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ところで、テオやフォールス、ゴルデンらがイブレムス湖方面へと移動する際に用いた乗用馬達は、
果たして現在、どうなっているのだろうか。
その回答は極めて単純で、エルフの集落へと案内された時点で、オーランドの指示を受けていたエルフの
若者が、集落内の広場へと繋ぎとめていただけの話である。
この集落では、馬を乗用に用いる習慣が無い為、当然ながら厩舎など設置されていない。
そういった事情から、この集落では、預かった三頭の馬は、いずれも下生えが生い茂る広場へと連れて
行かれ、そこで手近の樹々の枝に手綱を繋がれただけで放置されていた。
では、その三頭の馬達はどうなったのかというと、集落が関南軍兵によって制圧された今では、即座に
状況を知り得る事は難しい。
「せめて、あのうちの一頭でも良いから、手元に置いておけば良かったわい」
ゴルデンがぼやくのも当然で、少なくとも一頭居れば、フォールスとエディスを馬の足で、素早く
離脱させる事が出来たというものである。
エディス自身も馬がどこに繋がれているのかは知らされていない為、大方の予測をつける事は出来ても、
精確な場所を特定する事は出来ない。
「とにかく集落内の状況をまず調べよう。制圧されたとは言っても、詳しい事は何一つ分かっていない。
  全ては、情報を仕入れてからだ」
フォールスの言葉に従い、三人は石舞台の待合場からの移動に入った。
この際、ゴルデンが着用している鎧の音を多少気にしてはいたのだが、ゴルデン自身が発する全ての音を
消し去るのは、ゴルデンが何かを発見した時に不都合だという事で、取り止めになった。
仕方なく、金属製鎧のがちゃがちゃと鳴る音をなるべく出さないよう注意を払いながらの移動、という
方針に至ったのだが、矢張り敵の感知能力が未知数である以上、一定の不安は拭い切れない。
一瞬、鎧を脱いでしまおうかとも思ったゴルデンだが、いざ戦闘に入った時、盾となるべき自分が一切の
装甲を排除してしまっていては、何の役にも立たない事を考え、それも思いとどまった。
「とにかく、風の精霊の力を最大限に借りて、こちらとあちらの距離を一定以上離すしかないだろう」
フォールスの指示に、ゴルデンとエディスは黙って頷いた。
集落の構造は、中心となる大樹を軸にして、居住空間となる樹々が放射状に広がっている。
基本的にエルフ達は樹上生活を営んでいる為、地上からの奇襲には強い筈であった。
それが、ほとんど数十分とかからずに制圧されたというのは、一体どういう事であろう。
集落の外郭部分は、周囲の深い森の樹々が作り出す陰が覆いかぶさるような形で暗い陰影を落としている。
中心の大樹へ向かうに従い、樹上の自然発光が朧げな光が降り注いでくる格好になっている。

エディスが先頭に立ち、フォールスとゴルデンを案内する形で、目印となる中心の大樹を目指す。
途中何度も立ち止まっては、風の精霊の力を借りて前方数百メートル先の音声を聞き取り、敵の有無を
確認しなければならない。
この地道な作業を繰り返し、三人は、敵の居ない経路を慎重に選んで歩を進めてきたのである。
樹上を振り仰いで、エディスが息を呑んだ。
淡い光に包まれる樹々の間の居住空間と、その橋渡しとなる太い枝の通路のそこかしこに、力無く倒れて
ぴくりともしないエルフ達の姿が見えた。
フォールスが生命の精霊力を感知したところ、死亡者は居ない様子だったが、しかし、いずれのエルフも、
眠っているというような感じではなかった。
「・・・どういった手段を用いたのかは分からんが、一瞬にして集落のエルフ達全員を無力化させる方法を
  取った事は容易に想像出来るな」
樹上を見上げたまま呟くフォールスの言葉に、エディスの美貌が緊張に強張った。
精霊法術の使い手であるエルフ達を、その一部だけではなく、集落全体にわたって無力化させるなど、
まるで想像もつかない。
しかし、現実にこうして制圧された以上、敵は恐るべき秘術を駆使するであろう事は、間違いないだろう。
「どうやら、こちらの動きはつかまれてはいないようだな。敵は、俺達の存在を知らない」
幾分ほっとしたような色が含まれた声音で、フォールスは敵情をそのように分析した。
事実、エルフ達を無力化させた後、敵はそれ以上の捜索行動には出ていないようであった。
三人はもう一度歩を止めて、居住用の樹々の間に深い緑を作る丈の低い茂みの中へと隠れた。
休憩を兼ねて、今後の行動について思考を廻らせる時間が必要であった。
フォールスとゴルデンが現状をつぶさに分析しつつ、議論を交わす一方で、エディスは引き続き、風の
精霊の助力を得て、周辺の音声にじっと耳をそばだてている。
「馬はやっぱり欲しいのぅ。アズバルチへ戻るにしても、徒歩では時間がかかりすぎるし、万一こちらの
  存在がばれた時にも、馬の足があると無いとでは、逃げ切れる確率が高くなるぞい」
「一理あるが、しかしかと言って、これ以上ここに長居するのも危険だ。逃げる手段を得る為に、逆に
  敵の手に落ちてしまっては話にならん」
「まぁそれはそうじゃが・・・」
ゴルデンが珍しく渋い表情で顎を指先でさすっていると、エディスの幼さを残す美貌が素早く振り向き、
「静かに・・・こっちへ近づいてきます」
と、二人の議論を一時中断させた。
当然フォールスにしろゴルデンにしろ、エディスの警告に逆らう理由は無い。

ややあって、四つの人影が一列縦隊になって、三人が潜んでいる茂み方向へと歩いてくる姿が見えた。
僅かに下生えを踏む足音だけが三人の鼓膜を打つばかりで、服がすれる音すら立てない歩行技術に、
戦慄を覚えずにはいられなかった。
その外観は、いずれもオーランドが緊急警告として伝えてきた迷彩衣装そのままであった。
更に装備も伝え聞いた通りの内容で、矢張りこの連中が、エルフ集落を制圧したであろうという事実は、
これで揺ぎ無いものとなった。
精確に表現すれば、完全な一列縦隊ではなく、一人ずつの間隔はおよそ五メートル程で、それぞれが、
前方を行く者とは左右ジグザグに位置をずらして進んでいるのがわかる。
斥候部隊特有の移動技術である事は、部隊戦術には疎い三人にも、容易に理解する事が出来た。
見た感じ、何かを捜索しているようにも見える行動に、すわ、自分達の存在が知られたか、と緊張の
色を走らせた三人だったが、しかしどうも様子が異なる。
四人一組の斥候部隊はそのまま三人が隠れている茂みの前を通り過ぎ、集落の外へ向かおうとしていた。
茂みを少し行き過ぎたところで、最後尾の一人が、虚空に向かって低い声音で何か呟き始めた。
「・・・了解。エルフ1、人間2の存在を確認。マルタ捕獲を試みる」
何となく、背筋に冷たいものを感じさせるような、実に抑揚の無い声であった。
が、問題はその内容であった。
フォールスは、最初にあの迷彩衣装の一団を発見した際の事を思い出していた。
「まさか・・・今、連中が言っていたのは、テオ達の事か」
エルフ1、という表現が気になったが、しかし人間2という表現に今のところ当てはまるのは、テオと
ルーシャオの二名という事になる。
「拙いぞ。もしかしてあいつら、こっちに向かっておるのか?」
ゴルデンが呻いたのも無理は無い。
少なくともテオ達は、エルフの集落が迷彩衣装の連中に制圧された事を知らないのだ。
ナターリアとルーシャオを無事に保護出来たかどうかまでは分からないが、いずれにせよ、エルフの
集落に一度引き返してくるというのは、容易に想像出来る事ではあった。
「ど・・・どうしましょう・・・!?」
冒険者としては、フォールスやゴルデン程には経験を積んでいないエディスは、哀れな程に動揺した。
精霊法術やレンジャーとしての技量は、ともすれば三人の中では群を抜いているかも知れない彼女だが、
こういう局面における思考力、判断力に関しては、最も未熟であった。
矢張り、冒険者としてのトータルの能力には、フォールスやゴルデンに一日の長があろう。
つまりこの場における判断は、この二人の頭脳に委ねられた事になる。

集落内で隠密行動を取る三人が懸念する対象、即ちテオ、ルーシャオ、そしてオーランドら三人は、
ナターリアを連れ去った連中の追跡はすっぱり諦め、一旦エルフの集落へ戻るという事で意見が一致し、
その通りに行動していた。
オーランドは表情こそ氷の如く無感情を貫き通していたが、その内心、決して心安らかではない事は、
今までに無い程、口数が極端に減った事からもうかがえる。
シャーマン種が語ったマルタの運命を考えれば、単身命を捨てる覚悟でも、ナターリア救出の為に
湖岸を東に走りたい、というのが本音であったろう。
しかし彼は、自分の感情を押し殺し、謎の迷彩衣装集団が集落へ向かった事実に重きを置いた。
凄まじい程の鉄の精神であると言って良い。
また、オーランドには及ばないものの、矢張りテオも、ナターリアには相当世話になっているという
思いが強く、もし自分にそれだけの実力があれば、今すぐにでも飛んでいって、彼女を救出したい
衝動を辛うじて抑えていた。
それでも何とか自分の気持ちを封じ込め、オーランドと共に集落方面へと引き返してきたのは、
オーランドの感情を第一に考えての事でもあった。
同じエルフの仲間であるオーランドが必死に感情を抑えてナターリアよりも集落を優先させているのに、
部外者である自分が、そんなオーランドの思いを無駄にしてしまうような真似は、少なくともテオには
到底出来ない所業であった。
何とも言えない重苦しい空気が三人を押し包む中、最初に、先頭を行くオーランドがはたと足を止めた。
折り重なる頭上の枝葉が作り出す薄闇の下で、オーランドは渋い表情を浮かべたまま、そこでじっと、
微動だにしない。
「あのぅ、どうかしたんですか?」
まさに、恐る恐るといった様子で傍らからオーランドの表情を覗き込んだルーシャオだが、彼の怪訝な
面に対し、オーランドは視線すら返さない。
ただ、虚空の一点を凝視し続けるオーランドの後姿に、テオはこの時、ようやくある事に気づいた。
「この辺って確か、結界が張ってあった筈のところ、ですよね?」
レンジャーとしての技量と感覚が、テオの記憶にそれとなく、シャーマン種を置いてきた場所と、
エルフの集落を守る精霊の結界との距離を思い出させた。
結界そのものがどのようなものであるのかは、未だにテオ自身分かったいなかったが、最初に集落を
訪れた際に、オーランドが結界が張り巡らされている付近について警告を放ってくれた事を思い出し、
その大体の距離感を体が覚えていたのである。

「結界が・・・無い」
オーランドの戦慄に満ちた表情が、その危機感を如実にあらわしている。
有り得ない筈の一言に、テオもまた、驚愕の思いを禁じ得なかった。
「そんな、もしかして、奴らが!?」
テオの言う奴らとは、言うまでもなく、謎の迷彩衣装集団の事を指している。
見たところ、エルフでも精霊使いでも無さそうだったあの連中が、エルフ達が張り巡らせた強力な
結界を破った、というのであろうか。
しかし事実、結界は消滅している。
何者かが意図を持って排除しない限り、精霊の結界が打ち消されてしまうなど、有り得ない話だった。
このまま集落に戻るのは、何かとてつもない非常事態が待っているような気がしてならない。
自然と、三人の脳裏には警鐘を打ち鳴らす本能の声が木霊しつつあった。
「おや?・・・あれは、何でしょうか?」
不安げに周囲を見回していたルーシャオが、ふと、手近の太い樹木の幹に、小さな黒い金属体が深く
めり込んでいる事に気づいた。
念の為にオーランドが精霊感知を実施してみたが、結果は反応無しで、少なくとも精霊法術の見地から見た
場合、魔法的な物体ではない、という事が確認された。
続いてテオが、愛用の長棍の端で、金属体を幹からほじくり出した。
用心しながら掌に取って見ると、子供の拳大程の円筒形の黒い金属体で、底辺の一方が、内側から
弾けたように破裂している。
その破裂している側は、木の幹に食い込んでいる方であった。
「ちょっと、よく見せてくれませんか?」
妙にうきうきした表情で金属体をテオから奪い取ろうとしたルーシャオを、オーランドが制した。
さすがに、オーランド相手に無礼な真似は出来ないルーシャオは渋々諦めざるを得ない。
テオは、場所をわきまえないルーシャオの態度に内心腹を立てながらも、金属体の空洞となっている
内側を覗き込むオーランドの、次の言葉を待った。
「なんだこれは・・・!」
驚愕と怒りと困惑が入り混じったオーランドの声に、テオとルーシャオは思わず顔を見合わせた。
今にも歯軋りしそうな程の感情を押し殺しているオーランドは、更に続けて、驚くべき一言を放った。
「信じがたい事だが、この中には、精霊を殺すエネルギーが詰まっていたかのように思われる・・・
  この中に、何が入っていたかは知らない。しかし、この金属体の中身によってエネルギーを奪われ、
  断末魔の悲鳴を上げて消失した精霊の、悲しみの声が、私には聞こえる」

一方、リグは。
樹上に潜み、謎の迷彩衣装集団が、ガラス製の壺に一杯の蚤を携えて、アズバルチ方面へと移動する
姿を、そのまま黙って見ているという事はしなかった。
本来グラスランナーと言えば、好奇心には富んでいるものの、自ら好んで危険に飛び込んでいくような
無謀な真似はしない種族であったが、この場におけるリグは違った。
彼は、数万匹にも及ぶ数の蚤が、何か良からぬ企ての為に用いられる事を、ほとんど本能的な直感で、
咄嗟に察知し、これを阻止すべきであると、即座に判断した。
作戦としてはまず、ランタン用の油瓶を投げかけて、更にそこへ火を投じる事で、あわよくば、蚤を
死滅させる、というものであった。
発想そのものは決して悪くない。
しかし、さしものリグも、この場では相当焦っていたらしく、彼には珍しいミスを犯した。
ランタン用の油瓶を投げつけて、ガラス製の壺を携えている迷彩衣装を油まみれにする。
そこまでは良かった。
問題は、リグがこの時点で、火を持っていなかった点に尽きる。
今は、深い森の中で薄暗いとは言え、普通に視界が通じる昼間であった。
その時点でもう、松明などあらかじめ用意している筈も無い。
更に言えば、樹上で敵の通過を目の下に迎えている状態で火打石など用いようものなら、油瓶を投じる
以前に、逆に向こうから先に発見される事にもなろう。
この場で迷彩衣装どもをアズバルチに向かわせずに足止めを食らわせる、と考えるに至ったリグの頭脳は
冷静だったかも知れないが、その実、彼は相当に、判断に混乱をきたしていた。
ただ単に油瓶を投じただけで、彼の行動はそれ以降、何も準備が出来ていなかったのである。
(やばい・・・!)
そう思った瞬間には、彼の全身からふっと力が抜けて、樹上から人形のように落下してきた。
いつの間にかガスマスクを着用していた迷彩衣装どもは、全身に力が入らずに、無様な姿で下生え上で
横たわるリグを取り囲んでいた。
最後尾の一人が、両手に筒状の謎の装備を携えており、その筒の先から、白い煙が細い絹糸のように、
不気味に揺らめきながら立ち昇っている。
「マルタ処理移送班を呼びますか?」
「・・・いや、先に拷問だ。こちらの計画が、たとえ僅かにでもアズバルチ側に知れていたのなら、
  作戦予定を変更し、直接アノスへ向かう事も検討せねばならん」
耳障りな呼吸音の間で交わされる会話を、リグはぼんやりとした意識の向こうで聞いていた。


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