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コレッタの墳墓と呼ばれる古代王国期の遺跡へは、テオを除く全員のメンバーで臨む事で一致した。
ではテオは、一人ブラードの街に残って何をするのかと言うと、
「僕はアルメリアさんにお願いして、もう少し、コレッタの寓話について詳細に調べてみたい」
との事で、二人きりでの調査に、余計な噂が尾鰭となってくっついてくる事などまるで省みもせず、
単純に、情報収集源としての彼女に協力を依頼したいというのが、テオの考えであった。
卑俗的な発想しか出来ないガルシアパーラなどは、テオが随分とアルメリアの娼婦としての技量に
執心だと勝手に勘違いし、その後もたびたび吹聴して回る事となるのだが、そんな雑音に惑わされる
テオではなかった。
墳墓捜索組は、夜が明けてからブラードの街を発つ予定となっている。
目的地までは徒歩でおよそ半日、街道を途中までグロザムル山脈方面へと登り、途中からわき道に逸れ、
更に傾斜の強い樹々の間の山道を抜けたところにあるという。
青鯛亭の老主人が、大体の地図を書いてくれた為、余程の事でもない限り、道に迷う事はないだろう。
テオを除く冒険者達は、それぞれの準備を整え、明日に備えて早々にベッドへともぐりこんだ。
そして、一人別行動を望んだテオのみは、再びアルメリアの宿部屋を訪ねた。
まだ宵の内とは言え、時間が時間なだけに、ガルシアパーラ辺りが飛びつきそうな、好色そうな話題に
祭り上げられるのは仕方の無いところであろう。
それでもテオは、全くお構いなしに、彼女の宿部屋の木扉をノックした。
意外にも、と言ってはアルメリアには失礼にあたるかも知れぬが、やや薄手で、女の色気が極めて
多分に振り撒かれる要素が強いながらも、普通の部屋着のまま、応対に現れてきた。
美貌に薄化粧を施しているのは、恐らくは突然の買春客の訪問に備えての事であろう。
ブラードでは魚油の生産が盛んな為、ランタン用の照明油には事欠かない。
他の地方では、冒険者の店の宿部屋に供される照明と言えば、ほとんどが蝋燭でまかなわれるのだが、
この青鯛亭においては、全室にランタンが設置されている。
街全体が夜を思わせない明るさに包まれているのも、街頭として各所に設置されている公共ランタンの
存在が非常に大きい。
ともあれ、テオは軽い挨拶を口にしてから、早速訪室の用件を告げた。
彼の来訪をある程度予測していたのか、アルメリアはあまり多くを聞く事もなく、テオを室内へと招き、
手ずから紅茶を振る舞いながら、自身が可能とする情報収集ルートについて説明を加えた。
「時間と費用が必要だ、と言ったのは覚えているわね?まず時間だけど、これは情報提供者からの反応に
  左右される事になるの。自分で頑張ってどうにかなる問題じゃないから、仕方の無いところなの」
茶菓子を呑気に頬張りながら、テオはアルメリアの説明にじっと聞き入っている。

アルメリアの紅く形の良い柔らかな唇から、更に続けて言葉が紡ぎだされる。
「費用としては、まず基本としてガメル銀貨が50枚。これは、ある情報収集器具を使用するための、
  言ってみれば使用料ってなところね。それから情報料。情報提供者から適切な情報を引き出せれば、
  その時点で成功報酬という形で私が受け取る事になるわね。情報料そのものは提供者と、仲介者である
  私との折半になるんだけど、提供者には私から手渡すから心配要らないわ」
成功報酬の相場は、大体ガメル銀貨200枚程度だという。
その数字を耳にした途端、テオの表情に落胆の色が浮かび、あからさまに肩を落としたような雰囲気が
漂ってきた。
美貌の女吟遊詩人は、端正な面を僅かに苦笑の形に歪め、
「そんなに気落ちしないでよ。あなた男前だから、ちょっとぐらい待ってあげても良いわよ」
殊更恩を売るよ、という訳ではなく、心底テオが気の毒だから、多少融通を利かせてやろう、といった、
気風の良い思い切りを見せる辺り、アルメリアの姉御肌的な性格が若干垣間見えた。
当初テオはこのアルメリアを、情報力に富んではいるが、所詮は自らの性を売り物にする卑俗的な女性、
と見る節が強かったのだが、彼女のそんな面を見ていると、評価を改めざるを得ない気分になる。
尤も、アルメリアとしてもただ単に善意だけでそう言っているのではなく、テオ達が退役提督じきじきの
依頼を受けて動いている事を知っての申し出であるという部分も少なくないだろう。
矢張り彼女にしてみれば、街の有力者に対しては、少しでも良い面を吹聴してもらいたいという計算も、
多かれ少なかれあると見て良い。
「じゃ、早速行ってみましょうか」
外套を羽織ながら木椅子を立ち上がりかけるアルメリアに促され、テオも席を立った。
行く先は、盗賊ギルドだという。
驚きを隠せないテオに、アルメリアは小悪魔のような悪戯っぽい笑みを浮かべ、
「あらぁ、そう言えばまだ教えてなかったわね。私こう見えても、ギルド所属なのよ」
つまり彼女もまた、一介の盗賊なのだという。
出身地や直接所属するギルドは別の地方なのだが、ブラードも活動範囲の内に入るアルメリアにとって、
ブラード盗賊ギルド支部は我が家のようなものらしい。
必然的に、ザンビディス教官とも顔なじみだという事になる。
アルメリアと、あの冷徹な盗賊ギルドの教官が結びつくと、何故か嫌な予感ばかりが脳裏をよぎるテオで
あったが、意味も無く同行を拒絶するのは、依頼する立場である手前、失礼に値するだろう。
余計なトラブルが生じない事を心のうちで必死に祈りながら、テオはアルメリアの後ろについて、夜の
街を抜けて盗賊ギルド支部へと向かった。

膝上まである革製のブーツに、下着が見えそうになる程のミニスカートといういでたちで、颯爽と歩く
アルメリアに対し、テオはどこか圧倒されたような気分が拭えない。
言ってみれば、都会の女と田舎の若者のような対比の縮図が、ここにあると言って良い。
(迂闊に階段の下に立ったりしたら、絶対変な目で見られるよなぁ)
どうでも良さそうな心配ばかりモヤモヤと心のうちに沸き立たせつつ、テオはアルメリアと共に、再び
ブラード盗賊ギルド支部の、どこか闇に包まれたような薄暗い戸口を静かにくぐった。
応対に現れたのは、矢張りあのザンビディス教官であった。
リリーがテオを連れてきた時と同様、アルメリアはテオを伴って地下の大食堂へと足を運んだ。
アルメリアの登場にはさほど表情を変えなかった鉄仮面の如き容貌だったがが、続いてテオの長身が、
のっそりと入室してきたのを見て、僅かにその眉をひそめた。
「ストラックと一緒に居た奴か・・・尻軽女に尻軽男ときたか」
ザンビディス教官のそんな際どい台詞に、反論したくなる感情を必死に抑えるテオであったが、そんな
彼の心の葛藤など露知らずといった様子で、アルメリアは世間話でもするかのように用件を告げた。
「語りの水晶球借りるわね。今どこにあるの?」
「奥の会議室にある筈だ。勝手に起動して使ってくれ」
腰に巻きつけたベルト状のポーチから、恐らくガメル銀貨が50枚詰まっているものと思われる小袋を
取り出し、上品な仕草でザンビディス教官が陣取るテーブルにそれを乗せてから、テオを伴い、奥へ
向かう通路へと足を運んだ。
しかし、妙に入り組んだ細長い屋内通路で、廊下とは呼べない狭苦しさがある。
アルメリア曰く、意識的にこういう構造を取っているとの事であった。
「でも、この辺はまだまだ、非ギルド員が踏み込める範囲に過ぎないわよ。ギルド員が入る事が出来る
  ところまで入ると、もっと凄い事になってるんだから」
しかしテオは、アルメリアのそんな説明よりも、彼女が語りの水晶球を扱える技術と知識の持ち主で
あるという事実の方に、驚きの念を寄せていた。
この謎の美女は、どこまでもテオの想像が及ばない人物であるようにすら思われてきた。
やがて二人は、僅かな燭台の光を頼りに通路を進み、ある一室へと辿り着いた。
そこに、以前ザンビディス教官が使っているところを一度だけ見た事がある、あの水晶球があった。
会議卓の上に、半ば放置されるように鎮座してあるのが、妙な可笑しさを誘う。
「それじゃあ早速、頼りになる情報屋のとこに繋いでみようかしら。あなたはゆっくりしてて」
アルメリアはテオを適当な席に座らせると、自身は早くも、語りの水晶球の起動手順に入っていた。
この後、数人の情報屋、或いは懇意にしている遠方の賢者や魔術師といった連中と連絡を取り合い、
時には相当な時間、反応に待たされる事になる。

テオとアルメリアは、昨晩のうちにブラード盗賊ギルド支部へと向かい、朝になってもまだ戻らない。
二人が何の為にわざわざ宿を出たのか知らないが、少なくともガルシアパーラは、テオとアルメリアの
間には、ただならぬ仲が進行しつつある、などと勝手に妄想を膨らませ、嫉妬丸出しのデマを口々に
吹聴して回っていた。
「馬鹿かおまえは」
フォールスに冷淡な反応を返され、ようやく口をつぐんだガルシアパーラであったが、彼の吹聴効果は
決して小さくはないようで、少なくともエディスは本気でテオとアルメリアの仲を信じ込んでいるような
有様であった。
ともあれ、本格的な探索の為に入念な準備を終えた一同は、まだ暗いうちに青鯛亭を出発し、人気の
少ない街門へと足を運んだ。
すると、どういう訳か探索道具を装備したリリーの他、何故かキンケードまでもが武装した姿で、彼らの
到着を待っていたようであった。
「おお、おぬしも調査に加わったのかね」
「・・・退役提督閣下から、直接指令を受けたもんでね」
今回発生した同時多発失踪事件は、これまでのように、余所者だけの失踪にはとどまらず、ブラードに
拠点を置く、或いはブラード出身の冒険者もまた、失踪者に含まれている。
少なからず危機感を抱いたキンケードは、ただ危険の回避を期待してじっとしているよりも、自ら動き、
謎の解明に乗り出した方が気分的に楽なのだ、という意味の事を正気に吐露した。
モヒカンヘアーの強面と筋肉に覆われた山脈のような巨躯に似合わず、意外に用心深い人物らしい。
「あら・・・テオさんは、いらっしゃらないのですか?」
長いブラウンヘアーを結い上げ、探索行動に相応しい軽装姿のリリーだが、その仕草は相変わらず非常に
上品で、同じハーフエルフのエディスとはまるで正反対にも思える程の言動の違いを見せるのだが、
何故かテオの姿を求めて周囲を見渡す様子だけは、妙にごく普通の娘を思わせる俗っぽさに溢れていた。
ここでガルシアパーラが、ニヤニヤと嬉しそうな、というよりもいやらしそうな笑みで、
「あー、テオならアルメリアってねえちゃんと昨晩からしけこんでるぜ」
「・・・は?」
テオの第一印象から、彼のストイックな雰囲気を強く感じていたリリーは、ガルシアパーラの卑俗的な
表情と台詞に、一瞬理解が及ばないような呆けた表情を浮かべた。
が、彼女とて盗賊ギルドに所属し、その道に関しては多少なりとも知識がある。
ようやく意味を理解した時、何故か憤懣やるかたない感情が沸き起こったのには、自分でも驚いた。
「あのぅ、それはちょーっと違うと思うんですけどぉ・・・」
ルーシャオのそんな消え入るようなフォローも、この場ではほとんど役に立たない。

総勢七名の冒険者達が、ブラードの街を出て、コレッタの墳墓と呼ばれる謎の遺跡へ到着した頃には、
正午を数時間過ぎ、もうすぐ夕刻にさしかかろうかという頃合であった。
途中これといった大きな障害も無く、ただひたすら予定ルートを辿り、移動による疲労は蓄積されたが、
ほぼ想定時間内に目的の位置へと到達する事が出来た。
山の斜面の一部を削り、人工的に平坦な場所を広げているところへ、大小無数の岩石を積み上げている、
という実に無造作な構造が、彼らの視界に飛び込んできた。
入り口は、少し離れた斜面に、半ば自然の洞窟を模したかのように、岩盤をくりぬいて造られている。
「古代王国期の遺跡・・・という割には、何か荒っぽいって言いますか、芸術性の欠片もありませんね」
魔術師としては、いささか拍子抜けするところであったろうが、鉱物好きなルーシャオにはむしろ、
こういう形の遺跡の方が、様々な好奇心をくすぐられるらしい。
声に、妙に弾んだ色が含まれているのは、彼の悪い癖が顔をのぞかせ始めている証拠だろう。
「遊んでいる暇は無いぞ。とにかく、用心には用心を重ねていくぞ」
フォールスに釘を刺されたルーシャオは、にやけそうになった頬を自ら手で打ち、気分を引き締めた。
先頭を切って侵入していくのは、屋内探索のスペシャリストであるリリーである。
次いで、金属感知の法力を駆使したゴルデン、精霊感知能力を解放したフォールス、更に魔力感知の
呪文を完成させたルーシャオと続き、無能代表のガルシアパーラはほぼ中央、そしてフォールス同様に
精霊感知能力を持つエディスと、近接戦闘能力では群を抜くキンケードがしんがりを務める。
「確か、50年以上前に一度、人の手が入っているとの事ですよね」
「でもさすがに50年も経てば、妖魔や不死の魔物の類などが巣食っているかも知れませんわよ?」
いささかびくびくしている様子のルーシャオは不安を打ち消すように、務めて前向きな発言を心がけた
つもりであったが、しかし現実を直視する性格のリリーにあっさり打ち消され、更に無用な不安を
抱く羽目に陥った。
そんな二人のやりとりにゴルデンは苦笑を漏らすのみであったが、しかしフォールスは、リリーの言う
内容にも一理あると感じており、特に不死の精霊力反応には過敏になっていた。
ランタンを掲げて先頭を進むリリーの真後ろに、チーム随一の鉄壁とも言うべき防御力を誇るゴルデンが
続いているのだが、金属製鎧の宿命で、歩行音がどうしても闇の中に響いてしまう。
しかし今回は、妖魔を攻撃するなどの目的で訪れている訳でもない事から、自分達の存在を他に知られた
ところで、特に大きな問題とはならないだろう、という判断も働いていた。
墳墓内の通路は、山の斜面に比例するかのような急な下り傾斜で、時折足を滑らせてしまいそうな事も
何度かあった。
実際のところはさほどの距離ではなかったのだが、暗闇の中の急斜面に加え、コレッタの恐ろしい呪い、
という伝承が彼らの緊張に拍車をかけ、実際以上の時間経過を思わせた。

一段落ついたのは、傾斜が終わり、比較的広い平坦な空間に出たところであった。
「ここは・・・あの山積みされた石っころの真下じゃの」
頭上を見上げたゴルデンが、暗視能力を活かして、十数メートルもの距離を見透かし、僅かに漏れ入る
地上の光を確かに捕捉していた。
「ここが、例の地下安置室になるのでしょうか」
呼吸を整え、手にしたハンカチで額の汗を拭いながら、リリーはランタンの明かりが届く範囲内を、
ぐるりと見渡してみた。
ここに至るまでの狭くて急な斜面通路とは異なり、しっかり整地され、石畳まで
敷き詰められていた。
間違いなく、ここが墳墓の最初の探索地点となるべき空間であろう。
壁面も同様で、いびつではあるが、矢張り石積みの壁が天井にまで続いている。
隠し扉や、魔法的な秘匿形跡などは、特に見られなかった。
「金属反応も無し・・・精霊の方はどうじゃ?」
「・・・不発だな。シェイドの存在が極めて強い以外、これといって目を引くものはない」
ゴルデンやフォールスも、わざわざ感知した程の結果が得られなかった事に、多少の落胆の念はあろう。
失踪現場があまりにも異常である為、この墳墓ではきっと何かが起きると踏んでいた部分もあった。
しかし、リリーだけは違った。
彼女は何と言っても、この面々の中では一番手とも言うべき屋内探索のスペシャリストなのである。
最も奥まった位置に発見した、倒壊した石柱墓標の下に、空洞と思われる手ごたえを掴んでいた。
「この下・・・ただの埋葬領域ではありませんわね」
リリーが見たところ、強い衝撃を加えれば、更にこの下の空間へ抜ける事も不可能ではなさそうだった。
と、その時、不意にエディスが鋭い悲鳴を漏らした。
「どうした?」
フォールスが素早く傍らに寄り添い、エディスが震える指先で指し示す壁面の一部に鋭く視線を転じた。
なるほど、エディスが悲鳴をあげた原因が、確かにそこにあった。
辛うじてランタンの明かりが届くギリギリの範囲ではあったが、よくよく注意して見れば普通に肉眼で
判別可能なものが、視界に飛び込んできたのである。
「うわ、何ですかコレ!」
ルーシャオが、二人の間から顔を覗かせるような格好で割り込んできた。
「見りゃ分かるだろう・・・髪の毛だ」
「それも、頭皮付きときたもんだ」
フォールス同様、冷静さを失わないキンケードが指摘した通り、そこには頭髪と頭皮という、普通では
少し考えづらいものが、大量にその姿を現していた。

髪の長さはまちまちだが、共通して言える事は、いずれも人間か妖精、或いはそれに近い知的生物の
頭皮を無理矢理剥がし、大量の血痕が皮膚の裏側にべっとりと残ったまま、巨大な鉄釘によって、
石積みの壁面に無造作に打ちつけられてた。
頭皮裏側の血痕は、まだ完全には乾ききっていないらしく、ランタンの光の中で、鈍い真紅の光沢を、
不気味に放っていた。
「おい、こっちにもあるぞい」
反対側の壁面を、暗視能力を最大に駆使してつぶさに観察していたゴルデンが言い放った。
リリーがランタンの光を向けてみると、頭皮はそこにはなかったが、幾つかの束になった古い毛髪が、
矢張り壁面の間から、まるでそこから生えているかのように垂れていた。
「これでほぼ決まったな。矢張りこの墳墓には、何かある」
半ば結論づけるかのようにフォールスがそうひとりごちた時、不意に、頭上から砂埃のようなものが、
ぱらぱらと舞い落ちてきた。
咄嗟に天井を見上げてみると、微妙なバランスで組み上げられていた岩石群の天井が、ほんの微かに、
揺れ動いているように見えた。
ガルシアパーラの声が、恐怖と不安に震え始めた。
「おぃ・・・何かヤバくないか?」
「うむ。あれだけの量の石っころが降ってきたら、さすがに大怪我どころでは済まんぞい」
ゴルデンも態度こそは落ち着き払っているが、その瞳に浮かぶ焦りの念は、誰の目にも明らかである。
誰かが上に居るのだろうか?
もしくは、幾つもの目撃例がある、例の毛むくじゃらの化け物が、外に居るのだろうか。
様々な憶測が、冒険者達の脳裏をよぎる。
不意に、何かが崩れる音が、地下の空間に大きく響いた。
冒険者達は全員、頭上の石組み天井が崩壊したものだとばかり思い、慌てて壁面に走りより、頭を
覆い隠す仕草を見せたが、しかし一向に天井が崩れてくる気配が無い。
「・・・さっきの音は、まさか、通路の方からか?」
フォールスが言うが早いか、リリーが全身のしなやかな筋肉を大きく機能させ、まるで弾けるような
勢いで、地上へと繋がる強い傾斜の通路口へと走った。
ハーフエルフ特有の整った面立ちには、見る見るうちに険しい色が浮かび上がってくる。
「塞がれました・・・」
リリーの半ば呆然とした一言に、その場の全員が凍りついた。
自分達は、何者かの罠に陥ってしまったのだろうか?

その頃、ブラード盗賊ギルド支部奥の会議室では、テオとアルメリアが、語りの水晶球の向こう側で
話している人物の声に、半ば驚愕の念を覚えながら、真剣に聞き入っていた。
二人に情報を提供してくれる人物と、ようやくこうして回線を繋ぐ事が出来たのだが、その相手が
語る内容は、二人が思わず顔を見合わせる程のインパクトを含んでいた。
「レガシー大尉・・・その、今お話しくださった内容は、本当に間違いないのですね?」
「んん〜、そうだよ。いや・・・僕の記憶が間違ってなければの話だけど」
「もぅ・・・しっかりしてくださいよ」
何となく頼り無さそうな声音と口調に、アルメリアのみならず、テオも若干不安を覚えざるを得ない。
しかし相手は、オラン魔導兵団に所属する将校クラスの元冒険者である。
あまり疑ってかかると、相手に対して失礼であるばかりか、これまでの情報収集にかけた時間をも全て
否定する事になってしまう。
いささか自信無さそうに話すレガシー大尉なる人物に、アルメリアは僅かに溜息を漏らしながら、再度、
確認の意味を込めて情報の内容を復唱した。
「ではおさらいしますが・・・郊外にあるという遺跡は、コレッタの墳墓などではなく、食神の眷属が
  霊的なアジトとして用いる為に創造したもので・・・本来のコレッタの墳墓は、錬兵所の真下に今も
  隠れている、という事ですね」
「多分ね、墳墓そのものは、錬兵所の石舞台をひっくり返したらすぐに出てくると思うんだよね。もし
  興味あるなら、退役提督閣下にお願いして、調査の許可もらったら良いよ」
「それともう一つ・・・古代王国期の魔術師の娘コレッタですが、その、食神の眷属と呼ばれる異国の
  妖神稀有毛現の熱狂的な信者で、その為に魂もろとも時の司祭長に封じられた・・・50年前に現れ、
  カゾフ及びブラード一帯を混乱に陥れたのは、稀有毛現の現人神として食神チャパーカバによって
  召喚を受けたコレッタ自身、というのは間違い無いのでしょうか?」
「うん。稀有毛現自体は、もともと東の国の妖怪だって話だから、詳しい事はテンドウさんに聞いたら
  一番早いんだけど、最近見ないからねぇ。ただね、コレッタ自身は50年前に一度、夢幻界の彼方に
  吹っ飛ばされてるから、今回の失踪事件で目撃されてるのは、何者かがコレッタを呼び戻したか、
  それとも別人が稀有毛現の現人神になったかはわかんないよね」
「なるほど・・・では、稀有毛現についてより詳しい情報をお持ちの方は、どなたでしょうか?」
「あぁー、ごめん、僕はさっぱりだからね、あしからず。あと詳しそうな人は・・・よくわかんないな」
結局、この人物からの情報がこれが打ち止めであった。
しかしながら、相当内容の濃い新事実が次々と判明したのは、大きな収穫だったと言えるだろう。
「さ、情報料はガメル銀貨で300枚だけど・・・もちろんまた後日で良いから、頑張って解決してね」
長時間の調査の為、いささか疲れが見えるアルメリアの美貌ではあったが、報酬額を口にするときの
元気な笑顔には、テオは何故か苦笑出来るだけのエネルギーを分けてもらったような気がした。


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