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ブラード盗賊ギルド支部には、世話役兼教官係として、マルフィオ・ザンビディスという人間男性が
ほぼ一日中、裏通りの更に薄暗く陰気な場所に拠点を置くギルド構内に詰めている。
ザンビディスはまだ若く、現役盗賊としても十分活躍していける体力と技量を備える人物なのだが、
年少の見習い盗賊や駆け出し連中から、非常に信頼が厚く、何かと頼られる事が多い為、支部長から
じきじきに世話役兼教官係の任を命じられているとの事である。
当然ながら、リリーもこのザンビディス教官による訓練で得たものが多く、彼女にとってはまさしく、
恩師とも言うべき人物であった。
が、ザンビディス教官自身は、自分が面倒見の良い教官であるなどとは露とも思っていない。
それどころか、何故自分が世話役兼教官係などに任命されたのか、勤務数年を経ても、未だによく
理解していない節があった。
自他共に認める程に個性が強く、また盗賊らしからぬ性格もあって、どちらかと言えば、ギルドの
中でも浮いている存在だろうというのが、ザンビディス教官の自己評価であったが、しかし実際には
リリーをはじめ、数多くの若い盗賊達から恩師として慕われるだけではなく、老練のベテラン盗賊の
間でも、極めて評判が高い。
こういうのを、一種のカリスマと呼ぶべきなのだろう。
ギルド支部長が彼をこの任に就かせたのも、恐らくはザンビディス教官のそういった面を重視した
可能性も否定出来ない。
リリーは、今回の武術会参加者失踪事件に関し、シーボート退役提督のもとへ引き返す前に、まずは
盗賊ギルド支部に足を運び、ザンビディス教官から何かしらの情報を引き出そうと考えた。
ところでリリーは、警戒に警戒を重ねて、なるべく人通りの多い表街路を往くうちに、当ても無く
街中をうろついているテオとばったり出会った。
テオもまた、リリーと同様に、武術会参加者失踪事件について、何か手がかりになり得るような情報を
求めて彷徨っていたのだが、いかんせん、まだまだ余所者の匂いが強い彼の場合、ほとんど有力たりうる
情報源というものを、ここブラードには確立していない。
結果、そこかしこで立ち話に耳を傾けたり、噂話に興じる主婦達に割って入っては煙たがられるという
あまり芳しくない状況に終始しており、少なくともここまでの成果に関しては、無に等しい。
しかし何より、今回の事件に関しては憲兵隊から緘口令が敷かれているのが何より大きかった。
街の住民の大半は、失踪事件そのものを関知しておらず、その結果として、テオの耳にも重要な情報は
一切入ってこないという循環に陥っていた。
青鯛亭の親父は、武術会を共催した他の冒険者の店の経営者達が臨時に召集した会合に出払った為、
彼に話を聞く事もまだ出来ていない。
要するに、テオの情報収集活動は、僅か二時間程度で完全に手詰まり状態だったのである。

そんな矢先に、テオはリリーと再び出会う事になった。
最初の印象から、どうしても彼はリリーを何となく苦手な女性であると意識してしまうようになり、
挨拶を交わした後には、次の台詞が思い浮かばず、完全に黙り込んでしまうような有様であった。
丁度昼時であるという事もあり、リリーの方から昼食を一緒にどうか、と声をかけてきた際も、半ば
上の空に近いような表情で、曖昧な返事をもごもご口ごもっていた。
「提督閣下からの召集は午後のお茶の時間頃ですから、まだ時間はありますわ。さぁ美味しいものを
  頂きに参りましょ」
そう言って、リリーがテオの手を取り、半ば強引に連れ込んできたのは、いかがわしい裏通りである。
内心どこへ連れて行かれるのかと、相当ドキドキしていたテオであったが、果たしてリリーが彼を
引っ張ってきたのは、驚いた事に盗賊ギルド支部であった。
普通、盗賊ギルドと言えば、ギルドメンバーだけが踏み入る事を許される闇の領域であろう。
しかしリリーは白昼堂々、テオを裏通りの薄汚い建物地下に広がる盗賊ギルド支部構内へと連れ込み、
何食わぬ顔で、とある大部屋へと足を運んできたのである。
もうこうなってくると、テオは何をどうすれば良いのか分からず、一人でパニックに陥っていた。
大部屋の中には幾つもの長卓が並んでいるが、人気は無く、天井付近に並んでいる明り取りの窓から、
正午近くの眩しい陽光が、寂れた雰囲気の大部屋の中を寒々しく照らし出している。
リリーが目的とする人物が、この大部屋に居る。
壁際沿いの長卓の一角に、昼食と思われる料理を並べ、そのすぐ隣りの別の長卓には、積み上がった
書類の束と、大きな判子のようなものが無造作に放り出されていた。
そこに陣取る人物こそ、リリーが訪問しようとしていたザンビディス教官であった。
テオは、紹介される前から、その人物に若干の興味を抱いた。
やや長めの黒髪と、強烈な眼光を放つ黒い瞳。
そして、活力に満ちた長身の体躯には、どこか爽やかな清涼感すら覚える。
ザンビディス教官は、並べられた料理の皿の間に、小さな木組みの台を据え、そこに淡い光を放つ
水晶球を乗せているのだが、その水晶球に向かって、何やら怒鳴り声をあげている様子だった。
「おいティム、なんだこの請求書は!こんなもん決済に回せるか!」
『えぇー。良いじゃねぇかそれぐらい。経理のおばさん口説いてくれよ』
テオは僅かに驚きの念を禁じ得なかった。
水晶球から、別の若い男性の声が放たれ、大部屋のその一角で殷々と響いたのである。
これが噂に聞く、語りの水晶球なのだろうか。
しかし、以前テオが何かの文献で読んだ際には、この語りの水晶球を扱うには、魔術師或いは賢者の
能力が相当に必要だという話であった。

ザンビディス教官が語りの水晶球を通じて相手と会話を成立させているという事は、少なくとも彼は、
魔術師或いは賢者としての高い素養を持ち、長年の鍛錬を修了した実績があるという事に他ならない。
この時になってようやく、リリーはテオにザンビディス教官を紹介したのだが、まだこの時点では、
ザンビディス教官は語りの水晶球の向こう側の相手に、大声で怒鳴り散らしている。
「とぉぉにかくだ!少なくとも先月の接待費と交友費と玩具代・・・ん?なんだこの玩具代は?
  まぁいい。それから神殿寄付金とミシェルの生理用品?こんなもんまで経費に回すなこのど阿呆!
  後は他、適当に削れ!明日までに削れ!」
一気に早口にまくし立てる勢いに、語りの水晶球の向こう側の相手はさすがに閉口したらしく、渋々
従う意味の不満げな声を返すと、ザンビディス教官はさっさと水晶球の魔力を終了させてしまった。
それからようやく、リリーとテオの存在に気づいたらしく、木椅子に腰掛けたまま、妙に間延びした
表情で首だけをめぐらせた。
「ストラックか。そっちの色男は新しい彼氏か?あんまりとっかえひっかえ男ばっかりギルドに
  連れ込んでると、そのうち支部長がキレるから覚悟しろ」
「あのぅ教官・・・まるで人を尻軽女みたいに言うのやめて頂けません?事実無根で心外ですわ」
先ほどまでとは別人のように、恐ろしく冷静で無感動な口ぶりに変じたザンビディス教官だが、しかし
その台詞の内容は非常に際どい。
リリーでさえ、むっとした表情を作るような冗談とも本気とも取れないような一言を、しれっとした
顔で言ってのける辺り、相当したたかな人物なのかもしれない。
しかしながらテオの場合、自分がリリーの彼氏呼ばわりされた事の方が重大で、変なところで、再度
心臓がドキドキしてしまうという始末であった。
「ところで教官。わたし達、とてもとても空腹ですの。ご一緒して宜しいでしょうか?」
「同席は構わんが、これは全部おれのメシだ。欲しけりゃおばちゃんに言って作ってもらえ」
どうやらここブラード盗賊ギルド支部には、専任の調理担当が置かれているらしく、彼らが居る
この大部屋は、ギルドメンバー達の三食をまかなう大食堂らしかった。
リリーが隣接する厨房に、カウンター越しで軽い量の昼食をオーダーしている間、テオは目の前の、
端正な面持ちのザンビディスが、リリーに盗賊としての技術を教え込んだ人物であるという事実に、
何故か嫉妬心に近いような不思議な感情を抱いたのだが、その理由は自分でも分からない。
やがてリリーは、二人分の軽食をトレイに乗せて引き返してくると、ザンビディス教官は顔も向けず、
じっと手にした書類を凝視しながら、
「それで何の用だ?おまえが来る時と言ったら、何か教えてくださいしかなかろう」
「さすがよくご存知で・・・」
「よくご存知も何も、いつもそれしかないだろうが」

リリーは素直に、今回の一件に関してのおおよそのあらましを告げて、その調査に自分も乗り出す
運びになった旨を告げた。
相手は盗賊ギルドで世話役をも務める人物である。
情報通にして地獄耳の恩師に対し、隠し事など一切通用しない事を、リリーはよく心得ていた。
ザンビディス教官はと言うと、リリーの説明に耳だけを向ける一方で、右手で昼食を掴んでは口に
運び、左手で器用に書類の束をめくりながら、大きな判子で次々と押印していくという作業を続けた。
やがてリリーの説明が終わるか終わらないかというタイミングで、それまでただただじっとリリーの
絹のように繊細な声音に耳を傾けていただけのザンビディス教官が、彼女の言葉を半ば遮るようにして、
いきなり発言を開始した。
「この街の武術会は年に二回、春と秋に開催される事は知っての通りだ。開催者は街の冒険者の店の
  共催会合だが、憲兵隊も錬兵所を貸す関係で協賛している。当然裏では我がギルドも賭博対象として
  一枚噛んでいるが、それはお前も承知の筈だ。武術会自体の歴史は意外に古く、最初の開催は記録に
  残っている限りでは30年前だ。但し途中、断続的に開催と中止が相次いでいる事から、本格的に
  連年開催されるようになったのは10年ちょっと前辺りからだ。開催目的は冒険者の呼び込みだが、
  街の住民にエンターテイメントを提供し、また武術会を見物する為に他所からやってくる旅行者等が
  店や宿に落としていく銭も近年では非常に額が大きくなっている事から、経済効果を狙っての開催、
  というのが一番の目的だ。ここ数年に於ける武術会そのものには、問題点は一切見当たらないが、
  武術会後という時間的観点に目を向けると話は別だ。これはおまえも知らないだろうが、毎回の如く、
  必ず誰かが失踪している。尤も失踪時期はまちまちで、直後に居なくなる奴も居りゃしばらく時間を
  置いて消える奴も居る。共通点は全員男だが、それ以外は今のところ全くもって不明だ。ギルドでは
  参加者の名前素性はある程度掴んでいるが、プライバシー保護の為公開はしておりませんあしからず。
  誰が消えたか知りたけりゃてめぇの足でしっかり聞き込め横着すんな。あぁそれから退役提督はもう
  この辺の事情はかなり調べつくしてるらしいぞ。今朝問い合わせがあったからな。質問は項目毎に
  60字以内で簡潔に述べよ以上」
先ほど語りの水晶球に向けて、一気にまくし立てたように、今回も非常に早口で、それこそ怒涛の
如き勢いで喋りつくしたものだから、テオなどは全くついていけず、途中から頭痛を感じ始めるような
始末だった。
しかしリリーはさすがに師匠の性癖はよく理解しているらしく、彼が口を開き始めて以降は、全神経を
鼓膜に集中させ、一言一句聞き漏らす事無く、全てを丸暗記してしまった。
それから彼女はテオに振り向き、質問が無いかどうか促してみたが、しかしテオはまだ頭が回転しない。
「いや、えーと・・・実はまだ、全然整理出来てません」
我ながら、情けない反応しか出来ない自分にいささか嫌気がさしたものの、相手が悪過ぎた。

その頃、同様に武術会に関して調査を開始したルーシャオは、憲兵隊詰め所を訪問していた。
青鯛亭の老主人から何か情報を聞き出そうという発想はテオとも同じではあったが、前述のように、
現在は武術会共催の臨時会合に出払ってしまっている為、今すぐに話を聞き出すという事は出来ない。
仕方なく、会場を提供している憲兵隊での聞き込みから話を進めていこうと考えた彼だが、しかし
実際のところ、失踪事件に関しては貝のように口が堅く、多くを語りたがらないような印象を受けた。
尤も、憲兵隊員達の表情には、敵意の欠片も無く、むしろ喋りたくても喋る事が出来ないという、一種
申し訳なさそうな色さえうかがえた。
ただ、ここで得る事が出来た情報と言えば、過去の武術会の共催者は、ほとんど同じ顔ぶれで、大体が
その当時の冒険者の店の経営者達が会合を持って、開催の手筈を整えてきているのだという。
もちろん、各店の経営者が過去の全ての武術会に関わっているかと言えば、必ずしもそうではなく、
当然ながら経営者の代替わりや、店そのものが閉店したり、或いは新規に開店するなどして、時代に
よっては多少顔ぶれが異なる場合もあろうが、共催する冒険者の店の店名だけに着目してみると、
ほとんど変わらないというのが実情であった。
ちなみにブラードには冒険者の店が五件あり、地方都市としてはこの数は多い方であると言って良い。
(仕方ないなぁ、他の店を当たるかぁ)
やや意気消沈して詰め所を出たルーシャオは、その足で、青鯛亭と共に武術会を共催しているという
他の冒険者の店へと向かう事にした。
青鯛亭の老主人が臨時会合に向かった事を考えると、他の冒険者の店の主人達も同様に不在である
可能性が極めて高かったが、青鯛亭は老主人が一人で切り盛りしているのに対し、他の店に行けば、
或いは事情に詳しい店員や常連客などが居るかも知れない。
いささか希望的観測に近い思いではあったが、それでもルーシャオは、行かないよりはましだと自分に
言い聞かせつつ、憲兵隊詰め所から手近にあるところの冒険者の店を訪問する事にした。
が、その途中、彼は思わぬ方向から、思わぬ一言を浴びせかけられた。
「・・・にぃさん、あんた、コレッタの人さらいに関わろうとしているそうだね。悪いこたぁ言わん。
  やめときな・・・」
人通りの多い表街路の脇、裏通りへと通じる細い枝道から、陰気な表情を見せる初老の人間男性が、
不気味な薄ら笑いを浮かべて佇んでいた。
「あのぅ、何の事です?」
「武術会の事さ・・・コレッタの人さらいについて知ってる奴ぁ少ないが、知ってしまえば、絶対に
  関わろうとは思わんよ・・・まぁ、信じる信じないはあんたの勝手だがね」
薄汚い物乞いのような姿のその男性は、それだけ言い放つと、呆然と立ち尽くすルーシャオには、
それ以上見向きもせずに、裏通りへと消えていった。

ゴルデンとフォールス、そしてガルシアパーラの三人がシーボート退役提督邸を訪問した時には、
先にリリーが召集して回った他の武術会参加者達が、三々五々集まりだしていた頃合であった。
その大半が女性で占められている事に、ゴルデンとフォールスは内心、首を傾げるばかりである。
リリーが決勝に望まなかった為に、不戦勝で優勝賞金を獲得した駆け出しの若手冒険者は男性だった。
その若手冒険者の姿も、まだ見られない。
もしかすると、失踪者の一人となったのであろうか。
そんな事を漠然と思いながら、彼らは待合室として用意された一階大玄関脇の広間へと通され、そこで
ビュッフェ形式の昼食を供された。
さすがに退役提督の屋敷であるだけの事はあり、屋敷そのものの規模もさる事ながら、冒険者相手に
供する料理についても、一切の手抜きが無い。
事態をよく理解していない他の武術会参加者達は、何も考えずに出された料理に舌鼓を打ち、無邪気に
喜ぶ姿がそこかしこで見られた。
ガルシアパーラも、そんな能天気な連中の一人であった事は言うに及ばないだろう。
武術会に参加登録した冒険者は、男女ほぼ半々の数で合計18人。
リリーが既に退役提督邸への召集を告げたのは、青鯛亭での三人を含めて、現在のところ七人だから、
残り11人はまだ、連絡が届いていない事になる。
シーボート退役提督が、招集された冒険者達と面会して説明会を開く予定時刻は、今から約一時間後。
希望者が居れば、個別に面談する事も厭わないとの事だが、ほとんどの冒険者達は、ここブラードは
初めてという事もあり、相手が退役提督という言わば雲の上の存在でもあるといった事から、誰も
積極的に個別面談を希望しようとはしなかった。
以上のような状況から、結局のところ、今のこの時点では、単に美味い料理を楽しむ冒険者達が、
大広間に詰めているというだけの展開に留まっているのだが、しかし一部例外もあった。
ビジェイ・キンケードという名の巨漢冒険者だけは、妙にむっつりとした、重苦しい雰囲気を周囲に
ばら撒いており、誰も近寄ろうとはしない。
彼もまた、昨晩の武術会に参加登録だけはしていたのだが、急用の為に錬兵所へ向かう事が出来ず、
結局不戦敗となった輩である。
「あのキンケードっていう大男、聞けばここブラードの出身らしいぞ」
ガルシアパーラが他の女性冒険者達の間に混じって、料理片手に雑談を交わしてきたところ、そんな
情報が耳に飛び込んできたのだという。
「ブラード出身か・・・という事は、武術会についても比較的詳しい、という事になるのか?」
「ま、少なくともわしらよりはよう知っとるじゃろう」
フォールスとゴルデンの興味は、料理でも女性冒険者達でもなく、その無愛想な巨漢冒険者に対して
向けられつつあった。


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