戻る | TRPGのTOP | 次へ




少なくとも、フォールスとテオは多少警戒しつつ、湖岸のエルフに対して、相手を驚かせないようにと
気を遣いながら接近する意思を持っていたが、そんな二人の思惑は、同行するグラスランナー盗賊には、
はなから無かったようであった。
「やぁどうも!おいら達、アズバルチから来た冒険者なんだけど、あんたエルフさんだよね?」
街中で知り合いにでも声をかけるかのような気軽さで、リグは明るい声を放った。
一瞬、フォールスとテオはそのあまりの無用心さに凍りつく思いであったが、既にリグはてくてくと
下生えを掻き分けてエルフの傍らへと歩き出している。
もうこうなってしまったら今更何をどう配慮しても仕方が無い。
遅れを取る格好になった二人は、若干慌てた様子で、しかし抜け目無くエルフの動向を視線だけで細かく
チェックしながら、馬の手綱を引いてリグの後に続いた。
湖上から流れてくる清々しい山の空気を背後に従えて、そのエルフ、オーランド・ウッドは三人が
近づいてくる様子を、表情を殺してじっと凝視している。
「釣り道具を持っていないところを見ると、日頃よく訪れる釣り師達ではなさそうだね」
オーランド・ウッドは、エルフ特有の張り付くように冷たい印象を与える低い声音で、三人を出迎えた。
声に緊張感が含まれている。
三人の正体が分からない以上、警戒して当然であろう。
「それに、この肉の塊を見ても殊更驚く様子を見せないという事は、関連した目的で現れたと、という
  ところではないかな?」
驚くべき洞察力であった。
リグにしろフォールスにしろ、盗賊ギルドで相当鍛えられ、相手のいでたちから大体の状況や様子などを
見抜く訓練を積んではいるのだが、まさかエルフに先手を取られようとは、思ってもいなかった。
「精霊使いのフォールスだ。失礼ながら、さっきあんたが風の精霊達に語りかけているところを耳にして、
  既に名前も分かっている・・・オーランド・ウッド氏で間違いないか?」
オーランドは苦笑を禁じえない。
普通、精霊語のような特殊言語は、余程聞き耳を立てない限り、その会話を聞き取るのは難しい。
フォールスがまるで偶然を装ってオーランドの名をたまたま耳にしたような口ぶりが、彼にとっては
あまりにも馬鹿馬鹿しく、白々しかったのだが、それを平然と言ってのけるフォールスの度胸に、半ば
呆れ、半ば感心してしまった為、ついつい怒るよりも苦笑したくなる念が湧いてしまった。
「戦士のテオです。こっちはグラスランナーのリグ。アズバルチを拠点にしている冒険者です」
駄目もとで手を差し出したテオだが、意外にも、オーランドは握手に応じてきた。

オーランドの美貌は、近づいてよくよく見てみると、同性ですらも思わずはっと息を呑んでしまう程、
秀逸で妖艶だった。
エルフという種はどちらかと言えば、芸術品のような美しさを誇る外観が多いのだが、このオーランドは
どちらかと言うと、人間社会にどこか通じる雰囲気が無くも無い。
「ところで、あんたのその足元にある肉の塊・・・それが何なのか、ちょっと調べさせて欲しいんだが」
エルフ相手に下手に出れば、なめられかねない。
フォールスは、敢えて対等な立場を振舞う事で、オーランドの反応をうかがう事にした。
種としての誇りが極めて高いエルフに対し、人間が横柄な態度で接すれば、怒りを買う事が多いというのが
通説なのだが、フォールスは、何故かこのオーランドには、そんな常識は当てはまらないと直感した。
果たしてオーランドは、小さく肩をすくめて、湖岸の肉塊から一歩退いた。
こういった仕草も、どちらかと言えばエルフというより、人間臭い部分を感じさせる。
もしかするとこのオーランド、かつて人間と共に行動していた事があるのではないか、という思いが、
自然と三人の心のうちに湧いた。
ともかくも、オーランドが場所を譲ってくれた以上は、三人としても肉塊を調べなければならない。
アズバルチの港に浮かんだ死体同様、表面すべてが食い荒らされたような様相を見せるその物体の傍らに、
冒険者達はそれぞれが場所を取ってしゃがみ込んだ。
「一応教えておくと、それはゴブリンの死体だよ」
フォールスが、肉塊に手で直接触れて調べようとしたところで、オーランドは三人の背後から、静かに、
しかし確信を持った声で言い切った。
三人ははっと面を上げて、オーランドの端正ではあるが、まるで表情の無い美貌に視線を集中させた。
湖面を吹き抜けてきた冷たい風が、オーランドの滝のように流れるブロンドを微かに揺らせている。
「さっき風の精霊に確認したから間違い無いだろう。死因は、見ての通り、全身を食い荒らされた事による
  ショック死か、或いは失血死といったところじゃないかな」
「一つ、お聞きしたい」
最早、自分で肉塊を調べるのが無駄だと悟ったフォールスは、ゆっくりと立ち上がり、オーランドの面を
真正面から見据える格好で、こちらもまた、いつもの無表情で聞いた。
「そもそも何故あんたは、ここに居たんだい?」
答えてくれるかどうかは相手次第だが、フォールスとしては、このオーランドが他のエルフとは異なり、
人間に対して気さくに接するタイプの人物であると、半ば確信するようになっている。
いわゆる、冒険者として世界を渡り歩く変わり者のエルフ、というタイプに、このオーランドが属している、
と考えたのだ。
フォールスのその想像は、決して間違ってはいなかった。

「私が属する集落は、このイブレムス湖から流れ出る清流の一つを跨ぐ形で形成されていてね、水源は、
  もちろんその川の水、という事になる」
オーランドの言葉は、そこで一旦途切れた。
彼の深い蒼の瞳は、三人が取り囲む無残なゴブリンの遺体に、じっと注がれている。
ここで三人は、ようやく察した。
つまり、オーランドの集落においても、同様の犠牲が発生した、というところであろう。
「被害発生からの経過日数は?」
「一昨日の夜かと思われるが、正確な時間は分からない」
苦悩しているというよりは、どちらかと言うと、謎が解けずに考え込んでいる風を見せるオーランドに、
リグはエルフ集落で発生した事件が、何か不可解な疑問点が内在している事を見抜いた。
その事を言うと、オーランドは驚く程素直に頷き、
「遺体の発見状況が、かなり異常と言えば異常なのだよ」
オーランドの説明によると、彼の集落で発見された同様の遺体は、樹上の小屋で発見された、というのだ。
今まで三人は、犯人が水棲生物であろうと半ば仮定し、半ば思い込んでいた節があった為、オーランドの
この説明には軽い驚きを覚えた。
「エルフの集落には、樹上生活を主とする部族も決して少なくない。生活用水は、樹上の小屋から、桶を
  縄で垂らす形で汲み上げるのが、我が集落の生活スタイルとなっている」
テオとリグは感心の声を漏らしているが、フォールスだけは、精霊使いという事もあり、比較的エルフの
生活様態にも詳しく、オーランドの集落のような樹上生活部族の存在についてもよく知っていた。
だが、それではフォールスがアズバルチにあがった遺体から引き抜いたあの歯は、一体何なのか、という
疑問が次にわいてくる。
「遺体の発見現場や様子について、もう少し教えてくれないか?」
フォールスのこの要望には、オーランドは渋い表情のまま、無言を貫いた。
どうやら、彼の口から人間やグラスランナーに対し、自部族の事件について詳細に語るのは、何かしら
制約があるのかも知れない。
「私の身内なら教えてやれるのだが、ちょっとそういう訳にはいかないな。申し訳ないのだが」
しばらくしてからそう答えたオーランドだが、更に何かを考える様子を見せた後、三人にとって、相当な
驚きをもたらす一言が、彼の口から発せられた。
「何だったら見に来るかい?多分、いや絶対歓迎されないとは思うけどね」

一方、アズバルチに残っていたゴルデンとルーシャオは、それぞれ異なるルートでイブレムス湖へ向かう
算段がつこうとしていた。
まずゴルデンだが、彼は先行している三人と同様、官憲隊からイネスの名前で馬を借り、アズバルチを
陸路出発する運びになった。
多少出遅れてはいるのだが、ミズカマスの情報を得ている以上、このままアズバルチに残っていても、
さほど収穫は無さそうだと判断したのだ。
ルーシャオはと言うと、彼は本来、更にアズバルチ領内で調査を続行する腹積もりだったのだが、
釣り師達からの情報収集を中心に行動を起こしてみたところ、実際に自分でミズカマスを釣ってみて、
どういう結果が得られるのだろうかという方向に話が進んだ。
そこで、川舟を借りてオルール川をさかのぼる、つまり水路でイブレムス湖に出るという方法を取る事に
なったのだが、ここで一つ問題が生じた。
ルーシャオに同行する案内役が、誰も居ないのである。
官憲隊が発令したイブレムス湖方面への移動禁止令の為、街の釣り師を案内に立てる事が出来なくなった。
ミズカマス釣り自体は、一人でもやって出来ない事は無い。
その獰猛な性質上、ミズカマス釣りには疑似餌を用いる。
要するにルアーフィッシングになるのだが、ミズカマスを釣り上げるには、熟練の技術が必要となる。
更にミズカマスがよく釣れるポイントとなると、その日の天候や時間帯によっても大きく変動してしまう。
よって、全くの素人であるルーシャオが一人で向かったとしても、ミズカマスを釣り上げるのは、事実上
不可能であると言って良い。
単純に釣り師の講釈を聞いただけで、どうにかなる問題では無かった。
尚、パエンタ湖ではミズカマスは一切釣れない。
どういう生態なのかははっきりしないが、おそらく水質の問題であろう。
生活排水が流れ込む事がほとんど無いイブレムス湖の澄んだ水でないと、ミズカマスは生きられない
可能性もあるのだが、そこまで調査されていないのが現状である為、これも結局は憶測でしかない。
(うぅ・・・一体どうしたら)
ルーシャオは、完全に手詰まりになった。
一人でイブレムス湖へと漕ぎ出し、無理を承知でミズカマス釣りに挑んでみるか。
或いは、ゴルデン同様、官憲隊から馬を借りて、陸路イブレムス湖へと向かい、先行している三人の
後を追ってみるか。
何よりルーシャオにとって誤算だったのは、官憲隊がイブレムス湖方面への移動禁止令を、街の住民に
対して発令した事であったが、安全を最優先する官憲隊の方針を考えれば、至極当然の措置だった。

すっかり後手に回ってしまったルーシャオを尻目に、ゴルデンは一人、気楽な陸路を取っていた。
まだまだ陽は高く、イブレムス湖到着予定時刻は夕刻頃になるかと思われる。
先行している三人が、果たしてそのままイブレムス湖にとどまっているかどうか疑わしいところでは
あったのだが、アズバルチではあまりやる事が無いと判断した以上、ゴルデンは街に留まるつもりは
毛頭無かった。
まさか、ドワーフとはあまり相容れない関係にあるエルフとその集落が、今回の一件に絡んできている
などとは予測だにしていない彼は、呑気に鼻歌など歌いながら、手綱をのんびり握っている。
尤も、ゴルデンのマイペースな性格ならば、例え相手がエルフであっても、自身のスタンスをそうそう
崩される事は無かっただろう。
(水鏡亭を、あの役立たず一人に任せてきたのは、ちょっと失敗じゃったかのぅ)
今回の事件とはあまり関係の無いところで心配する辺り、今のゴルデンには余裕があると言って良い。
尚、あの役立たず、とはガルシアパーラの事であるのは言うまでも無い。
ゴルデンのこれまでの経験上、ガルシアパーラに事件の一端を担わせるのは危険極まりないという
結論が出ていた。
しかし今回に限って言えば、ガルシアパーラ自身が、水鏡亭の留守番に手を挙げた。
彼は泳げないのである。
ゴルデンもその体格から、決して泳ぎが得意という訳でもなかったのだが、ガルシアパーラのように、
こう露骨に水を嫌がられると、下手に巻き込む事も出来なくなってしまう。
かと言って、ガルシアパーラの無能ぶりは今に始まった事でもない為、ゴルデンとしても、そのまま
ガルシアパーラに水鏡亭を任せようという心境になった。
途中、馬を止め、道端で弁当を広げて一服入れた。
傍から見れば、凄惨な殺人事件を調査しているというよりは、ただの行楽客にしか見えない。
実際、彼がイブレムス湖に到着した時には、周辺に先行している三人が居るような気配は無かった。
それもその筈で、ゴルデンが取ったルートは、先行の三人とは微妙にずれており、イブレムス湖に
到着した際にはおよそ数キロ程度の距離の差があった。
(・・・はて、道を間違うたかのぅ?)
眼前に広がる茫漠とした蒼い湖面を何とはなしに眺めながら、ゴルデンは馬上で顎鬚を掻いた。
まだ陽は高い。
今から先行している三人を探しても、十分に時間はあった。


戻る | TRPGのTOP | 次へ

inserted by FC2 system