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キンケードの容貌は、まず彫りが深く、顎が両側に張り出したいかつい面が特徴的であり、更に
赤毛の長髪を頭頂部から後頭部にかけてモヒカン状に延ばし、それ以外は見事に頭髪を剃り落とす
凶暴な面相が、彼の重戦車のような巨躯に実によく似合っている。
岩石のようなごつごつとした風貌に加え、全身を覆う筋肉の鎧は、巨人族のような頑健さを誇り、
肉体の至るところに見え隠れする無数の傷跡から、歴戦をくぐりぬけてきた人物であると見立てて
まず間違いないだろう。
シーボート退役提督邸の正面玄関脇大広間に集まる数名の女性冒険者達は、キンケードの迫力に
圧倒されているのか、誰も自ら好んで近づこうとはしない。
壁際に木椅子を寄せて腰を下ろし、手近のテーブルから拾い上げた骨付き鶏肉の焙り焼きを、黙々と
かじる姿には、確かに、誰も近寄ろうとはさせない孤高のオーラのような雰囲気が感じられる。
上腕部の腕周は、実にエディスの細いウエスト程の太さはあるだろう。
力自慢が多いドワーフでさえも、キンケードの豪腕にかなう者は、そうそう居ないかも知れない。
ゴルデンは、シーボート退役提督との個人面談に臨む為に退出していったフォールスと手分けする形で、
このキンケードと接触を図る腹を決めた。
しかしいざ声をかけてみようとすると、キンケードの獰猛な容貌と雰囲気に半ば押し返されるような
重圧に近い空気に、ゴルデンですらマイペースを崩さずに気軽に声をかける、というごく当たり前の
行為が、なかなか出来ない有様であった。
(ええぃ、何を躊躇っておるかぃ)
腹の底で自らを叱咤しつつ、ゴルデンは一息入れて、相手に失礼にならないよう、不必要な陽気さは
敢えて抑え、それでいて警戒させないように軽めの笑みを浮かべながら、キンケードの陣取るその
一角へと大股に歩いて近づいていった。
キンケードの方でも、自分に接触を図ろうとする物好きなドワーフの姿を、早くから視界の隅に捉え、
ある程度認識はしていたようだが、しかし決して自ら口を開こうとはせずに、じっと明後日の方向を
凝視したまま、黙々と骨付き鶏肉料理にかじりついている。
「同席して宜しいかの?」
ゴルデンの申し入れに、キンケードは軽く顎をしゃくって、手近の木椅子を示した。
勝手にしろ、という意味であろうか。
とにかく相手に受け入れられた以上は、ゴルデンも遠慮するつもりはなく、キンケードに指示された
木椅子をひきずってテーブル脇に寄せた。

キンケードからは、ゴルデンに声をかけようとはしない。
用があるなら聞き耳を傾けるものの、そうでなければ殊更に自分から話しかけるようなタイプでは
なさそうであった。
「お前さん、この街の出身だそうじゃないか。どうだね。昨晩の失踪事件やら、過去の武術会にて
  発生した事件なんぞで、何か知ってる事はないかね?」
必要以上にフレンドリーにはならないよう気を遣いながら、それでいて相手に失礼にならない程度に
笑みを絶やさず、言葉を選んで話しかけるゴルデンに、キンケードは仏頂面のまま目線だけを動かし、
相変わらず骨付き鶏料理を獰猛にかじっている。
「いや実を言えばじゃな、わし自身は昨晩の武術会には参加しておらなんだんじゃがの、わしの仲間が
  参加しておった関係から、こうして首を突っ込んでおる訳じゃ」
妙に息苦しい重圧を全身を感じたゴルデンは、聞かれてもいないような事まで口走り、何とかその場の
雰囲気を和らげようと苦心した。
(フォールスみたいな奴じゃな)
そのあまりの無愛想さに、ゴルデンは内心苦笑を禁じ得ないのだが、キンケードに関する情報一切が
まだ何も掴めていない彼としては、粘り強く且つ根気強く臨む以外に手立てが無い。
やがて、じっと黙って反応を待っていたドワーフ下級神官の根気に応じたかのように、キンケードは、
鶏肉を口元に運ぶ手を止めて、矢張り明後日の方角を眺めたまま、静かに、そして野太い声を、喉の
奥から搾り出した。
「コレッタのひとさらいについては聞いた事があるか?」
「ほ?コレッタのひとさらいとな?」
一瞬、キンケードが何を言い出したのか理解出来ない様子のゴルデンだったが、彼とてエレミアから
流れてきた経緯の持ち主であり、数秒考えた後、ようやくその意味を飲み込む事が出来た。
「確か、オラン国内の比較的大きな街などで聞かれる都市伝説のようなものじゃったかな?わしが
  聞いた限りでは、夜更かしする子供を寝かしつける為のおとぎ話だと理解しとるんじゃが」
「一般的にはその解釈で正しい」
キンケードが頷くように、コレッタのひとさらいとは、グロザムル山脈の裾野から西側方面、つまり
オランからエレミアといった地方に広く伝わるおとぎ話とも童話とも取れぬ都市伝説という解釈が
極一般的で、その内容は、男好きの魔女コレッタが、少年から青年辺りの年齢層の人間男性をさらう、
というものらしい。
但しコレッタの外観や出現条件などは地方によってまちまちで、ある街では深夜に現れる絶世の美女、
と表現するところもあれば、別の街では全身毛むくじゃらの獣のような姿で、日が暮れると裏通りを
夜な夜な徘徊する化け物のように言い伝えられているケースもあるらしい。

「しかし、それと今回の件にどんな関係があるんじゃい?」
ゴルデンが首を傾げるのも無理は無い。
確かに、一晩にして人が失踪し、多量の血痕以外は手がかりらしいものは何一つ残されていないという
点に着目すれば、魔女コレッタが恐ろしい魔力を駆使して連れ去ったのだ、と言えば、それはそれで、
ちょっとした恐怖感を煽るネタにでもなり得るだろう。
しかし今回は事が事である。
都市伝説に語られるおとぎ話に過ぎないような存在が、現実世界での事件を引き起こすなどとは、多少
乱暴な解釈ではないだろうか。
少なくともゴルデンがかつて耳にしたコレッタのひとさらいに関する寓話では、連れ去られた者達は、
失踪時には一切危害が加えられない筈だったのだ。
それが、多量の血痕を残すという実に残忍で生々しい痕跡が、全ての失踪現場に残されているという
現実を鑑みるに、おとぎ話を引き合いに出すのは幾らなんでも無理がありすぎるだろう。
まさかこんな強面の巨漢が、大人であれば笑い飛ばすようなおとぎ話を持ち出してくるとは、いささか
面食らった思いもしないでもなかったが、しかしキンケードは至って真面目であり、ふざけている節は
微塵も感じられなかった。
「コレッタという魔女はかつて実在した・・・否、今も実在すると言うべきか」
さすがにこうもはっきりと断言するキンケードの言葉を、ゴルデンは単なる迷信だと笑い飛ばす気には
なれなくなってきた。
もしかすると、ゴルデンの知らない何かを、このキンケードは知っているのだろうか。
「随分自信があるようじゃな・・・じゃああんたは、そのコレッタが、今回の失踪事件を引き起こして
  おると言い切るつもりかの?」
多少キンケードの気分を害するのもやむなしと考えた上で、ゴルデンは敢えて聞いてみた。
もしかすると怒り出すかも知れない、と内心冷や冷やしていた彼だが、意外にも、キンケードはむしろ
穏やかな口調で静かに応じてきた。
「お前は余所者だから知らんだろうが、そもそもコレッタの伝承はここブラードと隣のカゾフの二点が
  最初の発祥地だという事は、地元では有名な話だ。更に言えば、この二つの街におけるコレッタの
  ひとさらいに語られる内容では、連れ去られた者は例外なく全身の血液を抜き取られる、となっている。
  一つ面白い話をしてやろう。魔女コレッタは、かつて、この地方を荒らしまわった夢幻の妖異である、
  という説もある。つまり、俺達の住む世界とは全く異なる異界の魔物だという事さ」
これはなかなか、無視出来ない展開になってきた。
ゴルデンはいつしか、キンケードの無愛想な語り口調に引き込まれるように耳を傾け始めていた。
何より予想外だったのは、キンケードが意外に多弁な人物だったという事であろう。

ゴルデンは完全に料理に延ばす手を止めて、キンケードの表情の無い強面に更に問いかけてみた。
「その、夢幻の妖異とやらがこの地方を襲撃した事実はあるんかいな?」
「・・・ある。これは公式文書にも残されている、実際に起きた事件だからな。興味があるなら調べろ」
事件そのものは50年以上前に発生し、時の領主が中央政府に依頼し、可能な限りの兵力を呼び集めて、
何とかこの妖異を退けたという事件があったとの事である。
コレッタのひとさらいなるおとぎ話が作られ時期は、この事件の直後辺りだというのだ。
その時の妖異の外観というのが、全身毛むくじゃらの直立した巨大な獣のような姿で、頭の部分に一つ、
大きな目が開き、姿を見た人々を恐怖に震え上がらせたのだという。
なるほど、その姿形を聞く限りでは、コレッタのひとさらいに出てくる魔女コレッタの容姿に似ている、
と言えなくも無いだろう。
「その妖異は、一体どんな悪さをしたんじゃ?」
「さぁな。そこまでは俺も調べておらんからよく分からんが、俺を育てた連中の話を思い出す限りでは、
  今回起きた失踪事件と状況は似ている、とだけは言えるな」
ここまで話を聞いて、ゴルデンはふと疑問に思った。
シーボート退役提督は、このコレッタのひとさらいに関して、何か情報を握っているのだろうか?
その答えは、実際に個別面談に臨んでいるフォールスが、いち早くその答えを耳にしているかも知れない。
召集を受けた他の冒険者達(その大半は女性ばかり)とは異なり、フォールスだけは、退役提督との
事前の個別面談を希望し、その願い出が受け入れられ、年若いメイドに案内されて、別室へ足を運んだ。
長い廊下を連れられてフォールスが案内されたその部屋は、どうやら退役提督の私室とも言うべき書斎、
或いは寝室の機能も兼ね備えた一室であった。
南向きの窓から正午過ぎの陽射しが眩しく射し込んでいる中で、退役提督と思しき老齢の人物は、一際
大きな事務机に痩せっぽちの小柄な体躯を向き合わせていた。
どうやら先客が居たらしい。
その老人と、事務机を挟む形でもう一人、別の人影が豪奢なソファーに腰を下ろし、神妙な面持ちで
言葉を交わしている人物が居た。
「これは・・・お邪魔でしたか」
「あぁいや、構わんよ。そこにおかけなさいな」
部屋の主である老人に促されて、フォールスは事務机の斜め向かいに置かれた別のソファーに腰掛けた。
そこでようやく先客の容姿に視線を転ずる余裕が出来たのだが、この時初めてフォールスは、その人物の
平凡ならざる外観に、内心小さな驚きを覚えた。
エルフの男性であった。が、その体躯が信じられない程に頑健で、恐ろしく長身でもあったのだ。

「それではレイセント卿、お頼み申しましたぞ」
「確かに承りました、提督閣下。結果については二、三日中にギャリティ商会から届くよう手配します」
シーボート退役提督と思しき老齢の人物に会釈しつつ立ち上がった頑健な巨漢エルフは、踵を返す際に、
フォールスにも軽い会釈を送り、そのまま大股に部屋を渡って、室外へと辞した。
端正な面とは不釣合いな程の巨躯を誇るエルフ男性の後姿をいささか呆然と見送るフォールスに、老人は
苦笑交じりに、
「驚いたかね?エルフであれ程の体躯は、大陸中どこを探しても二人とはおらんだろうさ。見た目の通り、
  技量も超一流だがね・・・おっといかん、自己紹介を忘れとったわ。おれがシーボートさ」
見た目とは打って変わって、喋り口調や声には若々しさがあり、張りもある。
経歴同様、人柄も活発で衰えを知らないと言うべきだろうか。
真っ白に染まった髪を総髪にまとめ、身にまとう衣装も、退役提督というものものしい称号とは裏腹に、
極めて簡素で動き安そうな、軽い衣服だけにとどまっている。
まさしく、名より実を取るという性格を地でいっているような人物であった。
「おまえさんだけだよ、こうしておれに面談してやろうってな意気込みでやってきたのは。最近はなぁ、
  冒険者っつっても、どいつもこいつも口ばっかりでいけねぇ。若いんだから、もっとこう、勢いって
  言うのかねぇ、がつがつしたものを出しても良いと思うんだよ、おれは」
語る本人が一番がつがつしてるんだがね、などと自らにオチをつけて豪快に笑い飛ばす辺り、矢張りこの
シーボートという人物の懐の大きさや、人々に慕われる器の広さなどを、フォールスは肌で感じた。
相手が相手だけに、無礼講で話を進める訳にはいかない。
フォールスは通り一遍等の儀礼的な挨拶を手短に済ませると、早速話題に入った。
対するシーボート退役提督も細かいところは全くと言って良い程に気に留めない人物らしく、フォールスの
貴族に対する非礼とも言うべき態度には、一切関心が無い様子だった。
「先ほど、待合の大広間でざっと見てきた感じでは、呼び集められたのは女性の武術会参加者がほとんど、
  という印象でした。これはつまり、失踪したのが男性冒険者が多い、という事でしょうか?」
「多いも何も、消えたのはいずれもヤローばっかりって事さ」
ここでようやくシーボート退役提督は、リリーがザンビディス教官から聞き出した程度の情報を口にし始め、
少なくとも現在この邸宅に呼び集められている冒険者達の中では、フォールスが一番の事情通になった、
という事になる。
但し、コレッタのひとさらいに関しては何も口にしていない。
この点に限って言えば、キンケードの方が圧倒的に詳しい、という事になるのだろうか。
シーボート退役提督は中年以降にここブラードに移り住んできた事を考えると、年少の頃から、街の様々な
おとぎ話を聞いて育ったであろうキンケードの情報力には、一部で劣ると考えるべきだろう。

更にシーボート退役提督は、ここだけの話だが、と注釈をつけた上で言葉を続ける。
「この失踪事件、前々から武術会参加者の誰かが消えるっつう事で、おれも結構長い事調査してたんだが、
  どうやら一筋縄ではいきそうにないよ」
まずこれまでに失踪してきたのは全て、ブラード出身者以外、つまり武術会に参加した中でも余所者だけに
限られてきていたのが、今回に限って言えばそうとも言えない、というのである。
「過去の失踪者は揃いも揃って、ブラードを出た後で失踪してるのさ。だから武術会の共催会合も、その
  事実を全くと言って良い程に把握しちゃいねぇ。そらそうさ。街を出てどこへ旅していったのかすらも
  分からんような余所者のその後なんぞ、わざわざ追跡調査するもんかね」
尤も、ブラード盗賊ギルド支部だけは例外で、賭博対象として関与している以上、八百長試合などの不正が
無かったかどうかを監視する為に、武術会後の一定期間、全参加者を尾行しているのだという。
そして過去の失踪者は全て、盗賊ギルドから放たれた目の良い尾行者の監視をかいくぐって、いつの間にか
姿を消していたのだという。
もちろんただ姿を消しただけでは済まず、今回のように大量の血痕を残しての失踪だったらしい。
「この後の説明会ではね、ここで喋ったような細かい事には触れず、ただただ注意喚起するだけの内容に
  とどめるつもりさ。もしかすると、参加者の中に犯人が居るかも知れないからね」
これはつまり、シーボート退役提督は少なくとも、フォールスは犯人ではない、或いは容疑者としては
見ていないという事を宣言している事にもなる。
しかしそこはフォールスである。
このシーボート退役提督が、言外に相当なプレッシャーをかけてきている事も咄嗟に見抜いていた。
「なるほど・・・つまり、ここで個別に話を聞いた以上は、しっかり手を貸せ、という事ですね?」
「おらぁそこまでは言ってねぇさ・・・しかし報酬は弾むよ」
(この狸親父め)
内心、吐き捨てるとも苦笑するとも取れるような罵倒を眼前の好々爺然として笑う老人に浴びせながらも、
しかしその一方で、面白くなってきた、という妙に弾む気分も抑えられない。
矢張りそこは、フォールスとて一介の冒険者なのだろう。
扉がノックされ、年若いメイドの少女が、リリー、テオ、ルーシャオといった面々の来訪を告げた。
三人が到着するまでに、他の武術会参加者も邸に姿を現しており、これでほぼ全員揃った事になる。
この後、シーボート退役提督に従う形で説明会会場である大応接室に向かったフォールスは、退役提督が
先に語ったように、注意喚起程度の説明会しか開かなかった事で、いよいよ自身にプレッシャーが重く
のしかかってきている事実を実感した。
しかし退役提督は、フォールス一人で解決しろとは言っていない。
当然の事ながら、この後彼は、青鯛亭に引き返した後、仲間達と早速情報交換に臨んだ。


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