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時刻はそろそろ、各家庭に於いて夕飯の仕度を始める頃合となってきた。
西に広がる外洋の水平線上に、太陽がオレンジ色のまばゆい輝きを放って、分刻みで沈んでいこうと
しているのが、実に美しい。
テオとアルメリアは、盗賊ギルドを辞した後、大通りに戻って、その足でまずシーボート退役提督の
屋敷へと急いでいた。
長身の棒使い青年と、性フェロモンの塊のような美女が連れ立って歩く様は、見方によっては非常に
際どい関係を彷彿とさせるものがあるだろう。
何と言っても、アルメリアが半ば無理矢理、テオの太い腕に自らの成熟した肉体を預けるような形で
絡みついているのである。
テオとしては非常に困りきってしまっているのが正直なところだが、アルメリアにあまりにも多くの
借りを作ってしまっている以上、冷たく突っぱねる訳にもいかず、ただひたすらに仏頂面を守って、
アルメリアと腕を組んで歩く姿に我慢を重ねなければならない。
通りすがる老若様々な男達の視線には、アルメリアには性欲を剥き出しにした劣情が、そしてテオに
対しては嫉妬を越えた、半ば怒りにも近い感情が込められている。
(我慢だテオ。修行の一環だと思え)
自らにそう言い聞かせながら、とにかくこの妙なツーショットの時間を素早く終える為に、歩く速度を
いつも以上に早めて、シーボート退役提督邸へと至る。
使用人に取り次がれて間も無く、待合室からの応接室へと移った二人の前に、小柄な白髪翁が現れた。
さすがにこの場では不謹慎だと判断したのか、アルメリアはテオとは若干距離を取り、あくまでも、
今回の一件に関する協力者としての立場を保っていた。
「何か収穫はあったんかの?」
老退役提督が挨拶もそこそこに、早速本題を切り出してきた為、テオも応対がしやすかった。
語りの水晶球で得られた情報の詳細については、アルメリアが手短に報告をまとめた。
あれだけの情報量を、ものの数分程度で要約する辺り、彼女の事務的な能力の高さにテオは驚いた。
矢張り、只者ではないと見るべきであろう。
「今後の調査には、私も是非加わらせていただきとう存じます」
アルメリアが報告の最後にそう付け加えた事には、テオは更に驚かされたと同時に、嬉しさも覚えた。
殊更にアルメリアに対し感情的な好意を持っている訳ではないが、彼女の情報能力の優秀さには彼も
敬意を覚えるようになっており、今後の調査活動には絶対必要だと思い始めていたのだ。
無論アルメリアとて、単なるボランティア精神や好意だけで協力を申し出た訳ではないのだろうが、
少なくともテオに対し悪感情を持っていない事だけは間違い無さそうである。

次に二人は、シーボート退役提督にその場で発行してもらった許可証を携えて、錬兵所へと向かった。
丸められた羊皮紙に記された許可内容は、錬兵所の石舞台を、調査の為に解体する事に対する許可と、
更には人手が必要なら憲兵隊の人数を都合せよという命令も含んでいた。
錬兵所に向かう際には、アルメリアは変な恋人気分を演出せず、ごく自然な体で、テオと肩を並べた。
猫の目のようにくるくると態度が変わる彼女に、テオもようやく慣れ始めてきた。
「ひっくり返す作業が終わったら、まず夕飯から済ませましょうか」
「あ、そうですね。僕も相当腹の虫が鳴ってきましたし」
気負う事もなく、極普通に会話を交わす程度にまで、お互い慣れてきた。
しかしさすがにテオは、こんな光景をリリーが見たらどう思うだろうか、という辺りにまでは思考が
及ばなかった。
そこまで彼は、男女の妙について擦れていない。
武術会が開催された錬兵所に到着すると、二人は早速許可証兼命令書の威力を発揮して、石舞台の
解体へと取り掛かった。
この時、詰め所で暇を持て余していた憲兵三人が、作業員として駆り出されたのだが、アルメリアの
美貌と性フェロモンにすっかり参ってしまったのか、文句も言わずに作業に参加してくれた。
が、ここで意外な事実が発覚した。
石舞台の一部が、ここ最近、解体されたような形跡が見られる、というのである。
「おかしいな・・・訓練があればすぐに分かるようなものなんだが・・・」
作業に参加した中年憲兵の一人が、納得のいかないような表情で腕を組む。
「最後に訓練があったのは、いつですか?」
「ああ・・・確か、武術会の前々日ぐらいだったかと思うよ」
テオは、中年憲兵の回答に、何かしら嫌な予感を覚えた。
という事は、石舞台に解体跡が発生してからは、見慣れた者は誰一人登っていない事になる。
武術会には憲兵は一人も参加していないからだ。
「とにかく、まずはこの解体跡のあるところからひっくり返してみましょう」
アルメリアの一言で、全員が作業に取り掛かった。
さすがに女手のアルメリアは、解体作業そのものには加わらないが、覗き込めるぐらいの近い位置で、
作業の一部始終をじっと食い入るように見つめている。
やがて、大きな鉄製の工事用具等で石舞台のその部分がひっくり返され、その下に、土台となる敷石が
顕わになってきた。
舞台用敷石を外して、それが収まっていた大きな穴を見下ろす全員の表情に、驚きの色が浮かんだ。

「なんだこれは・・・」
中年憲兵が、呆然と呟いたのも無理は無い。
取り外された石舞台のその下には、土台の敷石が姿を現したのだが、そのうちの一角、人間二人程が
通り抜ける事が出来そうな垂直の穴が、漆黒の闇へと誘うように、ぽっかりとあいていたのである。
しかも、ただ穴があいているだけではない。
夥しい血痕が、その周囲に飛び散っていたのである。
西の方角から射し込む陽光が、そろそろ青みを帯びて夜の帳を下ろそうとしている刻限であるにも
関わらず、撒き散らされた血痕は生々しい真紅の色を闇の周辺で彩っていた。
「すみません、ランタンを」
テオは半ば強奪するかのように、作業用に用意された幾つかのランタンのうちの一つを手に取り、
愛用の長棍を背負い直して、大量の血痕が飛び散る土台の敷石へと飛び降りた。
そこに、盗賊としての技量にも優れているアルメリアが続く。
彼女は臨時に、憲兵から長剣を一振り借りていた。
テオがかざすランタンの光で、垂直の穴の一部が照らし出される。
その様子を、アルメリアがテオの分厚くて広い背中越しに覗き込んできた。
梯子代わりの金属製の突起が、穴の中の石壁沿いに、下方へと続いているのが見える。
「先に私が下りるから、ついてきて」
言うが早いか、アルメリアはもう一つ別のランタンを吊り金具部分で口にくわえると、実にしなやかな
動作で穴の中へと飛び込んでいった。
一瞬虚を突かれたテオだったが、そこは彼も冒険者である。
すぐに意を決して、アルメリアの後に続いた。
穴は、垂直方向にはさほどの距離を保たず、建物で言えば二階分程度の距離で、すぐに横穴に変じた。
床は人工の手による石畳状のものが組まれており、明らかに、自然のものではない事が分かる。
「ほら・・・あれを見て」
テオが床に足裏を接したタイミングで、アルメリアが前方にランタンをかざし、そこにあるものを、
静かに指差してみせた。
横穴の数メートル奥に、墓地でよく見かける墓堂の入り口のようなものが見えた。
「ほら、アーチ上になってる天井部分の壁に、下位古代語で、弔辞のようなものが書かれているわ。
  間違いなく、ここは墓堂ね」
「はぁ・・・」
下位古代語が読めないテオは、ただただ感心して頷くしかなかった。
アルメリアはそんな彼の鈍い反応など気にした風も無く、盗賊としての技量を最大限に発揮しつつ、
慎重に歩を進めていった。

少なくとも、物理的な罠が構造内に設置されていない事を確認すると、アルメリアは手招きでテオを
墓堂内へ呼び込んだ。
ここでようやくテオは、アルメリアが不機嫌そうな表情を浮かべている事を理解した。
「う・・・何だ、この臭い・・・」
かび臭い墓堂外側とはうってかわって、そこには凄まじい腐臭が充満していたのである。
もちろんアルメリアはこの腐臭が単に我慢出来ないというだけで、表情を強張らせているのではない。
「古代王国期の墓堂内で、何故腐臭がするのかしら?」
「あ、確かに・・・」
アルメリアが指摘してようやく気づいたテオは、その直後、とんでもないものを目撃する事となった。
彼女が、無言でランタンを墓堂奥の石棺安置台付近を照らし出すと、そこに、信じがたいものが、
山積みにされていた。
「こ・・・これは!」
重い石の蓋が開け放たれた石棺の周囲には、幾つの遺体が転がっていたのである。
しかもそれらの遺体は、最近出来上がったものと、既に白骨化しているものとに二分された。
共通しているのは、いずれも頭部が無い事と、普段着や冒険装備など、何らかの身にまとう品を必ず
身に着けている事であった。
最近出来たものであろうと思われる遺体の数は、もしかすると失踪した武術会参加者と一致するのでは、
と推測してみたテオだが、しかし実際に数えてみると、一つ多かった。
腐臭に美貌を歪め、死者への冒涜を詫びるかのように一言二言、口の中で何かを唱えたアルメリアは、
最近出来たであろうと思われる遺体の群れを、ごそごそとまさぐり始めた。
何か、手がかりが残されているかも知れないのである。
テオとて、彼女のそんな行為を非難するつもりは毛頭無かった。
最も時間経過が古いと思われる巨体の首無し遺体から手をつけたアルメリアだったが、そこで彼女は、
半ば悲鳴に近い驚きの声を漏らした。
「ちょっと・・・これ、どういう事!?」
ランタンが照らし出す中で、アルメリアは掌大の金属片を取り出し、それをじっと凝視していた。
テオには、それに見覚えがあった。
確か、武術会参加者に配られていた、参加票ではなかったか。
「あの・・・誰のものなんですか、それ?」
「・・・ビジェイ・キンケード」
やや震えを帯びた美貌の吟遊詩人の声に、テオ自身も戦慄に凍りついた。

その頃、ブラード郊外のコレッタの墳墓と呼ばれている地下遺跡内では。
唯一の入り口を、落盤か或いは落石かに閉ざされてしまい、地上へ戻るには、相当な復旧作業と、
その為の時間及び労力が要されるであろう事は、ドワーフのゴルデンがざっと一目で見積もっただけで
容易に計算する事が出来た。
大地の妖精である彼でなければ、この見積もりを短時間で出す事が出来なかっただろう。
「のうエディス・・・何ぞ、大地の精霊力に異常は無いかの?」
「それが・・・反応が無いの」
いささか自信無さそうに答えるエディスではあったが、しかし彼女だけではなく、フォールスもまた、
奇妙な現象に表情を曇らせていた。
「あのぅ、どうしたんですか?」
一緒に壁面の毛髪を調べようとしていたルーシャオに尋ねられても、フォールスはしばし無言のまま、
自らの掌をじっと凝視して、何も答えようとはしなかった。
ガルシアパーラが再度、ルーシャオと同じような調子で声をかけ、ようやくフォールスは、いつもの
無愛想な面に、若干の感情を含ませたような表情で応じた。
「光の精霊が全く反応しない。いや、それだけじゃない。他の精霊達も一切、俺の感覚に応じない。
  まるで、この世の精霊全てが、俺の周りから消え去ったかのようだ」
更に驚くべき事に、この場に居る全員からも、生命や精神の精霊力の反応が全く得られないというのだ。
かと言って、負の精霊力に支配されたのかと言えば、そうでもない。
全く文字通り、この場のあらゆる精霊力が完全に消滅しているかのような状態なのである。
こんな馬鹿な話は無い、と納得しない様子ながら、フォールスは精霊への語りかけをすっぱり諦めて、
ルーシャオの手伝いに回った。
既にルーシャオは、壁面に鉄釘で縫い付けられている髪の毛の調査に入っている。
何となく規則性のようなものが無いでも無いのだが、いかんせん、彼には稀有毛現に関する知識や情報が
全く与えられていないのである。
ただ、一つだけ気になるものはあった。
「・・・この頭皮だけ、妙に特徴的ですよね」
「ん?」
触るのも嫌だと言わんばかりに、壁面の頭皮の一つを指差すルーシャオだったが、フォールスなどは、
まるで意にも介さない様子で手を延ばし、実際に触れてみた。
「うむ、これだけモヒカン刈りだな」
あまり見かけない髪形だけに、キンケードの髪型は随分珍しいと思っていたのだが、よもやここで、
別のモヒカンヘアーに出会う事になろうとは、予想だにしていなかった。

さて、リリーであるが、彼女はキンケードと共に、倒壊した墓標下の空間の調査に着手していた。
何かの仕掛けが隠されているような気配も無く、力任せに石床を破壊すれば、そのまま一気に、下の
空間に飛び込む事が出来そうな感じではあった。
ただ、そこに広がる空間の規模が、全く読めないのは、どういう事であろう。
「広くもあるようですし、狭くもあるようですし・・・何なんでしょう、この妙な感じは・・・」
訝しげな表情で石床をこつこつと拳で叩くリリーだが、その傍らで、キンケードが愛用の戦斧を振り上げ、
「ちんたらしてても始まらん。ここは一丁、ぶち抜いてみるか」
リリーが驚いて制止する間も無く、キンケードはその巨体から渾身の力を床の一点に向けて集中させ、
凄まじい破壊のエネルギーを墓標脇の石床へと凝縮させた。
次の瞬間、倒壊した墓標を中心として、半径数メートルにわたって床が崩落し、実に十メートル近い
高さを誇る空間が、そこに現れた。
キンケードが戦斧を振るって破壊した点に最も近い位置だったリリーは当然の事ながら、壁面や地上へ
通じる斜面通路を調べていた面々は無事だったものの、少しでも壁面から離れて立っていたエディスや
ガルシアパーラといった面々も、リリー同様、崩落に巻き込まれる形で、墓標下の空間へ呑み込まれた。
まさに、一瞬の出来事であった。
狭い地下空間に、大量の砂誇りが充満し、呼吸が苦しくなった。
「えぃ糞ぅ!なんちゅう無茶な事やらかしおる!」
地上への斜面通路に、そのずんぐりした体躯を半分以上押し込む格好で調査していたゴルデンは、幸い
崩落には巻き込まれず、一難を避けた。
丁度、斜面通路を封鎖した落盤やら落石やらは、時間さえかければ何とか取り除
けるであろうという
見積もりを立てていたところであった。
「リリー!エディス!キンケード!無事か!?」
その表情には、さほど焦りの色は無かったものの、何故かガルシアパーラだけはすっかり思考の外へと
追いやってしまったかのようなフォールスの態度に、緊急事態ではあったが、ルーシャオは苦笑を
どうにも抑えられなかった。
正直言って、彼らにとってはガルシアパーラの存在など、もうほとんどどうでも良いのであろう。
「俺とエディスは無事だ!」
ややあって、キンケードの怒鳴り声が返ってきた。
が、何故か声の位置が大体にも特定出来ないというのは、どういう事であろう。
暗い闇の中で、方向感覚や位置感覚が鈍ってしまっているのであろうか。
いつもなら真っ先に助けを求めてくるであろう筈のガルシアパーラが、何も言ってこないのも気になる。

リリーは、気を失うところまではいかなかったものの、落下直後は意識が朦朧とし、すぐには思考が
定まらない程の衝撃を受けていた。
したたかに打ちつけた腰の痛みに耐えながら、闇の中で手探りしつつ立ち上がろうとした彼女だったが、
そこが意外に狭く、左右に石壁が垂直に迫っている状況を、感覚で理解した。
恐らく、細長い通路か何かの間に挟まるような格好で落下してきたものと思われる。
崩落の残骸は、彼女の前後に山積みになって散らばっているのが、足先の感触で分かった。
完全な闇ではなかった。
遥か頭上に、例の崩落しかかっている石組みの天井があり、そこから、ほんの微かにではあるが、弱い
陽光が針のようなか細さで射し込んできているのだ。
目が慣れれば、何とか狭いながらも視界が確保出来るに違いない。
ここでリリーはふと、小首を傾げた。
誰からも、声がかからないのである。
もし崩落した床以外のところで、無事に残っていた者があれば、安否を気遣う声ぐらいは届いてきても
良さそうなものであったが、それすらも全く聞こえてこない。
という事は、全員がこの崩落に巻き込まれてしまい、彼女以外は気絶してしまっているのだろうか。
そんな疑念を抱きつつ、ふと頭上を見上げると、リリーは背筋が凍りついた。
左右に迫る垂直の壁の間に、何かが浮いている。
最初それが何なのかよく分からなかったリリーだが、次第にそれが、全身毛むくじゃらの人型である、
という事実を認識出来るようになってきた。
更に、頭上から降り注いでくる微かな光は、石組みの天井から漏れ込んでくる陽光などではなく、全く
異質とも言って良い、闇に閉ざされた空間から、何者かが白い手を延ばしており、その手が握っている
眼球が、淡い光を放っているのだった。
(ここは・・・何ですの?)
リリーならずとも、自問したであろう。
まるで自分が、あの崩落をきっかけに全くの別世界に落ちてしまったかのような錯覚すら覚える。
いや、錯覚ではなく、実際異世界へと引きずり込まれてしまったのだろうか。
この時、リリーは不意に、あるフレーズを思い出した。
(夢幻の妖異・・・)
確か、ブラードの街で情報収集していた際に、コレッタの魔女に関して、そのような言葉が使われた。
夢幻とは、即ち夢幻界の事か。
(そんな・・・まさか!)
リリーは信ずべからざる可能性を脳裏に浮かべ、全否定したものの、しかし確証は持てなかった。
もしかしてここは、夢幻界か。


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