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グロザムル山脈西南部に位置する湖畔の山岳小都市アズバルチは、代々の支配者であるソルドバス家の
当主失踪及び長女死亡という非常事態を受け、行政面に於いて混乱の極みに陥っている。
否、行政だけではない。
アズバルチ経済の中核を担うアズバルチ商工会議所の重鎮であったアスティーナ・トランティニアンの
事実上の引退によって、その経済機能のおよそ四割近くが麻痺し、都市としての商業活動が、ほとんど
破綻をきたす事態にまで至ろうとしていた。
街を守る官憲隊は半数近くにまで削減され、都市の防衛機能は著しく低下したと言って良い。
行政不安、経済混乱、そして防衛機能衰退という三重苦が、市民生活に重大な危機をもたらしつつある。
美しい街並みと、パエンタ湖の清らかな水面からなるかつての観光都市としての面影はまるで見られない。
人々は、この激変した生活に不安と恐怖を募らせるばかりであった。
堅牢な建築物が多い為、ひとたび野盗や妖魔といった闇の勢力が侵入し、街のそこかしこにはびこれば、
これを除外するのはなかなか難しい。
が、皮肉な事に、アズバルチのこの荒廃ぶりは、逆に冒険者にとっては好都合であった。
本質的にアウトローであり、トラブルが飯の種に直結する彼らの生活基盤を考えれば、アズバルチの
混乱こそが、最も歓迎すべき事態であったと言うべきであろう。
パエンタ湖に注ぐ幾つかの清流のうちの一つオルール川の源流は、更に標高が上回る高地に位置している
イブレムス湖である事は、広く知られている。
アズバルチから徒歩で数時間程度の距離ではあるが、山道を進む為、また標高の高さによる酸素希薄もあり、
慣れた者でなければ、なかなか足を伸ばす事は腰が重たくなるだろう。
噂によれば、このイブレムス湖畔には多くの古代遺跡が点在すると言われているが、現実に確認されたのは、
ごく数える程度しかないらしい。
基本的にこのイブレムス湖は釣りの名所であるという認識がアズバルチ住民には強く、どちらかと言えば、
あまり冒険者が出向かない水辺であった。
が、状況が一変する事態が生じた。
オルール川の上流から、信じられないものがパエンタ湖に向かって流れてきた。
成人男性の遺体であった。
しかもその損傷は異常なまでに激しく、一見したところ、全身に無数の噛み千切られたような傷があり、
死因は恐らく、失血死か、全身を一切に噛み千切られた事によるショック死であろうと思われる。
過去に無かった変死体の登場で、アズバルチは一気に緊張の空気に包まれた。

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