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フォールスを除く冒険者達と、ナターリアらエルフ小部隊の合同チームは、捕縛したシャーマン種の
ゴブリンに対する尋問を、更にその場で続ける事にした。
もちろん、周囲に対する警戒は怠らない。
ナターリアの部下達のエルフ精霊戦士達に加え、ゴルデンも周辺哨戒役に自ら買って出た。
普通、エルフとドワーフと言えば、お互いが性格的に相容れない存在であるという通説が有名だが、
ことゴルデンに限って言えば、エルフ精霊戦士達と、比較的友好的な態度で接している様子だった。
そもそもこの赤ら顔のドワーフは、不必要に敵を作らない呑気な性格で、且つ他種族を必要以上に
貶めるような発想は微塵も持たない。
一方、ナターリアの部下達はというと、そもそも集落の外の世界へ飛び出す事が非常に少ない為に、
他種族、特にドワーフやグラスランナーといった種とはあまり交流が無く、妙な偏見も持っていない。
唯一例外としてはハーフエルフを忌み嫌う風習が共通の認識のようにして持たれているが、それも
結局は族長の意向が強く影響している事が起因しているだけで、オーランドやナターリアのように、
全く気にも留めない場合もある。
そんな訳で、ゴルデンとエルフ精霊戦士達は、よく話し合ってお互いの位置取りや哨戒移動コース、
及び時間等を決め合い、それぞれがしっかりと役割分担を認識した上で、周囲の警戒に当たった。
「安全に関しては、ゴルデン達に任せよう。こっちはこっちで、きっちり仕事しなきゃな」
言いつつ、テオは尋問のスペシャリストであるリグに、視線で頷きかけた。
意外な話のように思われるが、盗賊ギルドでは情報収集技術の一環として、尋問術も伝授される。
リグもまたその例外ではない。
この、あどけなさを残す少年のような容貌のグラスランナー盗賊が、この面々の中では、尋問術に
最も長けているのである。
もちろん、単に拷問による肉体的精神的苦痛を与えるだけが尋問ではない。
言葉巧みに相手の心の隙を突き、それとなく真相を聞きだす誘導尋問の方が、時と場合によっては
拷問以上に有効であるケースも少なくない。
かと言って、リグに拷問の知識が無いという訳でもない。
彼は情報収集技術の一環として拷問技術を学んでいるだけでなく、自分が捕虜となった際に、
どのような拷問に対して、どのように苦痛を和らげて耐えるのかという観点でも、盗賊ギルドに於いて
厳しい訓練を受けてきている。
そういった日々の訓練が、こういった局面で大いに活かされるのである。

「君達に命令を出しているのは、どこの誰なんだい?」
相手がどのような反応を見せるのかを確認する為に、リグは敢えて、単刀直入な質問から入った。
これにどう応じるかによって、数ある尋問術の中から、適切な方法を選択するのである。
だが予想外にも、シャーマン種ゴブリンはあっさり口を割った。
「名前、カブレラ」
「・・・そいつは一体何者なんだい?」
「局長、先生、博士、教授、大佐、他の連中、そんな風に、呼んでた」
ここでリグは一同を見回した。
黒幕は、一人ではないという事か。
いずれの面々も、緊張に表情を強張らせて、リグの尋問にじっと見入っている。
「そのカブレラと仲間達は、どのくらいの数が居て、今、どこで何をしてるんだい?」
およそ、事件の真相そのものと言って良いような内容の問いだった。
果たしてこのシャーマン種が、どこまで知っているのかを測るには、これが最も適切な質問だろう。
驚くべき事に、リグのこの問いに対し、シャーマン種はすらすらと答え始めたのである。
「湖の東、遺跡、ある。そこ、奴らの基地。人数、一杯。よく、分からない」
イブレムス湖の東側に拠点がある、と言う。
ナターリアに湖周辺に関する説明を求めると、どうやら馬で丸一日半程度はかかる距離らしい。
ちなみに、現在地はというと、シャーマン種が言うところの東の遺跡とは、イブレムス湖を挟んで
丁度反対側、つまり湖の西側湖岸という事になる。
「船で移動した方がずっと早いかもですけど、でも、あの魚の群れが怖いですよね」
美貌のハーフエルフが、しかめっ面で言った。
確かにその通りで、水上移動は、極力避けたいところであろう。
「それにしても、黒幕の正体がいまいちイメージ出来ませんね・・・地位や身分を示すような、何か
  特徴的なものは見た事ありませんか?」
何故ゴブリン相手に敬語を使う必要があるのだ、とリグは内心突っ込みたかったが、ここで話の腰を
折ってしまうと進展しないので、ここは敢えて黙っていた。
シャーマン種は、しばらく考え込んだ後、
「そう言えば、部屋、壁、旗、見た」
そこに描かれている図面の特徴を更に聞き出し、テオが長棍の端で、地面にがりがりと絵を描いた。
証言が正しければ、それは、ある国の国旗であった。
完成した絵図に、誰もが言葉を失った。

静まり返った一同に、不審を感じたゴルデンが、哨戒コースから引き返してきて太い首を傾げた。
「どうしたんじゃ?」
ドワーフの野太い声に、しばらく誰も反応しなかったが、ややあって、ナターリアがその美貌を更に
険しく歪ませて、テオの描いた絵図を指差しながら答えた。
「敵は・・・どうやら、ロドーリルのようだ」
「ほぅ?」
いつもなら、呆けたような反応を示し、分かっているのか分かっていないのか、曖昧な態度を見せる
事が多いゴルデンであったが、この時ばかりは多少事情が異なった。
彼はずんぐりとした体躯を更に窮屈そうに屈めてしゃがみ込み、テオが描いた地面上の絵図に向けて、
しばらくじっと視線を送り続けていた。
「何か心当たりあるの?」
「ふむ。オランを通る時に、噂話程度で聞いた話なんじゃが」
リグの声にそう前置きしてから、ゴルデンは自身がかつて耳にした、ある情報を口にした。
北の巨大軍事国家ロドーリル。
そのロドーリルと、街道を連ねて対立する都市国家プリシスの長年にわたる交戦状態は有名な話だが、
野望に満ちた女王ジューネ四世が展開する対外戦略は、ここ数年、様々な噂となって大陸東部の間で、
事情通達の口によくのぼるようになっている。
そのうちの一つが、関南軍と呼ばれる、対外派遣陸上部隊の存在であった。
基本的にロドーリルは、プリシスによって街道の東側を遮られており、プリシス陥落なくしては、
大陸東部へその侵略の矛先を向ける事は不可能だと思われていた。
しかし、関南軍の登場が、全ての事情を一変させたという。
機動力に富み、不可思議な技術力と戦闘能力を誇る彼らは、グロザムル山脈に基点を置き、様々な
秘密軍事作戦に従事しているという。
当然、このイブレムス湖もグロザムル山脈南西部に位置する事から、もしその噂が真実であるならば、
関南軍の拠点がどこかに潜んでいても、決しておかしな話ではない。
「しかし、わしはてっきりどこぞの阿呆がでっちあげた御伽噺じゃとばっかり思うておったが・・・
  こやつを信用するなら、関南軍は実在する事になるじゃろうな」
言いつつも、しかしゴルデンにはまだ釈然としない思いがある。
もし本当に関南軍が実在するなら、ロドーリルはプリシス陥落にこだわらなくても、大陸東部の国々へ、
侵略の魔の手を自由に延ばす事が出来る筈であろう。
それをしないのは、なぜか?

ミズカマスに関する情報が、まだまだ不足している。
テオとルーシャオがかわるがわるに、この点について問いただそうとしてみたが、シャーマン種は、
どうやらミズカマスに関しては、これといった情報は握っていないらしい。
ただ、カブレラなる人物が、あの凶暴なミズカマスを、水上でも全く寄せ付けなくなる何らかの秘密を
握っているらしいという事だけは、認識しているようであった。
もう一つ、分からない点がある。
ミズカマスに襲われ、絶命した生物が、その死後、体表に極めて激しい崩壊現象が発生するその原因は
一体何なのか。
これについても、シャーマン種は何一つ知らないようであった。
ただ、ミズカマスに襲われれば、例外なく、あのような無残な最期を遂げるという事だけを信じており、
それが何に起因するものであるかなどとは考えた事も無さそうであった。
この時、リグとテオは、それぞれ不安げな表情で、ミズカマスに噛み付かれた箇所を軽く撫でた。
もしかすると、自分達もそのような運命を辿るのではなかろうか、という恐怖が、一瞬脳裏を駆けた。
しかし、今のところ、彼らの肉体には如何なる反応や症状も出ていない。
あの細胞崩壊には、何かしら起動のトリガーとなるものがあるのかも知れないが、それは単なる想像に
過ぎず、決して楽観は出来ない。
「ところで・・・さっき、マルタとか、サイキンとか言ってたな。それは、一体何なんだ?」
この一連の尋問の中で、テオが最も訊きたいと思っていた質問を、他の面々がある程度の情報聞き出しが
終わった頃合を見計らって、ようやくシャーマン種にぶつけてみた。
シャーマン種は、きっと何らかの意味を理解している筈。
でなければ、あのように怯えた言動を見せる事も無かったであろう。
テオの質問の意図を理解したのかしていないのか、シャーマン種は再び、妙に全身をがくがくと震わせ、
怯えた様子を見せ始めた。
「マルタ、いろんなマルタ、いる。ゴブリン、エルフ、人間、コボルド。他にも、いたかも」
「つまりそれは、特定の誰かの名前じゃないって事なんだな?」
「マルタ、生き物扱い、されない。おれ、見せられた。あいつら、恐ろしい。マルタ、いきたまま、
  切り刻まれた。マルタ、ばらばらにされた。あいつら、死んだマルタ、ばらばらにして、手とか、
  足とか、脳みそとか、内臓とか、持っていったりした」
その場に居た誰もが、シャーマン種の証言に全身を凍りつかせた。
マルタが何を意味するものか、まだはっきりとは確証を得られないのだが、しかし、どうやら恐るべき
光景が、そこで展開されているものであろうという事だけは、明確に理解する事が出来た。

不意にナターリアが、ただでさえ緊張に強張らせていた細面の美貌を、更に険しい色に変えた。
「今、オリーから風の精霊を介して、言葉が届けられた・・今すぐ、ここを離れろと言っている」
冒険者達は全員、狐につままれたような錯覚に陥った。
美貌の女エルフ精霊戦士は、一体何を言い出しているのか。
しかし、彼女の部下であるエルフ精霊戦士達やエディスといった面々は、ナターリアの言葉の意味を
咄嗟に理解したらしく、一瞬にして全身を緊張させた。
周辺哨戒をしていた分には、特に異常などは見受けられなかった。
精霊感知による警戒態勢も十分で、すぐに何かが起きるとはいささか考えづらい。
しかし、わざわざオーランドが風の精霊に言葉を運ばせ、遠隔から警告を放ってきた以上は、恐らく、
何らかの危険が身近に迫っているのであろう。
そのオーランドだが、テオやルーシャオとの合流を望んだフォールスを案内する為に、集落を出て、
肩を並べる格好で、フォールスと一緒に深い森の中を歩いていた。
相変わらず、陽光が樹々に遮られて、薄暗く見通しの悪い樹木の間を歩いてくる訳だが、途中、前方に
人の集団のような影を発見した。
十名は軽く越えている。
「何だあれは?この近辺に住む別の部族か?」
足を止めて訊くフォールスの問いに、オーランドもまた同じく足を止め、じっとその前方の影を凝視し、
「いや・・・あんな連中は見た事もない」
と、僅かにかぶりを振った。
直後、二人は風の精霊に語りかけ、謎の集団付近に音声伝達経路を開通させた。
全くもっての偶然であったが、先頭を進む人影が、虚空に向かって何かぶつぶつと呟いている声が、
二人の耳に飛び込んできた。
『・・・了解。捕獲したゴブリンは全てマルタ処理移送班が受領。当班はこれより、人間2、エルフ4、
  ドワーフ1、グラスランナー1、ハーフエルフ1、計9本捕縛予定。マルタ処理移送班急行されたし』
抑揚の無い、低い男の声音であった。
相手の居ない虚空に向かってぼそぼそと語りかけている様は不気味ではあったが、しかし、誰かに向けた
報告のような内容でもあった。
しかし、フォールスの意識はまた別のところにあった。
「なぁ・・・今の、テオ達の事を指していたんじゃないか?」
「かも知れん。エルフの数も、ナターリア達と一致する」
オーランドもまた、フォールスと同じく不安めいた予感を覚えているようだった。

その直後、二人は謎の集団に出来るだけ近づき、且つ相手にこちらの存在を感づかれぬよう、最大限の
注意を払いつつ、徐々にその距離を詰めていった。
辛うじて、肉眼で相手の姿形を明確に視認出来る位置にまで近づいた時、二人は再度足を止め、相手の
特徴をじっと観察すると共に、風の精霊に語りかけて、もう一度、謎の集団周辺の音を聞き取り始めた。
ここで初めて、フォールスとオーランドは驚くべき事実に気づいた。
まずこの集団には、音というものがない。
厳密に言えば、彼らは完全に動作音を消し去っての移動に長じているという事である。
足音も聞こえてこなければ、着用している衣服が擦れ合う音も聞こえないし、また、樹々の間を通る際、
枝葉などに触れるだろうから、その時に僅かにでも接触音が聞こえるかと思えば、そういった音すらも
全く聞き取る事が出来ない。
では、何か魔法的な方法で完全に音を消し去っているかと言えばそうでもない。
事実先頭の一人は、先ほどオーランドとフォールスが耳にしたように、虚空に向けて言葉を発していた。
つまり、この謎の集団は、全員が無音移動のスペシャリストであると解釈するのが妥当であろう。
外観もまた、異様と言えば異様であった。
いずれも頑健な体格を誇る屈強な男達であったが、全員、防具らしい防具は着用していない。
その代わり、緑・黒・茶を基調とした迷彩模様の衣服で身を包んでいた。
更に肌が露出している箇所にも、同じような色合いの塗料で迷彩を施していた。
手足には、それぞれ漆黒の革製ブーツ、革製ガンナーグローブを着用しており、格闘にも遠隔戦闘にも
対応出来るようになっている。
そして何より、武装がちょっと普通ではない。
グリップが妙に湾曲している片刃刀を鞘に収めているのだが、これを腰に吊るすのではなく、地面と
平行になるように、腰の後ろで横に倒した形で携行している。
また、1メートル超にも及ぶ金属製部品と木製部品を組み合わせたような筒状の何かを、矢張り全員、
肩に担ぐような形で携行していた。
筒の一端には握り柄のようなグリップと、クロスボウを思わせる引き金らしきものもついている。
果たしてこれが、武器なのかどうかも、二人にはよく分からない。
しかし、直感がフォールスに警鐘を鳴らした。
「何かやばい感じがする。テオ達に知らせよう」
「同感だ」
この後、二人は先回りする形でテオ達の居る付近にまで急行し、ナターリアの耳元に向けて、風の
精霊が作り出した言葉の伝達路を介して、警告を放ったのである。


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