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ゴルデンがブジェンスカ家別荘本家管理区分の前庭に飛び込んできた時、既に先行組による強行突破が
正面玄関ホールを貫き、二階方面へ足を伸ばそうとしているところであった。
恐らくはレイ・クラウザーとエナンの二人によって叩きのめされたものと思われる、十数人ほどの
人影の群れが不気味にうごめいている。
柔らかな陽射しが注ぎ込む穏やかな雰囲気とはまるで対照的な、極めて凄惨な光景であった。
いずれも、生気の失せた青白い肌を持つ中年から老年の男女ばかりであったが、薄汚れたみすぼらしい
衣服は黒ずんだ血でべっとりと染まり、裾や袖から見える手足は、肉が削げ落ちたり、奇妙な方向へ
折れ曲がったりしていた。
しかし、いずれの面々も全く苦痛というものを感じていないかのように無表情であり、低い呻き声を
漏らしてはいるものの、それは肉体的な苦痛から発せられるそれではなく、単に知能が失われた生物の、
獲物を追いかけようとする獰猛なエネルギーが、体内で鬱屈しているかのような声音ばかりであった。
(こいつら・・・屍兵じゃな)
仮にも鍛冶の神ブラキを信仰する神官であるゴルデンには、不死の眷属を見極める眼力は備わっている。
誰がどのようにして作り出したのか、までは分からないものの、不浄なる闇の物質を肌で感じる事は
十分に可能であった。
ゴルデンが這いつくばっている屍兵達の間を駆け抜けて、前庭を一気に突破していくと、その後を
追いかけるようにして、十数人もの影は一斉に立ち上がり、よろよろと玄関ホールへ向けて歩き始めた。
これだけの数である。
一体ずつ、まともに相手にしていたのではきりがない。
すんなり突破出来るところは突破し、無駄な労力を費やさないのが得策であろう。
玄関ホールに近づくにつれ、二階の方から肉の塊を叩き潰すような耳障りな音が、連続して響いてくる。
恐らく、レイ・クラウザーとエナンの両名が、ルーシャオを庇いつつ、強行突破を仕掛けている最中、
といったところであろう。
(派手にやっとるわい)
内心苦笑しつつ、ゴルデンは玄関ホールの中央にそびえる大階段を駆け登り、先行組の後を追った。
前庭同様、無数の屍兵と思しき影が群れをなして這いつくばっている。
そして矢張り、そのいずれもが大量の黒ずんだ血糊にまみれ、受けたダメージの大きさを物語っていた。
とは言え、まだまだ体力が失われていないところを見ると、余程タフな不死族なのだろう。

ゴルデンが追ってきている事は、偶然エナンが二階廊下の窓から前庭を一瞥した際に、ずんぐりとした
影が武器を携えて駆けて来る姿を確認していた為、ルーシャオにもその情報はすぐに伝わった。
相手が不死の化け物どもである以上、神官の法力は一人でも多いに越した事は無い。
ここで、ゴルデンの強靭な精神力が加勢に現れたのは、彼らにとって朗報であると言って良い。
決して戦いが得意ではないルーシャオも、ここで頑張らなければ力の発揮する場所が無いと心得ており、
出し惜しみする事なく、必要な時には必要なだけ、古代語魔法を駆使した。
「リカルド・フレンツェンは、出てくるでしょうか?」
少し余裕が出てきたところで一息ついたルーシャオは、突入前から抱いていた不安を口にした。
しかし意外にも、レイ・クラウザーは渋面を返してきた。
「どうも気に入らんのだわなぁ」
「・・・何がだ?」
レイ・クラウザーの態度を不満に思っている訳ではなく、むしろエナンもどこかしっくりいかない、
という表情を作りつつ、その疑問に対する回答をレイ・クラウザーが与えてくれるかも知れないという
期待感を持って反問してみた。
美貌の超戦士は、日頃の飄々とした呑気な若者という仮面を押し隠し、鋭敏な感覚に富む熟練冒険者と
しての顔を見せた。
「簡単過ぎるんだよねぇ。こんなあっさり突破出来るような守りなら、あっても無くても一緒だわな」
ルーシャオにとっては、レイ・クラウザーの疑問は贅沢な不満と解釈された。
要するにレイ・クラウザーは、手ごたえが少な過ぎてがっかりしている、とルーシャオは思ったのだ。
しかしエナンは違った。
「つまり、私達は目的を見誤っているという事か?」
「・・・時間稼ぎか、足止めかってぇところかも知れねぇな」
一体何の為に?とルーシャオが問いかけようとしたところで、ゴルデンが三人に追いついてきた。
「おぬしら、随分調子良さそうに突っ込んできとるのぅ」
階段を駆け上がってきたせいか、ドワーフ神官の息遣いは相当に乱れている。
しかしレイ・クラウザーはそれには応じず、別の事を聞いた。
「来たのはお前さんだけか?他の連中は?」
「リグは分家の方に向かったぞ。テオとフォールスはイネス隊長に会いに行ったわいな」
「・・・つまり、水鏡亭は事実上、無防備という事か」
この時、ようやくルーシャオはレイ・クラウザーの言わんとしている事が分かった。
自分達はリカルド・フレンツェンによって、体よく誘い出された、と言いたいのだろう。

官憲隊詰め所でイネスと面会したテオとフォールスは、ヤニツァが相当腕の立つ何者かによって、
ほとんど一撃で急所を突かれて殺害された旨を聞かされた。
遺体が発見されたのは、グラッフェンリード別邸から程近い、人気の少ない裏路地であったという。
現在は、今彼らが居る官憲隊詰め所奥の遺体仮安置所に運び込まれており、どういう訳か、オリビエ嬢と
その従者が、ヤニツァの遺体を検死しているという。
「ところで・・・例の箱と角は、今も水鏡亭に?」
何とは無しに聞いたイネスの問いに、テオもまた、ほとんどこれといった意識も無く、頷いて肯定した。
現在水鏡亭に残っている面々と言えば、表現は悪いが、非常に頼りない連中ばかりであった。
その事実を、ここに至ってようやく理解したのは、この場ではフォールスだけであった。
(すぐに戻った方が良いかも知れんな・・・)
フォールスが内心不安にかられてそんな事を思い始めた頃、遺体仮安置所から、二つの美貌が闇の中から
浮かび上がるようにして同時に現れた。
一方は、既にイネスとテオにとっても面識のあるオリビエ・ディバース嬢であったが、もう一人は、
少なくともテオとフォールスには初対面となる顔であった。
オリビエとはまた違った雰囲気の、清楚であると同時に、どこか猛獣のような勇ましさを内に秘めている、
そんな相反するエネルギーを備えた人間女性であった。
決して大柄ではないが、戦神の司祭である事を顕す純白の法衣が、戦士のオーラを包み隠しているように
思われてならなかった。
「知っている太刀筋でした」
オリビエ嬢の従者であるその美女は、襟元で綺麗に切り揃えた黄金に近い色合いの髪を揺らして、主人たる
ディバース家令嬢に渋い表情を向けた。
「フレンツェンの名が出た時点から、嫌な予感はしていたのですけれど・・・」
戦神司祭の美女がぼやくのを、オリビエは話半分に聞きながら、詰め所を訪問していたテオとフォールスに
明るい笑顔を向けて会釈を送ってきた。
さすがに相手が相手だけに、テオにしろフォールスにしろ無視する訳にはいかず、慌てて居住まいを正し、
背筋を伸ばして会釈を返した。
「そ言えば、まんだおめさんらがこの件に関わっどる訳どが全然聞いでながっだな」
相変わらず訛りのきつい美声に違和感を覚えつつも、テオは今、自分達が巻き込まれている状況とその経緯に
ついて、簡潔な説明をその場で加えた。
終わるまで黙って耳を傾けていたオリビエ嬢だったが、テオの説明が終わると同時に、ほとんど一瞬にして
何かの判断を下した。
「ミレンさぁ、ちょっどこの二人と一緒に、その水鏡亭だらに行ったっでぐれ。ちぃど気になるわ」

戦神の高司祭たるその美女は、ミレアンレーヌ・ファインと名乗った。
愛称は、ミレーン、もしくはミレン。
もともとはテオやフォールス同様冒険者だったのだが、あの記憶にも新しいオラン大崩壊後、とある
複雑な経緯によって冒険者を辞め、現在はオリビエ・ディバース付のシークレットサービスといった
役割に近い職に就いている。
さほど大柄ではないのだが、その身体能力はずば抜けて高く、その近接戦闘能力は、並の騎士程度では
到底相手にならず、また同時に、極めて優秀な法力を駆使する高司祭であり、オランにおけるその実力は
既に指折りの存在と言って良い。
まだ二十代前半の若さながら、その抜きん出た才能は既にオラン国内に広く聞こえている。
そんな逸材を擁するディバース家は、矢張り並々ならぬ家格と実力を誇る家系なのであろう。
テオにしろフォールスにしろ、相当背丈のある二人と並ぶと、彼女はその柔らかな物腰と穏やかな笑みを
湛える美貌から、二人の屈強な若者に守られる清楚な女性という風に見られるが、実際はというと、
この二人の若者を実力で捻じ伏せる事を容易とする超人なのであった。
武辺の塊のようなテオにしてみれば、このおとなしい雰囲気の美女が、本当に自分を凌駕する程の実力を
備えているのか、甚だ疑問であった。
が、相手が相手だけに、そんな思いを顔に出す事も出来ない。
やがて三人は、水鏡亭前で足を止めた。
何故かミレーンが、険しい表情で一階酒場の入り口前で軽く身構え、内側の気配をうかがい始めたのだ。
続いてフォールスが、水鏡亭内部に、不自然な精霊力が渦巻いている事に気づいた。
「これは・・・負の精霊力。しかもその強さは、半端じゃないな」
「な・・・何だって!?」
フォールスの警告に驚愕しながらも、テオは背負っていた愛用の棍を慌てて手に取り、臨戦態勢に入った。
「恐らくヤニツァを殺した犯人か、或いはその仲間でしょうね」
厳しい表情で抑揚の無い声を絞り出すミレーンに、しかしフォールスは別の疑問をぶつけた。
「負の精霊力が強い理由は?」
「怪仏ソンジンの眷属。ほぼ十中八九、それで間違いないでしょう」
テオは背筋に冷たいものを感じた。
冒険者としての経験と技量は、お世辞にも豊富であるとは言えない彼にとって、相手が正体不明に近い
化け物である以上、決死の覚悟で臨まねばならない。

ブジェンスカ家別荘の本家管理区分でも、新たな展開が生じていた。
分家側に忍び込んでいたリグが、ほとんどこれといった収穫が無かった為に、ゴルデンの後を追って、
先行するルーシャオ達と合流した。
そこまではまだ、普通であろう。
問題は、その直後である。
クリスタナが囚われていた客室の前の廊下を過ぎたところで、突如大理石の柱を真っ二つに切り裂く
凄まじい斬撃が、先頭を行くレイ・クラウザーを襲ったのである。
間一髪かわしたレイ・クラウザーだったが、その緊張した表情を見るに、本当に咄嗟の動物的な反応で
辛うじてかわした、という印象が強い。
つまり、その不意の一撃を放ってきた相手は、レイ・クラウザーにすら気配を悟られる事なく、凄まじい
威力の斬撃で、危うくその命を絶ってしまうところだったのである。
「こいつは・・・ちぃっとやり甲斐のありそうな相手が出てきたみてぇだなぁ」
もしこの場にフォールスが居合わせれば、相手の全身から放出される強烈な負の精霊力に、悪寒をすら
感じていたに違いない。
革製の軽鎧に長身を包み込んだその影は、窓から射し込む午後の陽光の中で、大振りの両手剣を携えたまま、
無造作に佇んでいる。
灰色がかった茶色の髪は少し長めに伸び、端正な面立ちにどこか暗い翳を落とし込んでいる。
能面の如く表情を消し去ったその面は、まさに死者そのものであった。
「加勢した方が良いか?」
「・・・出来ればそう願いたいねぇ」
半ば断られる事を予測した上で聞いたエナンだったが、レイ・クラウザーからの予想外の返答を聞くに及び、
この敵が容易ならざる相手である事を、ようやくに悟った様子であった。
「こいつが出てきたってぇこたぁ、多分相棒もどこかに居る筈だ。出来れば同時には相手にしたくないなぁ」
やや軽口めいてはいるが、レイ・クラウザーの声には余裕の欠片も感じられない。
思わずリグが、好奇心を掻き立てられて聞いた。
「ねぇ、こいつ、知ってるの?」
「まぁな・・・怪仏ソンジンに魅入られ、不死の化け物として呼び起こされた魔戦士イーサン・モデイン。
  最近、フレンツェンの野郎が味方につけた、みてぇな情報は聞いていたが、まさかここに居たとはなぁ」
更に曰く、その相棒の名はカツェール・デュレク。
こちらもイーサンに負けず劣らずの、強烈な戦闘力を誇る闇の暗殺猫という異名を持っていた。


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