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再び、ガルシアパーラが動いた。
昨日の朝同様、虚ろな表情で地下倉庫へと足を運び、そこには例の化粧箱が保管されていないにも
関わらず、何かを探し求めるようにうろうろと倉庫内を這い回っていた。
エナンの指示で、リグとゴルデンが、ガルシアパーラを当て身で気絶させた。
「全く、こやつのコレを何とかする方法は無いもんかのぅ」
いささか呆れた表情を作りつつも、ゴルデンはガルシアパーラをその頑健で分厚い肩へと担ぎ上げ、
二階宿部屋の一室に押し込み、ベッドに寝かせた上に、両手足を縄で縛り上げた。
「でも、化粧箱と角は、もう僕達が取り返したから、事態はおおよそ、解決したようなもんだね」
何気なくそう言い放ったリグに、しかしエナンは鋭く批難するような視線を投げかけて否定した。
「忘れたのか?敵は、ユニコーンの角奪取のみならず、諸君全員の命をも狙っている。決着が完全に
  つくまでは、誰一人安全ではないのだぞ」
「あ・・・そうだった」
エナンに指摘されるまで、自分達の生命に危機が迫っている事を失念していたリグだったが、しかし
切り札は自分達の手の中にある。
以前程、後手に回ってはいないという確信が、彼らの心に余裕を生じさせているのだろう。
尤も、その余裕が油断にまで達してしまっては危険極まりない。
「ゴルデンの情報では、官憲隊内部に、グラッフェンリードの内通者が紛れ込んでいるという事だが、
  結局はそこまでだ。それ以上の強硬な手段には出ていない・・・まぁ、詰め所襲撃というような
  荒事には手を出したが、暗殺を企てる程の陰惨な手口は望んでいないように見える」
早朝の為、まだ薄暗い一階酒場のカウンター前ストゥールに腰を下ろし、エナンは考えを纏める為に、
半ば独り言に近い口調で、誰に対してともなく、分析を続けている。
そんな彼女の言葉を、手近の丸テーブルに陣取っているリグとゴルデン、更には、フォールスや
キャロウェイといった面々が興味深そうに聞き入っていた。
「という事は、矢張りあの暗殺者はブジェンスカ本家の手の者と見るのが筋か」
「だろうな」
フォールスの推論に、エナンは素直に頷いた。
「最近、ブジェンスカ本家に出入りしている、その道の達人に関する情報を知りたいところだな」
「その辺のところは、矢張り分家筋から聞き出すのが一番だろう」
仏頂面の精霊使いが立ち上がったところで、二階から、出かける準備を整えたルーシャオが、階段を
降りてきた。

ガルシアパーラの保護観察と、ユニコーンの角防衛に関しては、キャロウェイ、リグ、ゴルデンの
三人に任せておき、情報収集並びにブジェンスカ分家との交渉については、エナン、フォールス、
ルーシャオの三人が担当する事になった。
但し、ルーシャオが最優先で考えているのは、レイ・クラウザーとの合流であった。
あの美貌の超戦士は、クリスタナを保護したまま、行方不明となっている。
ところが、意外な程あっさりと、レイ・クラウザーの居所は知れた。
まだ夜明け後、時間が早い事もあり、いきなりトランティニアン邸を訪問するのは失礼に当たると
判断したルーシャオは、一縷の望みにすがる思いで、白峰亭へと足を運んだのだが、何とそこで、
レイ・クラウザー本人とばったり出会ったのである。
ルーシャオと別れ、ブジェンスカ家別荘の本家管理区分を強行突破していった美貌の超戦士は、全く
何事も無かったかのような、実に安穏とした様子で、湯漬けをかきこんでいた。
(この人、いっつも何か食べてるような・・・)
半ば呆れつつ、レイ・クラウザーと若女将メメル以外は誰も居ない一階酒場の中を、ルーシャオは
まっすぐ横切って、カウンター席へと近づいていった。
「よう。ちょっと待ってくれ。これ食い終わったら、あのお嬢ちゃん連れて水鏡亭に行くわ」
レイ・クラウザーの意図が分からなかったルーシャオは、一瞬どこか呆けたような表情で、湯漬けを
勢い良くかきこんでいるレイ・クラウザーの傍らに立ち尽くしてしまった。
「えと・・・クリスタナさん、連れてきて大丈夫なんですか?」
「大丈夫も糞もねぇだろう。化粧箱が無きゃ、術も解けん」
思わず、心中であっと叫んだルーシャオを、レイ・クラウザーはにやりと笑って、目線だけで眺めた。
「その顔つきからして、完全に忘れてやがったな?まぁ良いさ。ともかく、俺があのお嬢ちゃんを
  元の状態に戻してやる」
「行くんなら、早く食べちゃってよね。こちとらこんな朝っぱらから叩き起こされて、迷惑至極よ」
欠伸を殺しつつ涙目になっているメメルの美貌は、明らかに不満の色が濃い。
恐らくレイ・クラウザーが、自身の空腹を満たす為に、強引にメメルを叩き起こしたのだろう。
カウンター越しに頬杖を突いて悪態を垂れるメメルのアンニュイな仕草には、何とも言えぬ色気が
漂っているのだが、そんな彼女によりも、湯漬けにしか目が行かないレイ・クラウザーは、矢張り
独特の感性の持ち主と言って良い。

エナンと共にソルドバス邸に赴いたフォールスは、エナンの供になりきって口を閉ざしている方が
得策だと判断し、彼女を前面に立てて行動するよう心がけていた。
さすがに神殿警察の捜査官として場数を踏んでいるだけの事はあり、胡散臭げな表情で対応に現れた
門衛に対し、決して臆する事無く、自身の立場と用件を、権高に相手もすっかり気を呑まれ、半ば
逃げ込むように、門内へと消えた。
そして程なくして、執事らしき老齢の人物が現れ、二人を邸内に招きいれた。
フォールスにとって、ソルドバス家当主ファジオーリは、初対面ながら、決して知らぬ相手ではない。
かつて、クリスタナ失踪事件の際には、門前払いを食わされた苦い記憶がある為、どちらかと言えば、
策士的な印象が強く心に焼きついていたのだが、いざこうして顔を合わせてみると、年齢の割には
若々しい外見で、キャロウェイとよく似た、頑健な体躯の人物であった。
ややシルバーに近いプラチナブロンドを、軍人のように短く刈り込んでいる辺り、温室育ちの貴族、
とは全く逆の印象を相手に与えるだろう。
王族では無い為、城程の規模を持つソルドバス邸には謁見の間のようなものは無い。
訪問者との面会に際しては、応接室で長卓を間に挟み、互いに椅子に座した状態で顔を合わせる。
この日の朝、ファジオーリはフォールス以上の険しい仏頂面を作って、面会に応じた。
「挨拶は省こう。本題も、余計な説明は不要だ」
ファジオーリの、野太く渋みのある声音が、応接室内に殷々と響いた。
ここまでの全ての経緯を、大体把握している節がある。
水鏡亭を出る際に、ルーシャオが語ったところによれば、レイ・クラウザーはブジェンスカ分家の
意向に沿って行動している。
ならば、分家の方から、クリスタナ救出に関する情報が、既にファジオーリの耳に入っていても、
さほど不思議ではないだろう。
「出来れば、あの家とはあまり関わりたくなかったのだがな・・・クリスタナが絡んだとあれば、
  そうも言っていられまい」
溜息交じりで小さくかぶりを振るアズバルチ領主の表情から、彼の渋い表情の真意が分かった。
(なるほど・・・巻き込まれたのが気に入らんという訳か)
それも、クリスタナが自ら望んで首を突っ込んだようなものである。
ファジオーリが彼女を溺愛しつつも、同時にトラブルの発生源であるとして、頭痛の種としている、
という親の心理が、何となくではあったが、フォールスにも察せられた。
「話を聞かざるを得んだろう。それで、卿らの望みは何だ?」

さすがに田舎街とは言え、山岳小都市の領主を勤める人物だけの事はある。
筋を通して話せば、呑み込みも早く、自分が何をすべきで、相手が何を望んでいるのかも、ほぼ
一通りの説明に耳を傾けるだけで、おおよその事を理解するだけの頭脳を持っていた。
「要するに、グラッフェンリードとブジェンスカ本家を敵に回す為の後ろ盾が欲しいという事か」
「切り札はこちらが握っています。後は、ソルドバス候のお心一つです」
エナンが決断を迫ってみたが、ファジオーリは十分近く、腕を組んだまま明後日の方向を眺め、
じっと考え込んでいる様子だった。
(余程、ブジェンスカ家の内紛に関わるのが嫌らしいな)
内心、フォールスは気の毒に感じたが、しかし自分達の命もかかっている為、ここでこの領主には、
何が何でも色よい返事を出してもらう必要があった。
やがて、ファジオーリはいささか諦めた様子で深い溜息を漏らし、重たそうな唇をようやく開いた。
「昨晩分家が知らせてきたところによれば、本家が雇っている暗殺者は、リカルド・フレンツェン、
  という西からの流れ者らしい。しかし我が独自の情報網によれば、もっときな臭い輩だ」
普段は能面のように表情が変化しないエナンの美貌が、この時ばかりは喜色に染まった。
ファジオーリから暗殺者の情報が語られたという事は即ち、協力に応ずる、という意図であると
解釈して問題ない。
が、彼女の端正な面は、すぐに緊張の色で引き締まった。
「その名前なら、聞いた事があります。確か、本業は結婚詐欺師だという事でしたが」
「あくまでも本業はそういう事になっている・・・が、実際のところは、国際テロ組織と濃密な
  繋がりを持っているようだ」
「では、そのフレンツェンと本家の繋がりを示すものを発見すれば・・・」
どんな形でも良い。
天下のブジェンスカ本家が、事もあろうに国際テロ組織に連なる者を雇い入れていたという事実を
掴んでしまえば、完全に相手の尻尾を握ったも同然であろう。
「フレンツェン本人と一戦交えるような危険を冒す必要は無かろう。とにかく、証拠だ」
ファジオーリによれば、ブジェンスカ本家は契約に際しては、必ずと言って良い程に、詳細を書面に
残すという規律を几帳面に守る性格らしい。
となれば、必ず何かしらの証拠が残されている筈である。
場所は恐らく、ブジェンスカ家別荘の本家管理区分内のどこかであろう。
フォールスが思うに、結果としてフレンツェン本人と対峙する局面が、きっと訪れるであろう。
その時になって、自分達でどうにか出来る相手かどうかだけが気がかりであった。

もう、居ても立ってもいられない。
これまでずっと、イネスを密かに監視し、何か尻尾を掴もうと躍起になっていたテオだったが、
既に我慢の限界だった。
いつまでたっても、怪しい素振りを見せないイネスに、これ以上の監視は無意味である。
そう考えた瞬間、テオはなりふりかまわず飛び出していった。
「あ、あの、イネスさん!」
謎のオラン貴族美女に続き、突然死角となる物陰からテオが長身を走らせてきたものだから、さすがに
イネスは完全に虚を突かれたらしく、一瞬呆然と立ち尽くしてしまった。
「やぁテオ・・・おはよう」
「お話の途中、割り込んですみません!でも、どうしても聞きたい事があるんですが!」
猛然と勢い込むテオに、イネスも、そして謎の貴族美女も、呆気に取られた様子で、テオのいささか
興奮気味の顔に、食い入るように見入っていた。
「いやまぁ、おらの用事もそげな急ぎじゃねがら、お先にどんぞ」
オリビエと名乗ったそのオラン貴族美女は、テオの勢いに呑まれた格好で、順番を先に譲ってくれた。
了解を得たテオは、イネスの正面に立ち、緊張した面持ちで、しかし口調はすっかり興奮そのものの
勢いで迫るように続けた。
「俺、正直言って、イネスさんこそが怪しいと思ってたんです!その、昨日会った時、あんまりにも、
  言動が胡散臭かったからって言うか・・・妙に隠し事してるっぽかったので・・・」
テオは自分でも馬鹿正直過ぎると頭で分かっていても、こうして真正面からイネスを問いたださねば、
どうにも気が済まなかった。
彼の性格として、陰からこそこそと付け回し、足跡を嗅ぎ回るようなやり口は、どうにも苦手だった。
一瞬、テオの言わんとしている事を理解出来なかった様子のイネスだったが、やがて事情を飲み込むと、
テオに倒して怒りを向けるどころか、逆に気恥ずかしそうな表情で頭を掻いた。
「いや、何て言うか・・・隠し事してたってのがバレバレだったのか。俺の芝居もあてにならんな」
照れくさそうに笑うイネスの表情に、暗い蔭りが一切見られない事に、テオは自分の早とちりに
過ぎない考えを恥じた。
彼は頭から、イネスこそが敵から送り込まれたスパイだと確信し切っていたのである。
しかしもっと早くこうして真正面から本人に問いただしておけば、無駄な時間を費やす事も無かった。
テオは自分に失望し、且つ後悔もした。
所詮自分は棍を握ってこそ本領を発揮する人間であり、盗賊の真似事など、そもそもからして全くの
不向きだったのである。

そんなテオに対し、イネスは逆に詫びた。
「すまない、俺のエゴが、君に余計な疑念を抱かせてしまったようだな・・・正直に話そう。実はな、
  俺の部下のヤニツァって奴が、どうもグラッフェンリードか、もしくはブジェンスカ本家からの
  スパイだって事が疑われててね。それを探り出そうと必死だったんだが」
昨晩の時点までは、あくまで疑念であり、確信にまでは至っていなかったという。
しかし、その疑念は昨晩の詰め所襲撃時に、ようやく確信へと変わったらしい。
と言うのも、昨晩の襲撃の際、どうやらヤニツァが手引きしたらしい形跡が、詰め所内の随所に
残されていたというのである。
更にヤニツァ自身、未明になって姿をくらませている。
これらの状況証拠から、イネスはほぼ確信的に、ヤニツァこそが正真正銘のスパイだと断ずるように
なっていたという。
「おんや、何とまぁ奇遇だべにゃ。おらもそのヤニツァたらいう奴に用があんだども」
テオとイネスは、オラン貴族美女オリビエの、どこかあどけなさを残す美貌に視線を釘付けにした。
話が、思わぬ方向に展開し始めている。
「そのヤニツァたらいう奴な、前はうちの使用人だったけんど、機密を外に持ち出そうとしだ事が
  バレで、放り出されだんだわ。ぎゃてん、後になっで、そいつがグラッフェンリード卿の手下だ、
  っぢゅう事が分がっで、こないして追い回しとんだわ」
ここまで聞かされると、ようやくこのオリビエなるオラン貴族美女が只者ではない事を、テオと
イネスは感じ始めていた。
「失礼ですが・・・あなたは、グラッフェンリード卿とは一体どのようなご関係で?」
「んあぁ、おらさててそんが随分っとお世話になっどるでね。ディバースっつうオランの大臣の
  名前は聞いだ事あっべぇ?」
やっと、この美女の正体が分かった。
オリビエ・ディバース。
グラッフェンリード卿に対抗するオラン貴族の有力者、エイテル・ディバースの令嬢ではなかったか。
さすがに、相手が相手だけに、イネスはテオは滑稽なまでに狼狽し、慌てて態度を改めた。
早朝の田舎街の一角で繰り広げられるこの光景は、誰が見ても異様であったろう。
「んで、ヤニツァたら言うやつぁ、もうおらんだにゃ?」
「は、はい!残念ながら・・・昨晩ここで狼藉者どもによる襲撃があり、その手引きをしていたと
  思われるヤニツァも、今朝未明、姿をくらましておりまして・・・!」
恐らく、グラッフェンリード邸内に逃げ込んだのだろう。

ルーシャオ、レイ・クラウザーの両名に肩を借りる格好で、クリスタナは水鏡亭に入った。
その際の彼女の様子は、意識が朦朧とした痴呆患者とも言えるような、茫漠とした表情が妙に
特徴的だった。
が、その後、例の化粧箱を用いたレイ・クラウザーによる呪法解除を施され、自らの魂を完全に
取り戻してからは、すっかり以前の元気なやんちゃ娘へと戻り切っていた。
そして同様に、ガルシアパーラに施術されていた呪法も、ついでに解除してもらった。
レイ・クラウザーには、何かと世話になりっぱなしであった。
「畜生!あいつ、すっかり騙されたわ!まさか、敵のスパイだったなんて・・・!」
一階酒場で、果汁のジュースを飲み干した直後に、クリスタナは口汚く何者かを罵った。
「あいつって、誰なんです?もしかして、クリスタナさんを拉致した犯人ですか?」
恐る恐る、まるで腫れ物にでも触れるような用心さで、ルーシャオが聞く。
クリスタナは怒りに火がついて、どうにも収まらないような勢いのまま、唾を飛ばして吼えた。
「そうよ!あのルーベンス!ちょっと良い男かなー?って思ってたんだけど、ホンンンットにもう、
  とんでもない食わせ物だったわ!」
聞けば、数日前から泊り込み家庭教師としてソルドバス家に採用されていた、一見華奢な優男風の
美男子なのだという。
当主ファジオーリに直接採用されたのではなく、神学校からの推薦状を携えて、ふらりと彼女の
前に現れ、妙に熱っぽい口調で、是非家庭教師をやらせてくれと懇願してきたのだという。
基本的にはレイ・クラウザーの追っかけを自認するクリスタナだが、こういうところで、妙に
男関係でだらしないところがあり、ついついその甘ったるいお世辞の嵐に負けてしまったという。
この年頃の少女では、プロの手にかかればあっさり陥落してしまうのも、無理からぬところだろう。
しかし、相手が悪過ぎた。
後でソルドバス邸から戻ってきたエナンとフォールスに聞いたところによれば、そのルーベンスこそ、
ブジェンスカ本家が雇い入れていた暗殺者リカルド・フレンツェン当人なのだという。
あの湖畔の朝、フレンツェンがガルシアパーラ暗殺に動こうとしたものの、クリスタナの出現により、
何もせず引き下がったのは、どうやら彼女に顔を見られる事を恐れての事だったらしい。
そして現在、ルーベンスことフレンツェンは、行方をくらませている。
恐らく、このアズバルチのどこかに息を潜めている事は確かだろうが、どこに居るのか、までは
既に誰にも分からない。


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