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シーボート退役提督邸での冒険者失踪事件に関する注意喚起の為の説明会が終わってから、冒険者達は
それぞれ思い思いの方向に足を伸ばした。
形式的にはフォールスだけが正式に調査依頼を受けた形になっているが、実際のところは、彼を含めた
冒険者グループ全員に仕事が与えられたと考えて良い。
但しリリーだけは微妙な立ち位置に居ると言うべきだろう。
厳密に言えば、彼女は今のところ、フリーの冒険者であり、誰とも組んでいないのである。
余所者であるテオやフォールスといった面々とは、昨日今日知り合ったばかりで、特にテオに関しては
自ら盗賊ギルド支部へと連れ込んだという経緯はあるものの、それも言ってしまえば事のついでであり、
殊更テオに対して、仲間意識というものはまだ芽生えていない。
彼女がここブラードで親しいのは、現状ではあくまでも地元の顔なじみや盗賊ギルド支部の面々である。
シーボート退役提督も、リリーの盗賊としての技量と、彼女自身の人柄や顔の広さを買って、今回の
調査の一端を任せているだけであり、フォールスらと共に行動せよ、とまでは言っていない。
要するに彼女とフォールス達は、同じ仕事を与えられた協力者ではあるが、仲間というには、まだ多少
間が開いている、といった関係であろう。
それでも、彼女はゴルデンがキンケードから聞き出したコレッタの人さらいに関しては、情報提供を
受ける事が出来たし、当面は仲間と同等の扱いでも問題は無さそうである。
彼女は早速、遅めの昼食後のお茶の時間を過ごしている老退役提督を訪ね、ブラード公立資料館での
閲覧許可証を発行してもらい、過去に生じた夢幻の妖異による襲撃事件を調査する事を考えた。
この時、実はゴルデンもリリーとタイミングを同じくしてシーボート退役提督を訪ねており、その席で、
彼がキンケードから聞き出した50年前の事件について語り、またコレッタの人さらいについても、
同様に話して聞かせていた。
「そのコレッタの人さらいについては、おれも多少、思うところがあって、ちょっと調べてはみたけど、
  50年前のそんな事件があった事なんざついぞ知らず、結局関係無ぇやと判断して、もうそのまんま
  打ち切ってしまったっけ」
ゴルデンとリリーを自室のソファーに並んで座らせ、自身は窓際に立って射し込む陽光を浴びながら、
記憶を手繰り寄せるような表情で、ゆったりとした口調でそんな意味の事を言った。
「恐れながら提督閣下、そもそも何故、今回の失踪事件に興味を持つようになられたのでしょうか?」
ふとリリーが、それまであまり気にした事も無かったような疑問点を、思いつきで口にしてみた。
確かに、妙と言えば妙である。
彼女は以前から、武術会で失踪者が出るよという予言を、シーボート退役提督から何度か聞いている。
つまりこの老人は、今回の一件をある程度予測していた事になるのだ。

「そう言えば、まだお前さんには話した事がなかったっけ」
シーボート提督は手近の椅子を引き寄せ、腰に負担がかからないようゆっくりとした動作で腰掛けた。
「丁度一年ほど前だったかなぁ。街の茶屋で、一人活きの良い若手の冒険者と知り合ってね。おれは、
  そいつの事が結構気に入ってたんだが、そいつは一年前の今頃に開催された武術会に参加してから、
  この街を出て他所に出向いていったんだよ。しばらくは、手紙やら何やらで色々冒険譚を聞かせて
  貰ってたんだが、ある日ぷっつり連絡が取れなくなってね」
ゴルデンは、シーボート退役提督程の人物が、ぶらりと街中に出かけ、茶屋に寄り道するという、妙に
庶民じみた行動を日頃からよく取っているという事の方に軽い驚きを覚えたが、しかしリリーの平然と
している様子を見るに、どうやら地元の間では、この老退役提督の徘徊癖は暗黙の了解のような形で、
誰にでも受け入れられているのだろうという事が察せられた。
リリーはと言うと、ゴルデンのそんな思いにもまるで気づいた風も見せず、黙って耳を傾けている。
「もちろんおれはすぐに、そいつの行方を調べてみたさ。そしたら驚くなかれ、そいつもまた、今回と
  全く同じような形跡を残して失踪してるっていうじゃないか。おれはどういう事かと思ってよ、早速
  盗賊ギルドの方に問い合わせをしてみたのさ。すると、武術会参加者の誰かが毎回必ず失踪しとる、
  なんてふざけた回答を返してきたもんだ。おれぁ、なんでそういう大事な話を持ってこなかったんだ、
  って叱ってやったよ」
それ以降、シーボート退役提督は武術会と失踪事件の関連を秘密裏に調査を進め始め、そして今回も、
誰かが消えるだろうという予測を立てていたのだという。
しかし彼にとって多少意外だったのは、驚くほどの速さで、これほど大勢の冒険者達が一斉に消えた、
というのは過去には無かった事だったらしい。
「調査の過程で、コレッタの人さらいに関する情報ももちろん掴んだんだけれども、さっきお前さんに
  50年前の事件について聞かされるまでは、さほど関係無かろう、なんて自分で勝手にうっちゃって
  しまってたんだよ。こりゃあ大きな失敗だったのぅ」
さほど深刻そうな表情は作らないものの、自らのミスはミスとして潔く認めるあたり、名誉を重んじる
立場の人物としては、いささか破天荒な性格であろうという事がうかがわれる。
名より実を取る人物であるという事が、この一点からもよく分かるだろう。
「そのキンケード君とも一度話した方が良いかも知れないのぅ。ともかくだ、閲覧許可証やら紹介状は、
  今ここで書いてあげるから、お前さん達はそっち方面をしっかり調べてみておくれ」
そんなこんなで、リリーとゴルデンは、目的を達する為の手段を得る事が出来た。
後は、実際に足をのばしてみない事には、どんな展開が待っているのか分からない。
リリーが貰ったのは公文書閲覧許可証という具体的なものであったが、ゴルデンが貰った紹介状は、
ブラードのめぼしい主要人物であれば誰にでも会えそうな、非常に効力の強い代物であった。
扱いを誤れば、大変な事になるだろう。

どこで何を聞き込もうかと考え込みながら青鯛亭に引き返してきたテオは、留守番を言いつけられ、
一人で暇を持て余していたエディスの不機嫌そうな顔に、酒場入り口で出迎えられた。
下着と見間違う程の薄着で酒場ほぼ中央のテーブルに陣取り、豊満な乳房を卓上に押し上げる格好で
頬杖をついているその姿は、如何に彼女の美貌を見慣れているテオとは言え、一瞬面食らってしまう
強烈なインパクトを与えた。
同じく青鯛亭に宿泊している他の冒険者達が、エディスのそんな妖艶とも言える様子に心惹かれて、
入れ替わり立ち代わりに軽い気持ちで声をかけてくるのだが、本人はその都度、半分目がすわった
不機嫌そのものの表情でうろんな視線を送ってくる為、エディスをナンパしようとしていた男達は、
ことごとくその威圧感に退けられてしまっていた。
そんな様子を、青鯛亭の老主人が、半ば苦笑混じりに眺めていた。
「エディス・・・何か嫌な事でもあったんですか?」
こういう方面では恐ろしく鈍感なテオが、半ば恐る恐るといった様子で、一部始終を見ていた筈の
老主人に、声を潜めて聞いてみた。
「いや、何も無いよ。無さ過ぎて暇を持て余し、一人で拗ねてるんだろうよ」
「ああ・・・なるほど」
自他共に認めるアウトドア派の彼女に、留守番を押し付けたのは失敗だったかな、などと今更ながら
後悔したテオだが、かと言って、ここで下手に彼女を無視しては、余計に機嫌を損ねてしまう。
嫌な役目ではあったが、エディスをなだめるのも仕事だと割り切って、テオは引きつった作り笑いを
浮かべながら同じテーブルに席を取った。
「いやぁ、ごめんごめん。別にほったらかしにしてた訳じゃないよ。ちゃんと仕事も貰ってきたし、
  これからエディスの本領発揮ってとこじゃないかな」
誰が聞いてもなだめ文句にしか聞こえない台詞であったが、しかしそんなあからさまなご機嫌取りの
対応にも目を輝かせて喜んでしまうエディスに、他の宿泊客である冒険者達は目を丸くする思いだった。
「やったぁ!お仕事なのね!冒険なのね!」
泣いたカラスが笑った、ではないが、この変貌の凄まじさには、テオ自身苦笑を禁じ得ない。
「・・・あれ?ところでガルシアパーラは?」
シーボート退役提督邸での説明会が終わると、早々に辞去して宿に戻ってきている筈の自称リーダーの
姿が見えない事に、テオは小首を傾げた。
昨晩の失踪事件があまりにも生々し過ぎた為、ガルシアパーラの如き小心者が一人で街中をうろうろ
歩き回る事など、ちょっと想像出来ない。
案の定、既に宿に帰っている、とエディスは答えたが、問題はその後であった。
「アルメリア、だったかな?なんか女の人の吟遊詩人さんの部屋に遊びに行ったよ」
名前や性別などはどうでも良かったが、吟遊詩人、というその一言に、テオは敏感に反応した。

青鯛亭の老主人の話によれば、今朝遅くにブラードに到着し、そのままここ青鯛亭に投宿したという
女性吟遊詩人が、アルメリア・ブランブルという相当な美人の人間女性なのだという。
オラン国内を中心に回っているらしく、一部の冒険者の店では既に顔なじみだという話であった。
ガルシアパーラが、アルメリアなる美人にどんな用事があったのか知れた事ではないが、少なくとも、
テオには彼女と会う理由がある。
(コレッタの人さらいについて、何か知っているかも知れない)
そう思った次の瞬間には、テオは二階への階段を急ぎ足で駆け登り、アルメリアが宿泊している室の
扉をノックしていた。
出てきたのは、何故か幸福絶頂のような浮揚感を見せるガルシアパーラであった。
衣服が微妙に乱れているのが多少気になったのだが、テオにはどうでも良い些細な事であった。
「アルメリアさんはご在室ですか?」
「あぁー、彼女なら居るよ・・・君も早速噂を聞きつけてきたんだな?彼女、最高だぜ。楽しめよ」
下卑た笑みに意味不明な台詞を加え、ガルシアパーラは矢張りどこかおぼつかない足元で階段を下り、
酒場へと向かった。
怪訝な表情を作ってその後姿を見送ってから、テオは遠慮がちに入室した。
そこで彼は、長身を硬直させ、その場で棒立ちになってしまった。
アルメリアと思われる美貌の人間女性が、下着姿のままベッド脇で長いブロンドの髪を結い上げている
最中だったのである。
若干上気した頬に、意味深な笑みを湛えてテオを出迎えるその姿は、娼館で客を出迎える娼婦のような
卑猥さを連想させた。
「どわっ・・・ししし失礼しました!」
「あら、何そんなに慌ててるの?どうぞゆっくりしてって」
テオとしては、すぐに視線を逸らし、急ぎ足で部屋を出て行くつもりだったが、何故か体が動かず、
その目は彼女のこぼれそうな乳房に釘付けになってしまった。
矢張り彼も若い男であり、女性の色気にはまだまだ勝てない部分がある、という事か。
「今日は到着早々よく稼げるわ・・・あ、さっきの人、まだ代金貰ってないんだけど、あなた彼の
  お仲間さん?銀貨50枚だから、後で持ってくるように言ってね」
ようやくテオは、事情を飲み込めるようになってきていた。
アルメリアは矢張り間違い無く、吟遊詩人なのであろう。
まだ荷が解かれていない背負い袋がベッド脇の床に無造作に放り出されており、その隣に、恐らくは
愛用の楽器であろうと思われるリュートが、テオの視界に飛び込んできた。
ただ、吟遊詩人の一部には、職業上必須と言われているその美貌と美声を、別の仕事にも流用し、
生活の足しにしているという話はよく聞かれる。つまり、性を商売道具にするのだ。

アルメリアが、そういったタイプの吟遊詩人である事は、ガルシアパーラの態度を含むこの一連の
事情を観察すれば、誰にでも分かる事である。
彼女が吟遊詩人兼娼婦だったとしても、その美貌と豊満な肉体美を鑑みれば、決して不思議な事では
ないだろう。
しかし問題は、テオ達の側にある。
彼らは今、恐ろしく金銭に窮しており、生活費以外に浪費する余裕など無い筈であった。
にも関わらず、ガルシアパーラは銀貨50枚もの出費を了解した上で、アルメリアを抱いたのである。
(何考えてんだあの人は!)
自分達がシーボート退役提督から事実上調査依頼を受けたとは言え、まだようやく着手したばかりに
過ぎず、成功しない限り報酬も望めないのである。
そんな状況で、娼婦に手を出すという、ガルシアパーラの呆れた金銭感覚に、テオは怒りを覚えた。
しかし今は自分達の財布の窮状を嘆いている場合ではなく、吟遊詩人としてのアルメリアに、一連の
事件に関する情報を求めねば話が進まない。
テオは、頭に上った血流を落ち着かせるべく、いささか上気した顔で心拍を整えるかのように、大きな
深呼吸を繰り返した。
彼のそんな様子を、別の意味に勘違いしたアルメリアは、媚びるような潤んだ瞳でじっと見つめていた。
「いや、アルメリアさん、僕は別の用件でお邪魔しているので・・・まず服を着てください」
テオのそんな台詞を耳にした途端、あからさまに失望したような色を浮かべたアルメリアであったが、
ここは鉄の精神で臨まねば、後でどんな厄介事に巻き込まれるか分かったものではない。
なるべく表情を顔に出さないようにしながら、テオはアルメリアに背を向けて立ち、彼女の着替えが
終わるのを静かに待った。
やがて、アルメリアから声がかかり、テオは改めて自己紹介と挨拶を済ませ、彼女に薦められるままに、
木椅子を引いて腰を下ろした。
「それで、どういったご用向きかしら?」
さすがプロの吟遊詩人だな、とテオが内心感心したのは、先ほどまでの娼婦じみた媚びた表情ではなく、
伝説伝承を専門に扱う知識人としての怜悧な表情が、今のアルメリアの美貌をきりりと引き立てている、
その見事な精神操作技術であった。
余人では、なかなかそうは巧くいかないだろう。
「コレッタの人さらいについて、知っている限りの事をお聞きしたいのですが」
「あら、ハンサムなお兄さんが真剣な顔して何を聞きにきたのかと思ったら、そんなお伽噺の事を?」
「・・・僕は至って真面目です」
どことなく鬼気を帯びたテオの顔つきに気圧されたのか、アルメリアは苦笑で内心の動揺を抑えた。

アルメリアがテオに語った、コレッタの人さらいに関する情報はと言えば、その大半は、ゴルデンが
キンケードから聞き出した内容と重複しており、終盤に差し掛かるまで、真新しい、或いは興味を
そそられるようなフレーズには、なかなか出会えなかった。
「私が知っている限りでは、コレッタの人さらいには原形となる伝承があって、もともとは古代王国期、
  この地方を治めていた魔術師の娘が本来のルーツだ、という話よ」
テオは怪訝な表情を作った。
キンケードの話とは、ここで大きく食い違っているではないか。
かつてこの地方を襲った夢幻の妖異が、コレッタの人さらいのモチーフなのではなかったのか。
黙って一人で悩んでも仕方が無いと考えたテオは思い切って、キンケードの語った夢幻の妖異に関して、
又聞きではあるがと前置きしてから、ゴルデンからの情報をそのまま口にしてみた。
するとアルメリアは、今度は妙に意地悪そうな笑みをにっと浮かべ、
「あらぁ、わざわざ私に聞きに来なくても、十分知ってるんじゃなくて?まぁ良いわ、教えてあげる。
  コレッタの人さらいは、本当に古代王国期直後ぐらいから寓話として存在していたの。ただ、これは
  あくまでも下位古代語による伝承という形でしか伝わっていなかったから、一般の人が知らないのは
  当然の事なのよ。ところが50年前、例の化け物が同じような手口で人々を襲ったものだから、ここで
  急にコレッタの人さらいの話がクローズアップされたのね。どこの誰が、どういう経緯で、この話を
  その妖異と結びつけたのかは知らないけど、それ以降、コレッタの人さらいの原形は、その妖異の
  事件だ、という説が定着してしまっただけの事よ」
テオは単純な性格だから、感心するあまりの呆けた表情が、そのまま顔に出ていた。
「じゃあ、コレッタの人さらいは、50年前に一度『事実』として認定され、そこからまた新たに、
  童話という形で一般の人々の間に伝承された、という流れになるんですね」
コレッタが魔女だ、というのも、ようやくテオには理解出来てきた。
もともとのルーツが古代王国期の魔術師の娘なのだから、コレッタが魔力を帯びた悪魔のような女だ、
という風に語り伝えられたとしても、決して不思議ではなかろう。
「古代王国期には、夢幻界に通じる次元の扉を開く秘法も開発されていたと聞くわ。もしかすると、
  コレッタというのは、その時にこちらの世界に呼び込まれてしまった妖異なのかも知れないわね」
真偽の程は定かではない。
コレッタが何者なのかも、今の時点では特定は出来ない。
しかし、古代王国期に全てのルーツがあるのだとすれば、夢幻の妖異との接点が、おぼろげながら、
見えてきたような気がした。
「そうね・・・もし必要なら、コレッタのルーツについてもうちょっと調べてあげても良いわよ。
  ただし、これには時間と費用が必要だわ」

50年前、ここブラード及びカゾフでは何があったのか。
公式記録にも残されているぐらいだから、さぞや大規模な事件が発生したのだろう。
と、思いきや、リリーがブラード公立資料館で閲覧した資料には、あまり大きな紙面が割かれておらず、
ただ淡々と、事件のはじめから終わりまでがあらまし程度に記されているばかりであった。
その当時、人々を恐怖と戦慄に陥れた夢幻の妖異は、確かに、今回の一連の失踪事件と同様に、複数の
成人男性を多量の血痕だけを残して連れ去ったのだという。
どうやらごく短い距離ではあるが、瞬間移動する能力を持っており、壁一枚隔てた間を自由に行き来する
ぐらいの事は、平然とやってのけたという。
失踪した男性は、全員行方不明のまま、事件の幕が下ろされている。
最終的には、毛むくじゃらの化け物である夢幻の妖異を、時のオラン騎士団と、魔術師の精鋭達による
合同対策部隊が異空間へ追放し、これ以降、失踪事件がぴたりと止まった事から、事件解決と判断され、
その直後からコレッタの人さらいなる寓話が世間に流れるようになった。
失踪事件と毛むくじゃらの妖異が結び付けられたのには理由がある。
実は、失踪現場ではすべからく、この妖異の姿が目撃されているのだが、失踪の瞬間そのものには、誰も
立ち会っていないのだという。
つまり、半ば憶測で、犯人はこの毛むくじゃらの妖異だと決め付けられた節があるのだ。
街の古老を次々と訪ね回って聞き込みを続けていたゴルデンも、リリーと同様の疑問点にぶつかった。
港で漁師達を束ねる老齢の網元に至っては、失踪直後、現場で目撃したのは毛むくじゃらの妖異ではなく、
奇妙な衣装を身にまとった輝くような美女だったと証言する始末であった。
だがその一方で、驚くべき情報もまた飛び込んできた。
コレッタの墳墓が、ブラード郊外の山中に、密かに眠っている、というのである。
どうやら50年前に活躍していた冒険者の一団が、その墳墓を古代王国期の未踏の遺跡だと勘違いし、
散々荒らしまわった挙句、何一つ財宝は発見出来なかったらしいのだが、この時、そのうちの一人が、
腹いせとばかりに地下安置室の墓標を破壊したのだという。
夢幻の妖異が出現したのはその直後と言われている為、ここから当時の人々は、あの夢幻の妖異が、実は
古代王国期の魔女コレッタの恨みが実体化したのではないかと憶測し、それから事件解決後に、この
一件がコレッタの人さらいとして伝承が定着したのではないか、と論ずる古老も居た。
しかし資料にしろ古老の話にしろ、一致しているのは、コレッタの墳墓は確かに実在する、という事で、
その位置についても、多少ずれはあるが、ほとんど一致していると言って良い。
これで調べるべき事項がより具体的になってきたが、まだまだ謎は多い。
何故、成人男性だけが多量の血痕を残して失踪するのか。その根本原因が何一つ分かっていない。

リリー、ゴルデン、テオの三人は、それぞれ収穫があったと言って良い。
ではルーシャオとフォールスはどうか。
まずコレッタの人さらいに関して、書物などから情報を得ようとしたルーシャオだが、これは結局、
はずれに終わった。
彼が見立てた通り、コレッタの人さらいを描いた寓話は書物として存在しており、街の図書館などでも
一般人が普通に閲覧し、借りていく事が出来る。
が、そこに記されている内容は、あくまでも『作られた』物語であり、決して事実そのものではない。
アルメリアがテオに語ったような裏話などは、当然そこには何一つ記されておらず、ただただ、子供に
読み聞かせる物語としての一篇が、手書きの文章と稚拙な挿絵で表現されているに過ぎなかった。
もっと悲惨だったのは、フォールスである。
彼は、このブラードでは盗賊ギルド支部にこそ、全ての情報が集約されていると考えた。
その発想そのものは正しいし、盗賊としての技量も持つ彼が、ギルドをあてにするのは至極当然であろう。
但し、応対に現れたザンビディス教官が、相手としてはあまりにも悪過ぎた。
彼は次の一言で、フォールスを門前払いしてしまったのである。
「お前、上納金はどうした?」
フォールスは、氷のように冷たい表情のまま、絶句してしまった。
彼は自らの財布の中身をわざわざ確認するまでもなく、ここブラードの盗賊ギルド支部には上納金である
銀貨500枚を支払っていない。
恐らく、シーボート退役提督に泣きつけば、上納金程度の額のガメル銀貨は即日で支給されるだろう。
しかし生活費の捻出と、自分も失踪事件に巻き込まれるかも知れないという懸念の双方にさいなまれつつ、
調査活動に精を出さなくてはいけない身としては、そこまで頭が回っていなかったというのが実情だった。
結局フォールスは、ザンビディス教官の前から退散せざるを得ず、青鯛亭で他の仲間達が有効な情報を
一つでも多く仕入れてくるのを待つばかりとなった。
青鯛亭一階酒場で仲間達と共に夕食のテーブルを囲んでいた時、珍しくフォールスが黙り込んでいたのは、
そういう経緯があったからだった。
「ところでテオ、あのアルメリアって女の味はどうだった?最高だったろ?」
いきなり、何の気無しにガルシアパーラがとんでもない話題を振ってきた為、テオは飲みかけのエールを
勢い良く噴き出し、続いて激しく咳き込んでしまった。
「・・・何の話だ?」
フォールスの追及するような鋭い視線に、テオは何故か意味も無く妙な罪悪感を覚えた。
そこへタイミングが良いのか悪いのか、夕食の為に、アルメリア本人が、胸元を広く大きくくつろげた
フェロモン満点の服装で姿を現し、ガルシアパーラとテオに妖しく微笑んだものだから、事態が余計に
ややこしくなってきた。
当然リリーの耳にも、アルメリアとテオ、そしてガルシアパーラ達の怪しげな噂が、その翌日にはもう
飛び込んでいた。


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