼女の中では既に、この集落は過去のものとなっているのだろう。
恐らくエディスは、エルフである父親が死を遂げた時点で、人間社会へと生活の場を移す事を、前々から
考えていたのではなかったか。
しかし、その父親の死があまりに異常だった為、原因だけは究明しておきたかったのだろう。

先に述べたように、リグはテオ、オーランドとは別方面へと足を向けた。
フォールスとオーランドが集落を出て移動していた際に、謎の迷彩集団を見かけたという位置で潜伏し、
息を殺して張り込んでおけば、何か収穫があるかも知れないと考えての行動であった。
ナターリアの身の安全を確保する、という点では、この行動は全くの不発に終わった。
しかしその代わりと言っては何だが、リグは思いもよらない現場を目撃する事になった。
(うわ・・・何だよ、あれ!)
身を隠す為に登った樹上の枝で、思わず声をあげそうになり、慌てて両手で自身の口を押さえた。
リグは、奇妙な集団が、眼下の獣道を、列を成して静かに行進してゆく光景を目にしたのだ。
全員オーランドとフォールスが説明したのと、ほぼ同等の迷彩衣装に身を包み、矢張り、筒状の妙な
装備を肩に担いでいる。
しかしリグの目を引いたのは、彼らが手にしている物体であった。
中央辺りの数名が、ガラス製の壺のようなものを携えていたのだが、その中身は、思わず目を疑いたく
なるようなものがぎっしりと詰まっていたのである。
(あれ・・・蚤、だよな?)
恐らく何十万匹という膨大な数の小さな生命が、ガラス製の壺の中に、これでもかと言わんばかりに、
ぎゅうぎゅうに押し込まれていたのである。
グラスランナーは人間とは比べ物にならない程に優秀な視力を誇る。
ガラス製の壺の中身が蚤だと分かったのは、リグの視力の秀逸さを物語っている。
一段の迷彩衣装どもは、矢張り樹々や下生えの間を、音も無く、それでいて足早に通り過ぎてゆく。
その行先に、リグは一抹の不安を覚えた。
(あいつら・・・アズバルチに向かってるんじゃないのか?)
確証は持てなかったが、何となくそんな気がした。
蚤を大量に抱えて何をしようとしているのかは、全く想像も出来なかったが、彼の背筋に何か冷たい
悪寒のようなものが走った。
ここでリグは、ゴルデンが語った関南軍の存在と、その目的について思い出した。
ロドーリルは宿敵プリシスを通り越して、オランやグロザムル山脈周辺に、侵略作戦を進めようと
しているという事であった。
もし、今リグが目撃した連中が関南軍の一味であるとすれば、きっと何か良からぬ企てを持って
行動しているに違いない。
問題は、ここでリグがあの蚤を携えた連中を追うかどうか、であった。

ルーシャオの全身筋肉弛緩が回復するまでに、ゆうに三十分は要した。
その間オーランドとテオは、ナターリアの行方を求めて周辺数キロを四方八方走り回って捜索したが、
遂に彼女の姿を発見する事は出来なかった。
しかしその途中、あの迷彩衣装連中のものと思しき足跡が、湖岸方面に延びていた形跡があった。
「ナターリアもシャーマン種も、イブレムス湖上を水路で連れ去られた可能性が高くなってきたな」
「そ・・・そんな・・・!」
オーランドの苦々しげな表情に、テオではなく、ようやく口が利ける程度にまで回復したルーシャオが、
悲痛な叫びにも似た声を静かに漏らした。
もしそれが事実であれば、ナターリアは事実上、敵の手に落ちた事になるだろう。
何しろ、水上移動はミズカマスの群れにより阻まれているのである。
そうなれば陸路ナターリアを追う事になるのだが、東側の湖岸までは、馬を走らせても相当時間を要する。
ナターリアは、マルタになったと考えて良い。
一方で、集落へと迫る迷彩衣装連中の存在も気がかりであった。
オーランド達のそんな不安を嘲笑うかのように、集落では静かに異変が進行していた。
「・・・ちょっと幾らなんでも、遅過ぎますね・・・」
集落のはずれに当たる石舞台の待合場で、エディスが秀麗な形の眉を僅かにひそめた。
もうかれこれ、小一時間程度は経過している。
その間、集落のエルフの誰一人として、姿を現さないのは、異常と言えば異常であろう。
「心なしか・・・気配というか、雰囲気が静か過ぎないかの?」
ゴルデンですら、あまりにも静か過ぎる集落の空気に、何か別の異変を感じてならなかった。
それまで、この場で精霊の力を使うのはエルフ達に失礼に当たるという観点から、敢えて風の精霊による
音声伝達を封じていたフォールスだったが、彼自身、何か胸騒ぎを感じたのだろう、ようやくこの段に
至って、風の精霊に命じて、集落内の音を自身の耳元まで届けさせた。
瞬間、フォールスの日頃は無感情な面が、緊張に凍りついた。
「おい、何ぞあったんか?」
フォールスの様子の激変ぶりに、ゴルデンは思わず語気を強めた。
いささか呆然と、低い石舞台上で佇むフォールスは、しかしすぐに表情を改め、ゴルデンとエディスに
向き直り、戦慄の一言を放った。
「集落が制圧された。詳しい状況は分からんが、エルフ達は全員、身柄を拘束されたらしい」
エディスの桜色の柔らかな唇から、小さな悲鳴が漏れた。
傍らのゴルデンは、別の疑念にとらわれている。
敵は、一体どうやってエルフ集落の結界を突破してきたのか?


戻る | TRPGのTOP | 次へ

inserted by FC2 system