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もう、このシャーマン種から聞きたい事は全て聞き尽くした感がある。
後はどのように始末をつけるかだけの問題だが、幸か不幸か、オーランドからの急を告げる警告によって、
そんな事に関心を持ち続けられるような状況ではなくなった。
「こいつは置いていく。連れて歩くのは足手まといだからな」
ナターリアがそう宣言した直後、部下のエルフ精霊戦士達が素早く動き、再びシャーマン種の大きな口に
猿ぐつわをかませ、暗黒の法力を行使出来ないよう処置を施した。
手足は戒めたままなので、これで完全に、シャーマン種は再び全ての行動を封じられた事になる。
「撤退する。全員、我が集落まで戻るぞ」
一瞬エディスは、ナターリアの指示に不満そうな表情を浮かべたが、しかしこの肉感的な美女はすぐに
態度を改め、従順に従う姿勢を見せた。
他の冒険者達もほぼ同様に、ナターリア及びエルフ精霊戦士達に続いて移動を開始した。
湖岸付近の開けた土地から数メートル動くと、そこはもう深い森の中である。
用心を重ねて急ぎ撤退すれば、森の聖人エルフの案内もある事だし、余程の不手際が無い限り、そう易々と
追いつかれる事もないだろう。
ただ、一人だけ例外が居た。
何故かルーシャオだけは、途中までは仲間達と同行していたのだが、不意に踵を返し、もと居た場所へと
引き返してしまったのである。
しんがりを務めていたテオは、ルーシャオのこの突然の翻意に、一瞬虚を突かれた。
「どうしたんだい?まさか、戻るつもりじゃ・・・」
「先に行っててください。なに、心配は要りませんから」
訝しげに問うテオの声を背中に受けながら、ルーシャオは笑顔だけを振り向かせとそう答えると、足早に
一行とは逆の方向に、森の中を駆けていった。
テオは、ただ呆然とルーシャオの華奢な後姿を見送るしか出来なかった。
もちろんそのまま放っておける筈もないが、しかし、いかにレンジャーとしての技量に自信のある彼でも、
エルフの結界を乗り越えてまで、単独で集落に戻れる事は不可能である。
となれば、導き出される結論としては、ルーシャオをそのまま放置し、自らはエルフ達の後に続かざるを
得ないという事になる。
(ナターリアさんに話そう)
自分の仲間の世話を頼む事に情けなさを感じつつも、他に手が無い以上仕方が無い。
テオは歩くペースを速め、他の面々を追い抜き、ナターリアの傍らへと寄った。

さすがにナターリアの面長な美貌も、テオの報告を耳にした時には、呆れた色がありありと浮かんだ。
「危機感に欠ける冒険者だな。いや・・・本来危険を冒すからこそ冒険者というのだが、しかし今回は、
  多少勝手が異なる。あのオリーが警告してくる程なのだから」
彼女のぼやきを、耳が痛い思いをしながら聞いていたテオだが、この場での最高責任者は自分ではなく、
あくまでもナターリアである。
テオ自身の勝手な判断でルーシャオを追うのは、彼らエルフ達に余計な負担を強いるばかりであろう。
「しっかし、あやつの変な好奇心も、よりによってこんな時に出てこんでもええじゃろうに」
「ま、戻っちまったもんはしょうがないじゃん。誰かが迎えに行ってやらないとね」
ゴルデンとリグも、矢張り呆れた思いを隠す事も無い。
こういう面では、同じ冒険者チームを組んでいるとは言っても、そこは種族の違いが彼らにそういった
台詞を言わせるのだろう。
ドワーフにしてみれば、手堅さを放棄する人間の行動力に感嘆しつつも、その一方では軽率さを侮蔑する
思いがあるだろうし、好奇心旺盛で奔放な性格であるグラスランナーにしても、仲間を危険に晒すかも
知れない可能性を考慮しない行動は、あまり感心出来たものではないという考えがある。
ましてや慎重さが売りのようなエルフにとっては、人間のこうした無鉄砲な行動こそを、何よりも嫌い、
最も侮蔑するべき対象と見る事が多い。
さすがにナターリアはそこまで露骨にルーシャオを批判する事は無かったが、矢張り気分の良い話では
ないという事は、その曇った表情がよく物語っている。
だが、だからといってそのまま見捨てる訳にもいかない。
「分かった・・・私が彼を連れ戻す。他の者は全員、集落へ急行せよ」
一息入れて気を取り直したナターリアは、エルフ精霊戦士達に先導を命じると、単身その場から引き返し、
ルーシャオの後を追った。
申し訳無さそうな表情のテオに、ゴルデンがそのいささか気落ちしたような背中をどやしつける。
「後でこっぴどく叱ってやりゃ良いさ。お前さんは、何も悪くはないぞ」
「いや・・・でもやっぱり、ナターリアさんには申し訳無いよ」
もしこの場にフォールスが居れば、ルーシャオを力ずくでも引き戻し、散々罵詈雑言を浴びせた挙句、
縄で縛り上げるなり何なりしていたに違いない。
そういう点では、自分はまだまだ仲間に甘い、とテオは思わざるを得なかった。
「行こう。ここで愚図愚図しているのは、ナターリアの意図に反する」
エルフ精霊戦士の一人が、仏頂面で冒険者達に指示を出した。
彼らはあからさまに冒険者達を侮蔑するような目つきを見せていたが、ナターリアの指示が最優先で
ある以上は、集落まで無事に先導しなければならないという使命感に従って行動している。

そんな彼らに、フォールスとオーランドが合流したのは、それから数分後の事であった。
「無事だったか・・・」
言いかけて、オーランドは奇妙な表情を作った。
ナターリアとルーシャオが居ない事に気づいたのである。
テオが事の次第を簡潔に告げると、オーランドはいささか困ったような、しかし決して責めるのではなく、
素直に二人の身の安否を案ずる色をその美貌に浮かべた。
しかし、フォールスは矢張りフォールスであった。
その鋭い眼光がいつにも増して切れ味が冴え、険しい表情を隠そうともしなかった。
「あの馬鹿野郎。何考えているんだ」
フォールスは、謎の集団の姿を直接見ているだけに、その脅威を全身で感じている。
ルーシャオの取った行動は、そんなフォールスの危機感を真正面から否定する事でもあった。
「ナターリアさんだけで大丈夫だろうか?」
オーランドに意見を求めたフォールスだが、彼の内心としては、既に結論は出ている。
否、であった。
あの恐ろしく錬度の高い連中を相手に回すのは、如何に熟練の精霊使いであるナターリアであろうとも、
たった一人で対処するのは、危険が大き過ぎるだろう。
正直言って、自分達冒険者だけで対処出来るかどうかも疑問を感じていた程である。
「あんな馬鹿はどうなっても構わん。しかし、ナターリアさんにまで迷惑をかけるのは筋が通らんぞ」
「・・・私が行こう」
怒りが収まらないフォールスを制するように、深い樹々の間でオーランドの言葉が静かに響いた。
「あの連中の姿を見て、動きも大体分かっている。何も知らないナターリアだけに任せるよりは、私が
  直接足を運んだ方がより安全だろう」
「ちょっと待ってくれ。それじゃあ幾らなんでも迷惑のかけっぱなしだ」
フォールスは相手がオーランドであろうとも、自分が納得いかなければ平然と噛み付く。
しかしオーランドは、そんなフォールスを敢えて手で制し、
「この森は我々の版図だ。ロドーリルの如き余所者が勝手な真似をしているのを、黙って見ている
  訳にもいかない。遅かれ早かれ、彼らとは衝突すべき宿命だったのかも知れない」
アズバルチで発生した無残な謎の遺体が、まさかこのような方向に展開してくるとは、冒険者達の
誰が予測出来たであろうか。
森の聖人vs北の軍事大国という構図は、これまでどんな賢者でも想像し得なかった事態であろう。

フォールスやエルフ精霊戦士達が、自身の取った行動に対しどれほど憤慨しているのか。
そんな想像は露ほども無かったルーシャオは、自分が最も適切だと信じた判断にのみ従って、危険を
承知ながら行動している。
しかしまさか、そんな自分を連れ戻す為に、ナターリアまでが危険を冒して引き返してきている事は、
全くの予想外だっただろう。
途中彼は、古代語魔法によって樫の木の魔法人形を生成し、仲間達が通っていった経路に潜ませた。
もし、オーランドが警告してきた謎の集団が後を追ってくれば、そこで足止めをさせようという考えで
配置したのである。
しかし、これは却って逆効果である可能性も否定出来ない。
謎の集団がここを通り、魔法人形による奇襲に遭えば、この経路こそがエルフの集落に通じる道である、
という事を教えてしまうようなものであった。
そのような可能性は、この際ルーシャオの頭の中には欠片も浮かんでいない。
ただ、自分が良かれと思った判断のみを信じている。
ここに、単独行動の弊害が出ていた。
あらゆる可能性を模索し、検討してくれる助言者が居ないという事が、如何に重大な問題であるかを、
ルーシャオはまだ理解していない。
そもそも彼は、自分が古代語魔法を操る魔術師であり、且つ知識に長けた賢者であるという自負がある。
いわば、ルーシャオのプライドが、この局面では明らかにマイナス作用しているのだが、そんな事は
本人にはまるで気づく余地も無い。
ともあれ、シャーマン種のゴブリンが未だ手足を封じられ、猿ぐつわを噛まされたまま放置されている
開けた空間へと到達したルーシャオは、そこで様々な古代語魔法の奥義を尽くし、自身の身を隠す事に
腐心した。
周囲の風景に同化する呪文は行使したが、暗闇の呪文は控えた。
まだまだ陽は高く、自分の周りだけ変に闇が出来ていれば、そこに何かある、と相手に教えるような
ものであったし、そもそも暗闇の呪文は、自分自身の視界すらをも封じてしまう。
闇を見通す眼力が無いルーシャオにとっては、仮に周囲が薄暗く、行使の余地があったとしても、
それは全くの無意味であろうという事に、果たして気づいていたかどうか。
ともかくもこのまだあどけなさが残る容貌の若き魔術師は、シャーマン種から僅かに離れた位置に姿を
隠し、じっと息を殺して、謎の集団の登場を待った。
ところが、先に現れたのはナターリアの方であった。

ルーシャオは、思わず声をあげそうになった。
息を切らしてまで大急ぎで駆けつけてきたナターリアは、シャーマン種だけがそこに放置されている
場面に出くわし、乱れた呼吸のまま、せわしなく周囲を見回し始めた。
一瞬、ナターリアに声をかけようかどうか迷ったルーシャオであったが、しかし、このまま姿を隠して
じっとしているのも悪いと思い、つと足を踏み出そうとした。
異変は、そこで生じた。
不意にその一帯が妙に霞み、何となく咳き込んでしまうような息苦しさを感じた。
と思った次の瞬間には、ルーシャオだけでなく、ナターリアまでも、下生えの上に横たわっていた。
意識はある。
ただ、全身に力が入らず、声すらもろくに出せない状態に陥っていたのだ。
(な・・・何!?一体何が!?)
心の中で激しく動揺しつつも、呪文の力が切れないよう集中力を維持していたルーシャオだが、しかし
彼の目の前で、最も恐るべき事態が進行しようとしていた。
「弛緩ガス弾展開完了を確認。これよりマルタの捕獲に入る」
突然どこからか、そのような抑揚の無い低い声音が聞こえてきたかと思うと、奇妙な外観の一団が、
深い樹々を押し分けて姿を現した。
フォールスとオーランドが目撃した、あの迷彩衣装の連中であった。
二人が見た時と若干異なるのは、全員が、奇妙な被り物で頭部をすっぽりと覆っている事であった。
これも矢張り迷彩模様に彩られている。
簡単に言えば、ガスマスクであった。
呼吸音が際立つ程よく漏れ聞こえるそれは、恐ろしく不気味な印象をルーシャオの脳裏に焼き付けた。
ナターリアとシャーマン種は、数歩分の距離を離して、力なく下生えの上に横たわっている。
恐らくルーシャオも同じような無様な姿を晒しているのであろうが、幸い彼は、古代語魔法によって
周囲の風景と同化している為、誰にも見られる心配は無かった。
問題は、完全に無防備と化しているナターリアである。
彼女もまた、ルーシャオ同様、全身の筋肉に力が入らないようであった。
ただ視線だけは、はっきりと意思の存在を示している。
そこに、どのような感情の色が浮かんでいるかまでは、さすがにルーシャオの位置からは見て取れない。
迷彩衣装の一団は、二組の布製簡易担架を広げると、それぞれにナターリアとシャーマン種を乗せて、
二人一組で一つずつ担架を持ち上げた。
「マルタ処理移送班は湖岸にて待機せよ。これよりエルフ雌マルタ1、妖魔マルタ1を引き渡す」
一人が、再びあの抑揚の無い低い声音で虚空に語りかけると、担架を担いだ四人の迷彩衣装達は、足早に
湖岸方面へと走り去ってしまった。
「これより、残りのマルタ追跡に入る。総員臨戦態勢を維持、捜索に移行せよ」
ルーシャオの背筋に、凍りつくような冷や汗が流れた。


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