イーサンとカッツェは更に攻勢を強めた。
敵学習体セルティックモデルは、これまでのところ、二人の攻撃をまともに
浴び続けながらも、ほとんど有効打らしいダメージを負っていない。
このまま無為に時間を重ね続ければ、オラン市中で濁流と豪雨によって命を
落とす市民が、更に増えるかも知れない。
そのように考えると、多少の焦りのようなものが、イーサンとカッツェ両名の
胸中に自然と沸き起こってくる。
しかし、そんな焦燥の念を敢えて押し殺し、冷静にドレイクドールを操り続ける
二人の精神力は、驚嘆に値すると言って良い。
『おぉーい、今から一発ぶち込むぞぉー』
フェンの間延びした声が、無線を通して前衛を張るイーサンとカッツェの耳元に
擬似聴覚への音声として届けられた。
ミシェル機と片腕ずつを供し、パルスキャノン砲撃態勢に入っているフェンは、
最後の一発を射撃する為のエネルギー充填の間に、ミシェルからこれまでの
経緯と関連する情報について、簡単ながら説明を受けていた。
大方の事情は理解したフェンだが、殊更に頭を使わねばならない事態などが
生じている訳ではない為、その点では、多少不満が無い訳でもない。
しかしとりあえず今は、目の前の敵を叩く事に専念するべきだろう。
『良いよ、フェン。やってくれ』
カッツェに弾道を空けるように指示を出してから、自らもAHXを弾道上から
急速離脱し終えたイーサンの声が、フェンとミシェルのドレイクドールに届いた。
その直後、パルスキャノンの巨大な閃光がほとばしり、セルティックモデルの
胸部を真正面から直撃した。
凄まじい轟音が濁流の中で振動として鳴り響き、今まで以上の激しい流れが、
異様な水流を造って新造堰付近をうねりにうねった。

学習体セルティックモデルの胸部装甲に、大きな穴が空いた。
(勝機!)
それまで全く動じる事の無かった巨大な学習体が、この時初めて、全身を大きく
傾斜させ、ぐらぐらと足元がおぼつかなくなっている。
相当なダメージを食らったと見たイーサンは、この機会を見逃さない。
敵が態勢を立て直す前に、パルスキャノンによって空けられた空洞めがけて、
パルス機関砲の全弾を一気に叩き込む勢いを見せた。
これにカッツェも倣い、二体のドレイクドールは一点集中で、全火力について、
学習体の胸部に対して照準を定めた。
それまで、まるで堅牢な城塞の如き圧倒的な防御力を誇っていた学習体だったが、
嘘のように脆く崩れ、胸部装甲部が激しく四散し、内部で爆発が続いた。
『やったぁ!』
カッツェの歓喜する声が響いたが、しかしその直後、全員の表情が凍りついた。
学習体は、自らの敗北を冷静に分析したらしい。それは分かる。
しかし、小刻みに爆発が続く胸部装甲を無視して、いきなりその巨体を背後の
新造堰に振り向かせ、全火力をその方角に向けて放出したのである。
つまり学習体セルティックモデルは、自身が機能停止に陥る前に、それまで
守り続けていた対象を破壊する事を選択したのだ。
既に国防大臣ドルフから、新造堰が破壊された際に生じるであろう大激流に関し、
恐るべき予測を聞いている。
ジョーウェポンによる市中攻撃が失敗し、更に新造堰防衛をも果たせなかった
場合は、逆にその新造堰を自らの手で破壊する事で、最後の大激流という攻撃を
仕掛けるように、指示を受けていたのかも知れない。

その後、数時間にわたってオラン市中を襲った大水害は、筆舌に尽くし難い。
濁流の波足が十数倍にまで達し、家屋はもちろん、オラン市街を堅牢に防護する
下流側の街壁までもが一気に崩れ去り、オラン市中は第二の津波に襲われたかの
ような惨劇に見舞われた。
豪雨はぴたりとやみ、それまで天を覆いつくしていた分厚い鉛色の雲は、全く
信じられないほどの速度でどんどん引いてゆき、数分後には一面の晴天へと
変貌していた。
しかしそんな青々とした晴れの天気の下で展開された地獄は、凄まじいの一言に
尽きたとしか言いようがない。
いよいよ本格的な救助活動に入ろうとしていた魔法の絨毯組はともかく、水上で
救助活動に入ろうとしていたミレーンと、その支援の為に動こうとしていた
ラガト隊長のドレイクドールは、大型ボートもろとも激流に飲み込まれ、一気に
ハザード河下流方面へと流されてしまう始末である。
結果、ほとんど救助する事もままならないまま、オラン市民の実に半数近くが、
巨大な濁流のうねりに飲み込まれ、命を落とす事になった。
要するに、オランは都市としての機能を失い、ほとんど壊滅的な打撃を被った。
辛うじて難を逃れる事が出来た太陽丘の諸建造物だけが、崩壊した大都市の
跡地の中で、ぽつんと孤立するように取り残されていた。
水と瓦礫と無数の遺体に埋め尽くされたかつての大都市は、アレクラスト大陸
最大の文化都市としての姿を完全に失ってしまった。
ドレイクドールや魔法の絨毯に搭乗していた面々は何とか無事であったが、
ミレーンだけは行方不明となった。
恐らくは濁流に飲み込まれたのであろうが、その生死は分からない。

ハザード河下流で戦闘を展開していたドレイクドール搭乗者の面々は、最初に 大激流に流された為か、海岸線付近にまで押し流されていた。 その為、彼らがエイトサークル城に帰還したのは、オラン大崩壊の翌日に なってからである。 後で分かった事だが、あの新造堰内部に設置されていたのは、矢張りオランに 大洪水をもたらす為の魔法装置であったのだが、解除用暗号を解読すれば、 水位を徐々に引き下げる事も可能だったという。 これは、ハザード河上流側の新造堰を調査したアンダーテイカーからの情報で あったのだが、最早後の祭りである。 国防大臣ドルフ・クレメンスは、結果的に新造堰を破壊し、救助活動が始まる 前にオラン大崩壊を招いてしまったドレイクドール搭乗者達を責めるような事は 一切しなかった。 自ら全ての責任を被り、国防大臣を辞任するとともに、判断ミスをも認めた。 新造堰破壊を命じたのは間違い無くクレメンス国防大臣なのであり、その指示が オラン大崩壊の引き金となった事は、紛れも無い事実であったからだ。 しばらくは、オランの都市としての復興が急務であったが、ある程度の段階で 落ち着いた頃合を見計らい、ドルフ・クレメンスに対する行政裁判が実施される 運びになるという事であった。 アンダーテイカーの判断で、エイメカとミーニャは、まだ戻ってきていない。 星間連邦所属の強襲戦闘艦ドライスデールにて保護しているという事だったが、 そもそも星間連邦の何たるかを知らない者にとっては、行方不明と大差ない。 しかし、行方不明のミレーンを除く五人の冒険者達に対しては、ドルフに 代わって、ディバース通産大臣から、一人頭につき、ガメル銀貨1000枚の 報酬が支給された。 現在のオラン行政府の財務状況では、これが精一杯なのだという。


以上で、セッション「河」は終了です。
ミレーン以外の各PCは、500点の経験値と、ガメル銀貨1000枚を
獲得しました。
尚、文中では生死不明となっているミレーンですが、
実際は死亡しています。
遺体は激流に流され、既に大洋に至っているというのが現状です。
また、各ドレイクドールはオラン行政府に返却しました。
魔法の絨毯のみは、ディバース候の好意で、当分の間クレットに貸して
もらえる事になっています。



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